2018年2月26日月曜日

二〇年没頭したゲームに飽きたらどうするかという問題 (このあいだの続き)

あとは、「ゲームに没頭してください」にかんしては、ものすごく言いにくいのだけど……いいにくい気持ちがあるけど、ちょっとだけ言っておこう。二〇歳の時から二〇年間ゲームに没頭してしまった場合、職歴なしの中年無職になるわけだから、それはそれで問題がある。本当に二一年目以降も、ゲームに没頭できるのであれば、それほど問題ではないのかもしれない。



これは、生き方の問題だからね。



そういう一生だってあるだろうとは思う。本当に楽しければ、それでいいとは思う。実際に、二一年目以降も、ゲームを続けられるお金があるなら、かなり問題は少ないと思う。けど、ゲームを続けられるお金がない場合は、問題はデカイ。最初の問題にもどってしまう。



はっきり言えば、もう飽きてきたゲームに没頭することはできない。それから、二一年目以降は、あきらめもあるけど、もの悲しさがつきまとうかもしれない。要するに、「本当にやりたいこと」ではなくなってしまう場合がある。





二〇歳の時から二〇年間ということにしておいたけど、一五年間でもいい。三五歳の時、職歴がない不良文化・底辺文化になじめない人が突然?職を探そうと思ったとき、どういう状態になるか?



たいていの場合は、せっかく?底辺企業に入っても、やめてしまうことになる。で、そういうことを繰り返した場合、本人は相当につらい思いをしているということになる。まあ、底辺企業と言っても、企業によってだいぶ違いがあるので、うまくいく場合もある。



しかし、そんなハッピーエンドはめったにないのではなかろうか。勤めたところで、引きこもり脱却で、めでたしめでたしということになるけど、そのあと、せっかく入った?会社を辞めるとなると、また、振り出しに戻ってしまう。振り出しに戻っただけではなくて、失敗の経験をつんだということになる。



これは、心の傷になって残る。



それに関しても、また、「過去のことは考えないで、いまここに集中してください」「いまここを、楽しんでください」というようなことは、言える。言おうと思えば言える。



けど、「楽しめるかな?」とぼくは思ってしまう。過去を振り返っておなじ間違いをしないようにした方がいいと思う。けど、底辺企業の中から、行きたい底辺企業を選ぶしかないという状態はかわらないので、どこに行っても同じような問題が生じる可能性がある。可能性がきわめて高い。



けど、おなじように底辺企業であったとしても、そこに集まる人がちがえば、程度がちがうので、ある底辺企業ではだめだったけど、別のある底辺企業では(それほどこころの負担がなく)続けることができたという場合もある。けどけど、まあ、たいていは同じようなもので、どこかで問題が起こり、やめることになるだろう。



で、そういう、繰り返しはいいものか悪いものかというと、悪いものだ。繰り返していればそのうちに、要領が良くなって、できるようになると考えるか、あるいは、繰り返すたびに、言ってみればひびがはいるので、あんまり良くないと考えるかは、自由だ。たぶん、本人でなければ、なんとだって言えるのだろう。本人でなければ……。ぼくは「失敗の経験が積み重なるのは良くないことだ」と思う。ひびが入って、打たれ弱くなってしまうのである。



いずれにせよ、職歴のない中高年がハローワークなどに行って就職活動をする場合、ブラック企業の中から、行きたいブラック企業を選ぶということになるから、おなじ失敗を繰り返すことが多い。もう、そういうところしか残ってないから。席の問題なんだよ。



まあ、これを言うと「そんなのは自己責任。新卒のときにちゃんと就職活動をしなかったやつが悪い」というようなことを言い出す人が出てくるのだけど、この問題は別の機会に考えるとする。結論だけ言ってしまうと、「自己責任の場合もあるけど、自己責任ではない場合もある」ということになる。「すべてが自己責任なんてことはない」。



けど、そういうふうに言うと、怒って反論してくる人が出てくると思う。で、意外なのは、本人が中高年アルバイターとか、本人が鬱病で障害年金をもらっているという人たちが、「すべては自己責任」とか「どんな場合でも自己責任」ということを言うことだ。まあ、そういうことを言う人たちの場合は、本当に自己責任なんだろうと思う。本人(たち)が言っていることだし、信じるよ。けど、こういう人たちの「すべては思考」みたいなものは、どうにかならないか。



