2018年3月20日火曜日

「対処能力」「説明能力」と「常識」

どうしようかな。

はぁーー。



働くとは?



これねぇ~~



俺の場合を言えば、ヘビメタ騒音がなければ、それで済んだ。気違い兄貴が毎日ヘッドホンをしてくれればそれで済んだ。毎日、ヘッドホンをしないで爆音で聞いたから、問題が生じた。で、この問題は、そこだけにとどまるものではないんだ。これがねぇ……。言いがたいことがいっぱいある。



「週三日のアルバイトでもすればいい」と言う人がいた。週三日のバイトでも、週一日のアルバイトでも、時間を決められたら、もうそこでおしまいなんだよ。どれだけ努力しても、どれだけがんばってもできないということになる。で、ヘビメタ騒音に最低でも七年間毎日さらされて、睡眠回路がこわれたという経験がない人には、そこらへんがどうしても、わからないんだよな。だから、「働けるのに働こうとしない人だ」と見なされる。そいつだって、ヘビメタをあれだけデカイ音で、あれだけ長い時間、毎日毎日、あれだけ長い期間にわたって鳴らされ続ければ!!睡眠回路がこわれて、週に一回だろうが、時間を決められたら働けないからだになるはずなんだよ。もちろん、そいつは「自分は、対処能力があるからずっと鳴らされ続ける」なんてことはないと思うのだろう。そういう、自信があるのだろう。しかし、これも、気違いの構造がわかってないから、そう言っているだけだ。もう、本当に全部が違う。これ、わからないやつにはわからないんだよな。自分がやられなかったからといって、勝手なことを言うな。たまたま、気違い家族にあたらずに、気違い家族がめちゃくちゃにこだわって、気違い的にデカイ音で、気違い的なヘビメタ騒音を、気違い的な意地で鳴らし続けるという現実に遭遇しなかっただけの話しなのだ。「能力」の違いじゃない。やられた結果、週に一回も、働けない状態になったけど、それは、やられた結果だ。「対処能力」だって、気違い的な人のことがわかってないからそういうだけだろ。気違い兄貴が高校一年生のときに、ヘビメタを鳴らし始めた。気違い兄貴が高校一年生のとき、俺は小学六年生だったんだ。そして、いちおうは大黒柱であり、親権の持ち主である親父は、気違いだったんだ。兄貴のきちがい感覚は、親父の気違い感覚のコピーだからな。だからなにかというと、気違い親父に頼ることもできなかったと言うことだ。で、気違い親父が対外的に「親」であり「親権の持ち主」であったから、ヘビメタ騒音問題も片付かなかった。これも、いいわけだなんだと言ってくるやつがいると思うけど、そいつらはわかってない。対外的に責任者である「親」が、気違いなんだぞ。兄貴がああいう人格になったのは親父のせいなんだぞ。兄貴は、親父が子供(兄貴と俺)にやり付けたことをそのまま利用して、そのままのモードでヘビメタを鳴らしているんだぞ。それはどういうことを意味しているかというと、「うちではあたりまえのことだ」ということを意味している。気違い親父が親権者であるということは、いろいろな影響を与える。「対処能力」に影響を与える。これが、普通の親に育てられた人にはまったくわからないことなんだよな。対処能力って、「うちの問題に対する対処能力」「家族の問題に対する対処能力」であるわけだから。まわりの人は父親が、気違い的な父親だということがわかってない。決定的に、まわりの人と俺、あるいは「うちのなかの人」の認知が食い違うところだ。本当に「よそのひと」にはわからないような言いがたいしくみが成り立っている。気違い親父と気違い兄貴は、言いがたい性格をしている。普通の人にはまったくわからない、認知構造をもっている。普通の人は、親父と兄貴が普通の人だと思ってる。そして、普通の人には、俺がたとえ、親父や兄貴のへんな部分を説明しても、わからない。ちゃんと説明したって、「そんなことはないだろう」と決めつけて理解しない。ハンダゴテの説明とおなじで、「気違い兄貴の説明が悪かったから、お父さんがわからなかったんだ」とよその人たちは、完全に誤解する。そんなのは、「説明能力」の問題じゃないんだ。この場合は、兄貴の側の説明に問題があったわけではなくて、親父の側の認知構造に問題があったわけだから。けど、よその人は、わからない。説明されても、信じない。「へんだなぁ」と半信半疑のままだ。だから、「かりにそうだとしても」というような過程のなしが出てくる。そして、「ともかく、こうしろ」「ちゃんと説明すればわかってくれるのだから、説明しろ」ということを言う。だから、基本的には平行線のままだ。「現状」が維持される。「介入」はない。「そんなへんなひと、いるわけない」というよその人の間違った推論がまちがっているわけで、説明のしかたが悪かったわけじゃないんだよ。「説明能力」の不足ではない。兄貴の側の説明能力に問題があったわけじゃないんだ。これがわからない。で、ハンダゴテの場合は、親父の認知の問題なんだけど、ヘビメタ騒音の場合は、兄貴の認知の問題なんだよ。そして、付け加えて言えば、親父の認知の問題でもある。だから、ハンダゴテの問題は、親父の認知の問題であり、ヘビメタ騒音の問題は兄貴と親父の認知の問題だと言える。というわけで、ひとり増えている。ダブルパンチだ。二重拘束だ。けど、この二重拘束は、正反対のメッセージを送っているというダブルバインドではない。同方向の認知のズレだ。



