2018年1月26日金曜日

「本物をあげた」と思っている

このあいだの続き
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SFとかホラー映画のように、「心臓をくれ」と言われて、「あげる」と答えたら、ほんとうに心臓を持って行かれるということを前提にした話だ。レーザーメスのようなもので切り出すのか、あるいは、手で!動いている心臓を取り出す能力がある能力者やばけもの?がいるということを前提にした話だ。

なおかつ、それをみんな知っているということを前提にした話だ。

だって、現実世界で「心臓をくれ」と言われたって、リアリティーなんてないからな。実際には「(心臓を)もっていかない」ということを知っている。冗談や、それこそテレビのまねだと思うだろ。

けど、そうじゃなくて、ほんとうに、「あげる」と言ったら、心臓を取り出されてしまうということが、わかっている世界の話しだ。心臓を抜き出す能力がある人がいるということが周知の事実であって、過去、何人も実際にそのやりかたで、心臓をとられたことがあるということも周知の事実であるような世界だ。冗談ではないということだ。



もし、そういう世界で、「心臓をくれ」と言われたら「ふざけんな」と思うでしょ。「だれがやるか」と思うでしょ。考えるまでもなく、否定するでしょ。間違っても「はい、あげます」なんて普通は言わないでしょ。



気違い兄貴にとっては、「ヘッドホンをしてくれ」と言われることが、「心臓をくれ」と言われているようなものなのだ。親父の話と、兄貴の話が交互に出てくると、どっちのことを言っているのかわからなくなる人がいるから、あんまり、親父の話と兄貴の話を交互にするべきではないのだけど、親父にとっては「新しいハンダゴテを買うための金をくれと言われることが「心臓をくれ」と言われてるようなものなのだ。



そのくらいに、いやなことなのだ。実際にあげる……実際にしてあげるということを考えることさえできないことなのだ。考える前に、怒って否定しなければ、『命がなくなるようなこと』なのだ。もちろん、兄貴がヘッドホンをしたって、兄貴は死なない。親父が、新しいハンダゴテを買うための金を出してやったって、親父は死なない。(金は持っていた)。



兄貴の話だけにしよう。兄貴にとって、本当に静かにしてやるというのは、自分の!動いている!心臓を抜き取られて持って行かれるほどいやなことなのだ。だから、『可能性』さえ考えることができない。一度は、引き受けてちゃんと考えて、答えを出すというようなことではなくて、最初から、『可能性』を考えるまでもなく、「やってやらない」とこころに決めていることなのだ。


だから、やってやらない。これ、ほんとうに「ふざけんな」という気持ちもある。実際に心臓を持って行かれる可能性がある世界で、見知らぬ人から「心臓をくれ」と言われたら「ふさげんな」と怒るよな。「なんで、俺がおまえに心臓をやらなければならないんだ」と思うよな。気違い兄貴にとっては、「静かにしてくれ」「ヘッドホンをしてくれ」と言われること自体が、見知らぬ人から「心臓をくれ」と言われることのように腹の立つことなのである。「なに言ってんだ!!ふさげたことを言うな!!」と怒りたくなるようなことなのである。



言われた自分が、怒って当然のこと。「そんなことするわけがないだろ」と怒って思うようなこと……それが、『静かにしてやること』だ。



この『静かにしてやること』というのは本当に静かにしてやるということだ。偽物の『静かにしてやる』じゃない。実際には、まったく静かにしないで、ドデカイ音でガンガン鳴らして、『静かにしてやった』と思うことはやってやれても、『ほんとうに静かにしてやる』ことは、死んでもできないのである。



自分がやりたい音で鳴らせないという状態を突きつけられて、その通りにしなければならないということが、気違い兄貴とって腹が立つことで、どんなことがあっても絶対にやってやりたくないことなのである。



だから、気違い兄貴が『静かにしてやった』と思うためにやることは、実際には、ドデカイ音で鳴らしづけることだ。だって、そうすることが『真の目的』なのだから。偽物の心臓を用意して、「はい、心臓あげた」と言って、それでおしまいにしようと思っている人とおなじだ。



