2017年12月7日木曜日

よその人は、わからない

昨日は風呂に入る気がしなかったけど、今日は風呂に入る気がある。なので、気持ちがちがう。まあ、風呂に入るとかそういうことだけど、実は「働く」というようなこと「作業をする」というようなことでもおなじことが言えるのではないかと思う。

昨日のぼくに、「風呂に入れ」と言ったって、そりゃ無理さ。なんか、風呂に入ったら風邪がひどくなりそうだし、……ともかく、理由はさておき、「やる気がしないと言ったらやる気がしないのだ」。

だから、ま、あ、風呂にかんしては、なにもせずに、寝て、回復を待つというのが正解だったわけだ。けど、ヘビメタ騒音にやられた俺は、「寝て、回復を待つ」だけでは、どうにもならないことがある。やられすぎたからね。ほんとうにきつかったな。毎日が地獄だ。ちなみに、ヘビメタ騒音にやられていた日々はやはり、「風呂に入りたくなかった」。これ、どれだけの損か。

   *   *   *

昨日のぼくを説得しようとしたってムダだ。そりゃ、ほんとうに入りたくないわけだから。あの入りたくない気持ちがわかるか。強烈にからだがしんどくて、それどころじゃないのだ。無理を押して入るとこれがまた、負担になって、倒れてしまう。で、気違いヘビメタ騒音が鳴り始める前はそんなことじゃなかったんだけど、ヘビメタ騒音が三ヶ月、六ヶ月、一年、二年と毎日、午後一一時一一分まで続くと、そういう状態になってしまう。

で、ライフハック系の「やる気を出す方法」ではどうにもならないわけ。で、いまの俺でも、昨日の俺の気持ちがわからないようなところがあるわけだ。

だから、これは、他人だったらわからないんだろうなと思う。「タダが風呂で大げさ」「風呂ぐらい入ろうと思えば、いくらだって入れる。入れないなんていうのは甘えだ」と思うかもしれないけど、なんて言うのかな……そのときどきの気分がある。そのときどきの体の状態がある。

体の状態が「入るな」「入るとたいへんなことになるぞ」「具合が悪くなるぞ」と言っているのだから、入りたくないのだ。その入りたくない気持ちを押し殺して、十数年間で数千回風呂に入ると、「風呂はいやだ」「風呂から出たあとだるくなる」というようなことを学習してしまう。

で、その学習は、言ってみれば「負の学習」だ。体の状態は「だるい」とか「しんどい」というような言葉でしか表現できないけど、その言葉で表現しようとしているものは、からだの感覚の「総体」であるわけで、けっこう底の方からの気持ちだ。

「だるい」とかし「しんどい」という簡単な言葉で表現されているものは、それほど簡単ではない。実際のからだの感覚の「総体」であるわけだから……。

そして、そのからだが「無理だ」と言ってるのだから、「無理」なのだ。もちろん、「無理」をおして、入ることも、週に一回ぐらいなら可能だ。

けど、それは、無理をしている。

で、ヘビメタ騒音のなかから、風呂に入って、ヘビメタ騒音を聞かされながら、湯船につかって、ヘビメタを騒音聞かされながら、頭を洗っている状態なんて、わかるわけがない。

で、風呂から出たって、一階の居間の部分でガシガシ鳴っているわけだし、自分の部屋に戻るには、気違い兄貴の部屋の前の「階段」を通らなければならない。

あの階段を通るとき、俺がどんな気持ちになると思っているんだ??  気違い兄貴!! 

とりつかれたように鳴らしやがって。気違い兄貴は、きちがい親父にとりつかれているんだよ!! きちがい親父とおなじやり方だからな。本人はまったく意識してないのたいけど、気違い親父にやられてくやしかったことを、俺にやり返している。

気違い兄貴のヘビメタノやり方は、きちがい親父のハンダゴテや電球のやり方とおなじなんだよ。どれだけの、トラブルか!! そして、やっている本人が、真っ赤な顔をして認めないか!!! そして、真っ赤な顔をしてやりきるか!!!

「やってんじゃないか!!」……これが通じない。気違い的な意地でやっていることは、「やってないこと」なのである。

本人は「そんなんじゃない」つもりで、やる。「やるな」と言われたら、顔を真っ赤にして怒ってやるのに、やることができれば「やってないやってない」ってなるんだよ。そういうやり方なんだよ。毎日毎日!!! いつもいつも!!! 全部!!

全部の時間そういうやり方……そういうやり方でやる。こんなの、他のひとにわかるわけがない。常識的なひとにわかるわけがない。けど、驚きなのは、実は、常識的なひとよりも「本人」がわかってないということだ。

自分がやったことなのに、まるで、関係がないんだよな。

どれだけ言われても関係を認めない。関係を認めないということも認めない。関係を認めないということと、関係を認めないということを認めないということも、セットなんだよ。

現在進行形でやりきって、現在進行形でやっていることを認めないというのは、セットだ。現在進行形でやっているときは、真っ赤な顔をして自分がやりたいようにやることにこだわりきってやっているのに、やっているときから……現在進行形でやっているときから、「まったくつもりがない」という気持ちになっている。認識でいる。

常識的なひとも気違い兄貴もわかってない。ついでに言うと、きちがい親父もわかってない。気違い親父の場合、親父がそうしたということもわかってないし、ヘビメタ騒音で長男がそうしたということもわかってない。長男が自分とおなじやり方で、やっている最中にやっていることを認めない……頑固に認めないということをしたということがまったくわかってない。そりゃ、わかるわけがない。兄貴は、親父が兄貴にやったことはわかっているけど、自分が弟にやったということは、親父のやり方で、親父の感覚でわかってない。ようするに、兄貴は、親父が現在進行形できちがい行為やるとき、親父が「やっている」ということをはねのけて認めないという状態にかんしては、ちゃんと認知しているのである。で、自分がやられて、腹を立てて腹を立てて、憤慨して憤慨して、とまらなかったことなのである。だから、親父のそういう頭がおかしい、自分勝手な態度にかんしては、知っている。親父がやっていることを、親父が(現在進行形で認めない)ということがあるということを知っている。けど、自分がヘビメタでそういうことをやるときは、親父とおなじ状態になって、認めないのである。だから、こまる。

「家族で話し合ってください」なんて、よその人が言ってたけど、四人家族のうちに、二人がこういう状態なんだから、無理なんだよ。どれだけ俺が「話しあい」をすることをこころみたか。これ、こういうとこからすでにわからないことなんだよな。何度も言うけど、やっているそばから認めないというのは、うちではあたりまえのことだった。親父が、真っ赤な顔をして怒り狂って押し通す。……けど、押し通してしまったら、親父は、まったくやったつもりがない状態になる。……これが、うちでは、毎日あたりまえだった。ふつーに成り立つことだった。こういうことがわかってないと、「家族なのに、そんなに鳴らして静かにしないなんておかしい」とかずれた感想を持つことになる。家族だから、悪いことをするほうが、憤慨してやりきるんだよ。で、憤慨してやりきったことは、ぜんぜんやってないことなんだよ。で、何回も言うけど、そういう矛盾した態度がずっと成り立つ。そういう矛盾した認知が、ずっと成り立つ。「うちではあたりまえ」だから、うちにいるときは、常にそういう状態で、気違い的な意地を押し通すんだよ。

これ、ほんとうによその人は、わからないんだよな。


わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。