「そんな、子供に怒ってばかりいた親がどうして、お兄さんがヘビメタを鳴らしたときは怒らなかったんだ」と疑問に思うやつがいた。そいつは、本当にまったくわかってない。まった、く、わかってない。親父のしくみがまったくわかってない。



それから、親父さんが、もしかりに本当にそんなひとだったら、精神科に連れて行けばよかったのに(精神科に連れて行かなかったから行けないんだ)というような考えをもつ人がいるんだけど、これもわかってない。そんなの、連れて行けるわけがないだろ。俺と兄貴は当時子供だったんだよ。親父が一番荒れていた時期に、子供だったんだよ。それから、お母さんは、子供とおなじように「やられてたんだよ」。「もし、それが本当だったら、奥さんが精神科に連れて行くはずだから(うそだ)」と考える人がいたんだけど、やられているお母さんが、親父を精神科に連れて行けるわけがないだろ。



当時は、「雷親父かぁ。雷親父なんてどこだっている」なんて、言われて相手にされなかった可能性がある。精神科にお母さんが親父のことで相談に行っても、場違いなところに行ったということになるんじゃないかな。いずれにせよ、当時の常識があるからなぁ。それから、だれが精神科の治療費を払うんだよ? 当時、一五〇〇円ぐらいで買えるハンダゴテのことで、あれだけもめているんだぞ。こういうことがまったくわかってないんだよな。



で、ともかく、「介入がなかった」ということが問題なんだよ。これは、本当にわかりにくい。そんなの、精神科に連れて行かなかった家族が悪いというように思う人がいるけど、その人は、「当時の常識」や「うちでの親父の態度」「妻の態度」がわかってない。親父のことで相談しに行ったって、親父を精神科に連れて行かなければむりなんだよ。それから、「やったってやってない」という認知が成り立っているところから考えて、まったく病識がないわけだからな。いまだから、「大人の発達障害」ということが問題になっているわけだけど、当時はそんな概念はないんだよ。



親父は、自分の言い分が通らなければ、手を上げたことがあるけど……つまり、口の中が切れるようなピンタをしたことがあるけど、回数が少なすぎる。昼間から酒を飲んで暴れてたというわけでもないし、働いていないというわけでもない。「介入」はない。それから、お母さんが精神科に相談に行ったとしても、追い返されただけだろう。当時の常識と居間の常識は違う。これも、わかってないやつらがいるんだよな。俺より年上だから、当時を知っている人間だけど、そういう人間でも、わかってない。
わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。