   *   *   *



底辺文化になじみやすい人の特徴

・パチンコ、パチスロ、競馬、競輪、競艇などのギャンブルが大好き。

・不良やDQN系とは相性がよい

・酒が好き

・たばこが好き

・風俗が好き

・バイク、車が好き

・プロレス、ボクシングが好き

などなど。逆に言えば、パチンコ、パチスロ、競馬、競輪、競艇などのギャンブル、酒、たばこ、風俗が嫌いな人は、あんまりなじめない。そういうところでなじむということは、そういう文化に適応できるというとだから、当然、適応しやすいほうが有利だ。適応しにくい人にはむいてない。けど、席取り合戦に負けているので、けっきょくは、そういうところに行くことになる。けど、なじめないので、よけいにつらい思いをするということになる。だから、やっぱり、インターネットでひとりで働いたほうがいいと思う。

むいてないのだからしかたがない。そんなつらい思いをして、底辺文化になじむ努力をしなければならないというのは、よくない。どこかホワイトで底辺文化がないところはないのかな? 席あまってない? 席があまってたら、底辺文化になじめない内気な人を座らせてやってくれよ。

ぼくは、たとえ、ホワイトで底辺文化がないところでも、睡眠障害で通えない。で、この睡眠障害は、ヘビメタ騒音生活七年間でできあがったものだから、他の人にはわからないんだよな。『騒音』と『睡眠障害で通勤不可』ということのつながりがわからない。鳴っている期間中だって、『午後一一時一一分には鳴りやんでいるのだから、遅刻するな』と言われることになる。

また、鳴りやんだあとは『いまは鳴ってないのだから、睡眠障害で通勤することができないなんていうのはあまい』ということになる……というか、そういうふうな意見を持つ人が出てくる。

で、そういうふうに言う人たちは、一日もヘビメタ騒音を経験してない。あの音が午後一一時一一分まで鳴っているというのがどういうことなのか、経験を通してわかってない。

それが、三〇〇〇日、四〇〇〇日、五〇〇〇日続くというとが、わかってない。ぼく以外のひとは、そういうヘビメタ騒音生活を一四年間以上経験したわけではないから、一五年目以降、どういう体の状態になるかわかってない。

どれだけ深い、深刻な睡眠障害に悩まされるかわかってない。一四年以上毎日やられると、一五年目以降も治らない。一四年とは言わない。七年で、一生治らない損傷を受ける。一生、どうやっても治らない障害になる。どれだけ治そうと努力しても治らない障害になる。気違い兄貴の騒音が俺の海馬にきざんだ傷が深すぎる。多すぎる。不可逆的損傷。

七年って、七年間毎日だからね。月曜日から金曜日までじゃないからね。平日は鳴っていたけど、休日は鳴ってなかった……なんてことはないからね。そりゃ、ヒトゴトだからなんとだって言える。

けど、ヘビメタ騒音生活を七年以上経験してない人が言うとは、間違った推論に基づく間違った意見だと思う。俺とおなじヘビメタ騒音を七年以上毎日毎日、続けて経験してから!ものを言え!! ということになる。で、「俺とおなじヘビメタ騒音を七年以上毎日毎日、続けて経験してから!ものを言え!!」と言うと、嫌われるわけだよ。

気違い兄貴よ。おまえはこういうことも押しつけている。気違い兄貴が親父に使えないハンダゴテを押しつけられたとき、他の人は「このハンダゴテが使えないというのがわからないというのは、おかしい(バカだ間抜けだ)」という意見を押しつけてきただろ。間違った推測に基づく間違った意見なんだよ。どうして、他の人がそういう間違った推測に基づく間違った意見を持ってしまうかというと、他の人は気違い親父の態度を知らないからだよ。気違い親父の実際の態度と反応と感覚を知らないからだ。