偽物の心臓なのだから、自分は傷つかない。まったく傷つかない。まったく傷かつないで問題を解決しようとすると、そういうことをするということになる。で、すでに一度、あげたのだから、もう、関係がないと思うことができる。だって、「あげた」わけだから。もし、あげたのに、「心臓をよこせ」と言ってきたら、「さっきあげただろ。しつこいぞ」と言い返すこともできる。



この場合、あくまでも、心臓をあげたのに、さらに心臓をよこせと言ってくるほうがおかしいということになる。まあ、実際には「心臓をよこせ」と言ってくるほうが最初からおかしいのだけど。それは、説明のためなので、我慢してほしい。



気違い兄貴の世界では、「静かにしてくれ」と言ってくる相手は、「心臓をくれ(冗談ではなくて、ほんとうに、クレ)」と言ってくる相手のようにおかしな相手なのである。



そういうレベルで、はねのける。あたかも、そう思っているかのように、考えるまでもなく「本当に静かにしなければならない可能性」ははねのける。最初から、本当に静かにしてやることなんて考えてない。可能性としても、考えてない。



最初から、「はねのける」と決まっていることなのである。可能性ですら、「はねけのる」とかたく決まっていることなのである。



最初から可能性すらない。やってやる可能性もなければ、それを真剣に考える可能性もないことなのだ。最初から、『ノー』だと決まっている。それであたりまえ。「こうしてくれ」と言ってくれる相手のほうがおかしい。無礼! それであたりまえ。なんにも悪くない。



そういうふうに決まっている。気違い兄貴のなかでは、そういうふうに決まっている。だから、本当には静かにしない。絶対に静かにしない。



問題なのは、「本当には静かにしてない」ということがわかってないというとなのだ。心臓の例を使えば、偽物の心臓をあげた本人が、本物の心臓だと思っているという状態だ。



本当は偽物の心臓しかあげてないのに、本人は、本当の心臓をあげたと思っている状態だ。だから、「もっとよこせ」「ちゃんと本物の心臓をよこせ」と言われたら、その人は「さっき、あげたのに、なんだ!!」と怒り狂ってしまう。



その人は「本物をあげた」と思っているのだから「後から後から言ってくる方が悪い」と本気で思えるわけだ。「じゃ、心臓がないのにどうして生きているんだ」とかそういうことは、その人のなかでは問題にならないわけ。そういう矛盾を乗り越えて、無視して、頑固に自分がやりたいことを押し通そうという魂胆だから。(けど、この魂胆は、無意識的なレベルにとどまって、本人は関知してない)。



矛盾はあるわけだけど、本人は、気がつかない。



言われたって、絶対の意地で認めない。気違い兄貴の態度にもそういう矛盾はある。けど、ここで言いたいのは、気違い兄貴が(弟が言うように)静かにしなかったとしても見まったく悪いと思わなかったということだ。



そのまま鳴らしっぱなしで、まったく悪いと思わなかったということだ。そして、こっちとしては、ずっとデカイ音で鳴っているわけだから、何回も何回も、後から後から「静かにしろ」「静かにしろ」「静かにしろ」と言いに行くわけだけど、気違い兄貴にしてみれば、後から後から「静かにしろ」「静かにしろ」「静かにしろ」とと言ってくるやつが悪いぐらいにしか思わないということだ。どれだけ真剣に「こまるからやめてくれ」「明日、入試だからやめてくれ」と言われても「静かにしてやったのになんだ!」というような気持ちしか浮かばない。(実際には、まったく静かにしてない。)



そうやって、入試前日だろうがなんだろうが、何時間も何時間も、夜の一一時一一分まで絶対にゆずらないで、うるさくする。で、何度も言うけど、「悪いことをしている」と思わない。「まったく静かにしてやらないでずっとデカイ音で鳴らし続けた」と思わない。



だから、そういう人間なので、話しあいで解決するということはできない。「お兄さんに相談すればいい」というような助言はまったく役に立たない。「ちゃんと言えば、お兄さんだって静かにしてくれるよ」というのは、間違った思い込みだ。
わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。