2018年1月30日火曜日

こんな現実でいいはずがない。




あの時から(ヘビメタをやられたときから)どこを歩いていても、気分が重い。で、ヘビメタのことは、言うと、あんまりよく思われないんだよね。ぼくにとっては、生活のすべてだったのに。悩みのすべてだったのに。兄貴の態度というのは、他の人にはわからない。ちょっと相談すれば、片付きそうな問題なのである。他の人はそういうふうに受け取る。重い問題だとは思わないのである。「お兄さんに、俺か言ってやる」と言ってくれた友達が二人いた。とりあえず、兄貴が鳴らしているときにきてもらえばよかったか。遠慮しちゃったんだよな。いろいろ、考えがあって……。気違い兄貴は、絶対にやめないから。そりゃ、俺の友達がいるときだけ、ちょっとだけ静かにするかもしれないけど、俺の友達が帰ったら普段通りのデカイ音で鳴らすに決まっている。

しかも、自分のヘビメタ騒音はどれだけデカイ音で鳴らしていても、フォークギターぐらいの音だと思っているところがあるらしく、絶対に、静かにしない。実際にフォークギターぐらいの音に音をおとしてくれたら、どれだけ助かるか。気違い兄貴の主観だから、なおしようがない。ちょっとでもゆずれば、ものすごくゆずってやったと思う。〇・一デシベルでもゆずってやったら九〇デシベルぐらいゆずってやったと思ってしまうところがある。これも、兄貴の主観だから、こっちがどれだけ言っても、なおらない。本人はまじめにそう思ってるわけだから。嘘なんだけど。全部、嘘なんだけどな。気違い兄貴が静かにしてくれたのは、一五年間で一日だけなんだよ。それ以外の日は、日曜祭日も含めて、一分も、一秒も静かにしてくれなかった。これが事実。けど、気違い兄貴は、親父とおなじで「やってやった」「静かにしてやった」とまじで思っている。頭がおかしい思い込みなんだけど本人の頭のなかでは、それが事実なので、「本当は静かにしてやらなかった」「本当はすべての時間意地になって、デカイ音で鳴らした」ということが、わからない。本人の中の事実と、客観的な事実が違う。常に、そういう状態だ。だから、どれだけデカイ音で、どれだけ長い時間、鳴らしても、悪いと思わないのである。だから、こまる。絶対に、首を縦に振ってくれなかった。これが、本当の態度だ。意地だ。一分だってゆずってやるわけがない、のである。親父の態度で、一日一分だってゆずってくれなかった。これが、本当の話だ。けど、親父とおなじように、現実を言い換えている。主観のなかでは、「静かにしてやったつもり」なのである。だ・か・ら、こまる。こまる。

こんな現実でいいはずがない。






わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。