また、気違い兄貴が親父に使えないハンダゴテを押しつけられたとき、他の人は「お父さんにちゃんと言えば、絶対につたわるはずだ。つたわらないのは、ちゃんと言わなかったからだ」という意見を押しつけてきたはずだ。それも、親父のことがわからないから、そういう間違った推測に基づく間違った判断をしたのだ。

それから、そういう意見を言う人は、「ちゃんと言えばつたわる」と思っているので、兄貴はちゃんと言うことができない(コミニュケーション障害者)だと思うわけだよ。

そんなの、ちゃんと説明したら、だいの大人がわからないはずがないのだから。つまり、コミニュケーション能力にうたがいをもたれるわけだ。けど、それは、間違っている。問題だったのは、兄貴の言い方やコミニュケーション能力じゃなくて、親父の理解力や親父の無意識なのだ。無意識にしたがった、発狂的な態度が問題だっただけだ。

そりゃ、自分が金を支払いたくない以上、どれだけちゃんと説明しても、発狂して認めないわけだから。けど、この状態が他の人にはわからない。だから、『ちゃんと言えばわかるのに、ちゃんと言わないからダメなんだ』というようなタイプの誤解を生じさせる。これは、誤解だから。

で、兄貴に言っておきたいのだけど、兄貴の態度は、親父の態度とおなじだ。ある意味、親父よりも親父だ。ある意味、親父よりも、おかしい。気違いだ。親父より、発狂して、親父より無視して、親父より小さな譲歩で譲歩してやったと思っている。

で、親父とおなじだから、自分がそういうことをしたということが、本当にわかってない。自分にとって不都合なことを認めるというとは、自分にとって不都合な譲歩をしなければならないときの態度とおなじだ。要するに、デカイ音で鳴らしているということを認めて、本当に静かにしてやるのはいやだったんだよ。それで一四年間どれだけなにを言われても、親父のように無視して、親父のように怒って、鳴らしている。自分が好きな音で鳴らしている。

で、一五年目以降は、今度は、そういうことをしたということを認めるということが、やりたくないことに、なっただけだ。内容がちがうけど、しくみはおなじだ。構造が変わらない。

だから、いまだに、『そんなに鳴らしてない』『ちゃんと譲歩してやった』と嘘を言っているわけだろ。もう、二〇年、三〇年、嘘を言っているんだよ。そういう嘘つきなんだよ。で、自分が嘘をついているということも、たぶん気がついてない。自分が言いきれば……言いきったまま、死ねると思っている節がある。ようするに、生きているあいだは、絶対に自分がやったことを認めない。どれだけ言われたって認めない。

むかしは!……当時は! どれだけ言われたって、自分が鳴らしている音がでかい音だということすら認めずに、一切合切本当には譲歩しないで、鳴らした。

嘘だと思うのなら、『うちで鳴らしていた音』で鳴らしてみろ。

すぐにわかるから。

「よそのうち」じゃ、一分だって、一秒だって鳴らせないんだろ。どうしてかというと、でかい音だからだ。いいかげん、認めろ。本当にそういうところが親父そっくりなんだよな。全部おなじ。本人は、言われた瞬間をのぞけば、一切合切気にしないんだよ。言われた瞬間、頭にきて、否定するだけで、あとは、もう、『関係がない人』になってしまう。張本人!なのに!!

これが、気違いマジックの本質だ。

「やったってやってない」のである。

どでかい音だって、普通の音なのである。まったく意味がない譲歩をしてやれば、全部!譲歩してやったのとおなじなのである。……そういう態度だ。気違い兄貴は、親父にそういうことをやられて、毎日頭にきてたんだよ。気違い親父をはねのける、一五歳までは。

一五歳からは、俺の自由だ。俺の勝手だという気持ちになって、ヘビメタを思う存分、鳴らした。譲歩なんてするわけがないだろ。入学試験前だろうが、一日に一分もしてくれなかったのが気違い兄貴だ。なにを、譲歩したつもりになっているんだよ。問題を引き起こすようことをこだわりつくしてやり続けることが、譲歩なんだよ。ギャグみたいだけど、そうなんだよ。親父とおなじなんだ。とことん、親父とおなじなんだよ。

  
わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。