2018年1月25日木曜日

親父に反省しろと言っているのとおなじで、無理だ

起きた~~~

さむい~~~



母親の夢を見た。

さみしい。



ネットをチェックしたあと、暇になった。



あんま、やること、ないわ。



けど、ほんとうにやる気系はヘビメタ騒音で何十年もかけて、崩壊。じょじょに崩壊。一気に崩壊。じょじょに崩壊と一気に崩壊を繰り返してきたような感じだ。ヘビメタ騒音がつもって、じょじょに崩壊していくんだけど、ふしめふしめで、一気に崩壊している時期がある。だから、じょじょがたまって、一気、また、じょじょがたまって一気というような感じで繰り返し繰り返し、だめになっている。一過性のものじゃない。三日で終われば、すんだんだけどな。

ヘビメタ騒音が長すぎる。
ヘビメタ騒音の日々が長すぎる。

どーーにもならない。もがいてもがいて、くるしかったな。どーーにもならない。めちゃくちゃだった。つねに!!!やられてくるしかった。くるしくてくるしくてたまらない。

他の人は、俺が普通に暮らしていると思っていたんだろうな。家に帰って、普通に勉強していると思っていたんだろうな。勉強なんてできるわけがないだろ。あんな、気違い空間で。どんだけけたたましい音量で「無視できない音」が鳴っているか?!

あんなの、俺の部屋にいれば、一分どころか、三秒で、「くっそ、うるさい音だ」と いうことがわかるけど、俺が言っているのを聞いただけでは、自分の騒音体験のなかの騒音しか思い浮かばないし、実際にやられてないから、わからないんだよな。

俺の部屋にいれば「こんな音で鳴っていて、よく平気だな」と思うよ。

実際、俺の部屋に入った友達からそう言われた。「こんなんで、よく勉強ができるなぁ」。勉強なんてできないよ。こんな音のなかで、勉強なんてできるわけがないだろ。

ほんとうに、全部、くるしかった。気違い兄貴は、あれを押しつけているあいだ……あのけたたましい騒音を押しつけているあいだ……静かに鳴らしていると思っていたのか? 普通の音で鳴らしていると思っていたのか?? 思っていたとしたら、兄貴は、親父以上に親父だ!!! 


全部そうなっちゃっているんだよな。

全部。

これは、「行きすぎた一般化」じゃない。ほんとうに全部なんだよ。「死んでも鳴らす」という意地で鳴らしている。絶対にやめてくれない。絶対にヘッドホンをしてくれない。スピーカーから鳴らすことに、こだわりきる。このこだわりがまた、親父とおなじなんだよな。

気違い的なこだわりで、スピーカーで鳴らすわけで、絶対に、ゆずらない。実際、あしかけ一五年間毎日、一日に一分も、ヘッドホンをしてくれなかった。事実だから!!

事実なのに、兄貴が、シランプリなんだよな。「そんな事実はない」と思っている。やったことなのに!! 自分がこだわってやったことなのに、「そんなの、やってない」と思っている。

全部、そうなんだよな。

うちで!!!!やったことは、全部、そうなんだよ!!

本人が「知らないうちにやっている」。しかも、知らないうちにやっているということにかんしては、おそろしく!こだわりがない。

自分がやったことなのに……こだわってこだわって、絶対にゆずらないでやったことなのに……「そんなの知らなかった」みたいな感覚がずっと成り立っている!!! 

で、本人が「やってないやってない」と言って、言いかえしたら、もうそれで、※すんでしまう※。やってないことになってしまう。気分的に、ほんとうにやってないことになってしまう。

これは、親父もおなじで、たとえば、ハンダゴテがほんとうに使えるのかどうかなんて、まったく関心がないのである。相手が使えないといっているから「使える!!使える!!」と発狂して、否定して、押しつける。押しつけたあとは、もう、まったく関心がない状態になっているんだよな。

「使えない」と言われたら、否定して「使える使える」と言いかえして、それでおしまい!! あとにはなにも残らない!!

だから、ほんとうは「使えるのか使えないのか」知らない期間のほうが長い。発狂して否定するのは、「言われたときだけ」なのである。その瞬間だけ。言われたときに、事実とは関係なく、あるいは、知っているか知っていないかに関係なく、「否定」する。

発狂して、反対のことを言う。で、本人が発狂して、反対のことを言い終わったら、その時点で、関心が切れている。一切合切の関心が切れている。

使えたって使えなくたってどうでもよいのである。一秒前にあれだけ、発狂して、「使える!使える!」と怒鳴って、強く主張したのに、一秒後には、もう、「そんなことはまったくなかった」というような無関心な状態になれる。

言われたときだけ!!反応して、それでおしまい。相手が言っていることを否定して、怒鳴りつけたら、もう、本人のなかでは、完全に終わっているのである。あとは、まったく関心がない状態になっている。関心がない状態になったあと、ふたたび「やっぱり、使えなかったぞ」と言われると、一回目とおなじ反応をするだけだ。ハンダゴテの『使える』『使えない』は親父の話だ。

