2018年3月27日火曜日

「人に迷惑がかかることは別だが」


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ここで言うことかどうかまようけど、最近のスピリチュアリズム世界や一般向け心理学界では、夢中になることをすすめることがある。自己投出。自己投入。自分が好きなことを夢中になってやることはいいことだという風潮がある。



けど、兄貴や親父のような夢中になっているひとに困らされて、神経症や鬱病になった場合は、無意識的なところで、本人が夢中になることに「まった」がかかる。



ようするに、やられた本人がスピリチュアリズム世界の人や一般向け心理学界の人のアドバイスを受ける場合、なんとなく、(無意識的な)抵抗がある場合がある。ようするに、夢中になる人が理想像にならないのである。夢中になってやった人が、感覚のずれた人で、道徳心がない人だと、犠牲者が出る場合がある。犠牲者にしてみれば、自分をひどい目に遭わせた人間と同じ「ような」人間にはなりたくないという無意識的な抵抗がある。



これも、まったくうけないと思うけど、言っておかなければならないことだから言っておこう。他の人のことは気にしないで、本人が好きなことに夢中になることがいいのだということがよく言われる。他の人のことは気にしないでというのは、他の人の批判や他の人の偏見を気にしないということだ。常識的に考えれば、この歳でやるのははずかしいことなのだけど、それでも、他の人の目を気にせず、夢中になってやると、道が開ける。人間的に成長する。というような話だ。



「もちろん、人に迷惑がかかることは別だが」というようなただしがきがつく。しかし、やる人を本人1だとすると、本人1が、人に迷惑かがかかるようなことをしているにもかかわらず、本人1が「自分は人に迷惑が狩るようことをしていない」と認識している場合はどうなのかということは、当然のごとく、話題にならない。



スピ界でも心理学界でも、やりがちが推奨されている。どうしてかというと「そんなことはない」からだ。人に迷惑がかかることをやっている人は、人に迷惑がかかることをやっているという意識があるはずだ」という理論が成り立っている。それから、常識的に考えて、「迷惑がかかること」に関する感覚には大差がないということが前提になっている。そして、この前提は言及されることがない。だから、「他の人の目を気にしないで、自分が好きなことに夢中なってやると、世界が開ける」というようなことが、言われる。



もちろん、「人に迷惑がかかることは別だが」という但し書きは重要だ。それすらつけない場合もある。そういうことを言う人にとってみれば、道徳心がない人間や感覚がずれている人間がいるということが、さほど問題ではないように見えるのだろう。感覚がズレている人間というのは、たとえば、うちの兄貴のように、物理的にデカイ音で鳴らしても、デカイ音で鳴らしているという感覚が成り立たない人間のことだ。どれだけデカイ音で鳴らしていても、本人のなかでは、「静かな音」なのだ。無意識的に感覚をずらして、自分がやりたいことをやってしまう人がいる。そうなると、その周りにいる人は迷惑を被る。しかし、やっている本人は「迷惑行為をしているつもりがない」。……そういうことが現実にありうる。くた、道徳観が欠如している人間だっている。その人が、「別に悪いとは思わないこと」であって、なおかつ、「やられると困る人が出ることを」をやった場合、被害者が出る場合がある。道徳観がない人が、時間内になるべく多くの人を殺すことに夢中になったら、被害者が出るだろ。けど、スピ界や心理学界のひとが「夢中になることはいいことだ」といういうことを言う場合はそういうことに対する配慮が欠落しているのである。



わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。