2017年12月3日日曜日

「マイナス三〇度の世界だって寒くないし、裸足で暮らせる」

腹が痛くならないようにちょっとだけ食べたけど、腹がいたくなった。
ビオフェルミンを飲めば、二時間ぐらい、あるいは二時間以内に腹がいたくなくなるから、まあいいや。

やっぱり部屋でダウンコートを着るとあったかいな。

これも、「あったかい」と思うから、あったかく感じるのではなくて、あったかいと感じるから、そのあとに「あったかい」と言うのである。
どれだけ寒くても、「あっかい」と言えば、「あったかくなる」という方法だと、体に負担がかかってしまうのである。それは、本人は意識してなくても、ストレスとしてたまる場合がある。

もちろん、本人が「あったかいと言えばあったかくなる」という考えにとりつかれていて、本人がそれで通すというのであれば、別に、問題はない。問題なのは、俺が寒いときに、寒いといった場合だ。その人が、その俺の言葉を聞いたときに「寒いと言うから、寒くなる」と言うから、問題が生じる。

ご本人が、外気温マイナス三〇度の世界で、「寒いと言うから、寒くなる」「あったかいあったかい」「ありがたいありがたい」と言って、丸裸で暮らしているのであれば、それは問題がない。勝手にそうしていればよいのであ~~~る。

実際人間は、マイナス三〇度ぐらいでも、素足で暮らせる場合がある。外套は着てるんだけどな。暮らせると言っても、(裸足でも)動いているなら、寒さを感じない時間があるというだけで、眠ってしまったらまずいんだよ。これ、寒さを感じない時間があるということと、寝る時間を含めて、生活すると言うことをゴッチャにしている人がいるんだよな。

どれだけ、人間の能力を過信していても、どれだけ言霊に凝っていたとしても、外気温マイナス三〇度のとき、外で眠ってしまったら、だめだ。元気に暮らせない。「気にするからだめなんだ」ということを強弁するひとは、「マイナス三〇度の世界だって寒くないし、裸足で暮らせる」と言ったりする。

本人は、ほんとうは、石油ストーブをガンガンたいて、酒を飲んで、こたつに入って、「マイナス三〇度の世界だって寒くないし、裸足で暮らせる」と掲示板に書き込んだり、ブログに書くだけなんだけどな。本人は石油ストーブをガンガンたいて、そういうことをあたかも真実(真理)のように書く人がいる。

しかも、本人はわりと本気で、嘘を言っているつもりがないのである。「じゃあ、やってみろ」と言われるとやらないわけだけどさ。「やってみろ」とは言わないけどさ。どうしてかと言うと、実際にやられて死なれるとあんまりいい感じがしないからだ。

   *   *   *

書いているうちに、腹がいたくなくなった。たとえば、これを「ビオフェルミンを飲んだから腹がいたなくなった」と思うこともできる。しかし、ビオフェルミンを飲まなくても、おなじぐらいの時間で腹がいたくなくなる可能性もある。この場合、実際にはビオフェルミンを飲んでしまったので、ほっておいた場合の話し(ビオフェルミンを飲まなかった場合の話し)は架空の話になる。飲んだのだから飲まなかった場合の話しを考えてみてもムダだとは言える。たいていの場合なおってしまえば、そういうことにはこだわらないだろう。けど、原因の帰属理論は重要だ。だから、実験的に今度は、腹がいたくなったとき、ビオフェルミンを飲まないで、どのくらいの時間で腹がいたくなくなるかというのを計る必要がある。しかし、一回目の事柄と、二回目の事柄は、同じような事柄であったとしても、おなじ事柄ではないということが言える。ようするに、腹がいたくなったということはおなじなのだけど、一回目の腹がいたくなった状態と二回目の腹がいたくなった状態は、厳密に言えば、「まったくちがうこと」なのである。実際には、常にそういうことが成り立っている。


わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。