気違い兄貴の場合は、ヘビメタ騒音を鳴らすか鳴らさないかでそうなる。ヘッドホンをするかどうかでそうなる。気違い兄貴にしてみれば、まったく譲歩になってない譲歩でもしてやったら、すごいことなのである。五分間譲歩してやったら、あとの時間は、一〇時間でも一一時間でも、『譲歩してやったのだから、鳴らしてもいい』ということことになる。

この兄貴の、ニセの譲歩は、親父のハンダゴテとおなじ役割をしている。で、ほんとうは、デカイ音で鳴らしているときに、デカイ音で鳴らしているということを認めないのである。否定している。

親父の「やってないやってない」とおなじだ。

気違い兄貴にしてみれば、それがどんなにデカイ音だって、自分がやりたい音であれば、静かな音なのである。絶対にデカイ音であるということを、認めない。

もう、そのレベルで狂っている。

で、そのレベルで狂っているということが、第三者にはわからない。それから、これが驚きなのだけど、親父とおなじように、兄貴も「わからない」ままなのだ。どれだけ兄貴に言ったって、発狂して『否定』するだけだ。

で、その発狂して否定するという態度が鳴らしているときの態度なのである。だから、鳴らしているときに「うるさいからやめろ」と言われたら(親父とおなじように)そういう反応をする。

これは、トータルで一万回、二万回、三万回、四万回、五万回、(こっちが)言ったって、通じないままだ。そのまま、一五年間経過してしまう。

気違い兄貴は、鳴らしているとき、まったく関係がないつもりで鳴らしているのである。で、「うるさいから静かにしろ」と言われたら(親父とおなじように)怒って否定しておしまいなのである。

で、本人は、二四時間中二四時間、「関係がない人のつもり」なのである。何度も言うけど、やっているさいちゅうからそういう態度だ。そういう認知だ。そういう認識だ。

一日、一四時間中二四時間、いついかなる時に言われても、怒って否定する。親父のように怒って否定する。事実とはまったく関係なく、怒って、『相手が言ったことを否定する』。

で、否定したら、本人のなかでは、終わっている。だから、何万回も否定して怒って、おしまいなのである。何万回も否定して怒って、そのまま鳴らし続けておしまいなのである。鳴らしてないときに、「こまるからやめてくれ」と言われた場合も、おなじだ。

だから、鳴らしているときも鳴らしていないときも『静かにしてくれ』ということを言われたら、怒っておしまい。

で、本人はまったくなにも、感じない状態で、……鳴らせる時間はすべて、特別にデカイ音で鳴らす。限界的にデカイ音で鳴らす。いくら、目の前が幼稚園で、他の家が離れているとはいえ、限界がある。で、その限界の音でずっと鳴らし続ける。

だから、俺の部屋は、常に気違い兄貴の騒音洪水で、いっぱいになっている。ほんとうにやめさせられることをつきつけられたら、胸くそ悪い気分になってまずは怒るのである。

で、その時は、気違い兄貴の中には、不愉快なことを言われて不愉快になったという気持ちしかない。相手のことなんて考えてないのである。だから、だれもが『でかすぎる』と思う音で、どれだけ、鳴らしたってまったく平気だ。本当に静かさせられる可能性は、怒って排除して、おしまいのである。排除したら、どれだけ何回言われたって、言われなかったことになってしまうのである。だから、絶対に反省しない。絶対に反省できない。

一日に二四時間そういう構えなのである。意識的な構えは、二四時間中二四時間かわらない。だから、なんの気兼ねもなく、ガンガンドカスカ、いまは気違い兄貴にしたって一分だって鳴らせない以上にデカイ音で鳴らして、まったくなにも感じない。あたりまえだ」と思っている。『鳴らせてあたりまえだ』と思っている。『すべての時間、自分がこの音で鳴らしたいときは、この音で鳴らせて、あたりまえだ』と思っている。

ゆずるつもりなんて、まったくない。

自分が本当に我慢して、ヘッドホンをしてゆずったり、鳴らさないでゆずるということは、一秒だって絶対にやってやりたくないことだから一秒だってやってやらないことなのである。決まっている。最初から、決まっている。やり始めたときから、決まっている。

で、それでいいと思っている。こころの底から、それで問題がないと思っている。だから、どれだけ言われても、絶対に一秒だってゆずってやらないし、それで問題がないと思っている状態なのである。どれだけ言われたって反省なんてするわけがない。

それは、親父に反省しろと言っているのとおなじで、無理だ。これ、ほんとうに無理な話なんだよ。これが、他の人にはわからない。だから、「俺(エイリ)が(お兄さんに)ちゃんと言わないからダメなんだ」みたいなことを言われる。
わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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「公開バージョン」はもとのバージョンの一部を文脈に関係なく削除したものなので、段落と段落のつながりがおかしい場合があります。(少し不自然な場合があります)。ご了承ください。

死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。