2018年3月3日土曜日

兄貴が俺にやったことは、親父が兄貴にやったこととまったくおなじ

おまえ、気違い兄貴、小六の頃から、毎日邪魔されていいわけがないだろ。どうして、「なにもしてないつもり」なんだよ? どうして、「邪魔なんてしない」つもりなんだよ?

それから、気違い親父とおなじで、相手が自分の視界から消えたら、相手が文句を言ってきたということがわからなくなってしまうのな。

そのあと、相手が文句を言ってきたことを続けても、まったくなにもしてないつもりになってしまうのな。そういう態度は、親父が、兄貴に使えないハンダゴテをあれだけ強情に押しつけて、押しつけたつもりがまったくしょうじないのとおなじだ。

兄貴が、「やっぱり使えなかった」「学校で恥をかいた」ということを言っても、まるで、理解せずに、「使える!!使える!!」と絶叫していた。なにを言われても怒るだけで、相手が困ったということを、気違い的な意地で認めないんだよ。どれだけ言われても、「そのハンダゴテが使えない」ということも認めないし、「兄貴が(自分が押しつけた)ハンダゴテで恥をかいた」ということも認めないんだよ。

兄貴は、気違いヘビメタを鳴らし続けて、「(気違いヘビメタ騒音で)俺が恥をかいた」ということを認めない。俺がヘビメタ騒音で宿題をすることができず、教師から怒られたということを認めない。自分が鳴らしているということと、弟が宿題をやることをヘビメタ騒音で邪魔していると言うことが、どうしても頭の中で結びつかない。

自分がやることは、まったく関係がないことなのである。で、それは、こっちが、俺がどれだけ、『試験だからやめてくれ』と言っても、一秒もやめてくれなかった。気違い兄貴も、認めない親父と同じような態度で、兄貴のヘビメタ騒音で弟が困っているということを、認めない。
 
まったく認めないまま、ヘビメタを鳴らし続けた。

まったく、そういうつもりがないまま、ヘビメタをデカイ音で鳴らす。気違い兄貴がスピーカーでヘビメタを鳴らすなら、気違い兄貴が満足できる音でヘビメタを鳴らした。一秒の例外もない。ようするに、気違い兄貴が『静かにしてやったつもりの音』は気違い兄貴が満足できるどでかい音だ。いま住んでいるところでは、一日一分だって鳴らせないいようなでかい音だ。つねに、よそじゃ鳴らせないようなデカイ音で鳴らしていた。気違い兄貴が最大限ゆずってやったつもりのときですら、強烈にデカイ音で鳴らしている。

気違い兄貴も親父とおなじように「相手が困った」ということを認めない。どこまでも認めない。相手が言ってきても、怒り狂って反対のことを絶叫すれば、それで、おしまいだ。これは親父も兄貴もおなじだ。とりあえず、反対の言葉を絶叫するのである。で、おしまい。自分が反対の言葉を絶叫したら、それでもう、まったく関係がない話になっている。自分とはまったく関係がないことになっている。

本人のなかでは、終わっていて、そもそも、相手がなにかを言ってきたということをまったく意識しない状態になってしまう。そして、相手が困ると言ってきたものを押しつける。

しかし、押しつけたつもりがまったくしょうじない。

毎日おなじ態度で『反対のことを言って』はねのけておしまいなのである。

だから、実際には一日に一三時間以上鳴らしている時期ですら、一分も鳴らさないで我慢してやった場合とおなじつもりでいる。どれだけ俺が『宿題をするからやめろ』と言っても、自分のヘビメタ騒音で弟が宿題をすることができずに困っているということを認めずに鳴らし続ける。

その場合、鳴らしている一三時間、まったく鳴らしてないのとおなじ気分なのである。一日に一三時間鳴らしたら、一三時間鳴らしたということになる。けど、本人のつもりとしては、一三時間ずっと鳴らさなかった場合とおなじなのである。それが、気違い兄貴にとって「つもりがない」ということだ。親父とおなじように「やったってやってないこと」なのである。

それから、俺が、その日、一日だけで二〇回、「やめてくれ」と兄貴の部屋に行って怒鳴り込んだとしても、「なにも言われなかった」という意識のままなのである。一回も、やめてくれと言われなかった場合の意識とおなじ意識を持っているのである。だから、「つもりがない」。何回言われたって、言われたつもりがしょうじない。気違い兄貴は、まったくわかってないけど、気違い兄貴の状態は、そういう状態だ。

で、もちろん、気違い親父の状態もそういう状態だから、親父が兄貴に関わっている場合……兄貴が親父にやられている場合……は、兄貴は、わかるのである。親父がどういう態度でどういうことをしているのかわかる。それがどれだけ腹立たしいことか、わかる。しかし、自分が、弟にやったことは、親父おなじようにまったくわからない。親父の態度で、やり続けたんだよ。だから、親父の態度で否定しし続けている。遣ったということを、親父の態度で否定し続けている。

   *   *   *

で、つもりがないまま、すべての時間、よそのうちでは一秒ですら鳴らせないでかい音で、鳴らし続ける。ヘッドホンをしないで鳴らし続ける。けど、一日中ヘッドホンをしてやったつもりなのである。一日中ヘッドホンをして静かにしてやったのおなじ気持ちで、『鳴らした』ということを意識しないのである。

本人が意識しなかったら、どれだけやってたって、やってないのとおなじなのである。

で、本当に!!兄貴は、そういう構造で毎日やりやがったんだよ。気違い兄貴がわかってない。いまは、それを、(兄貴の)嫁さんの前で一生懸命、否定しているんだろ。

新しい家族の前で、「自分は静かにしてやった」「弟が嘘を言っている」と何十年毎日言っているんだよ? 親父とおなじなんだよ! 兄貴は!!!親父とおなじ!!

脳みその構造がまったくおなじ。

あれだけ、デカイ音で鳴らして、弟がなにも気にしてないと思っている。どれだけ俺(弟)が言ったと思っているんだよ。兄貴の友達のカオ君の前で、兄貴は「だいじょうぶだだいじょうぶだ」と言ってたけど、あの時点で俺が何千回、何万回「うるさいからやめてくれ」と言っていると思っているんだよ?

そういうところが親父とおなじなんだよ。

気違い兄貴は、俺に対して、親父とおなじ態度で、親父とおなじことをしている。俺は、親父と兄貴にやられて、人生がないよ。特に、気違い親父の何億倍も、俺の邪魔をした気違い兄貴はゆるせない。

どれだけつもると思っているんだよ?

あれだけこだわって、毎日やって『やったつもりがない』とかおかしいだろ。人間の態度としておかしいだろ。人間の認識としておかしいだろ。やっているときから、やってないという態度でビタ・イチビョウもゆずってくれなかったよ。やったんだよ!! やったんだよ!! 鳴らし続けたんだよ!! 常に毎日、鳴らし続けたんだよ!! それを、こともあろうに、本人が否定している。やってないつもりでいる。

いったい、いつまで、自分がこだわりつくしてやったことを、「やってないと」言うんだ? おかしいだろ! 新しいうちで、嫁さんのお父さんに「やったんだろ」と言われて「やってない」と答える。ずっと、何年間も何年間も毎日毎日……そういうふうに答える。

それで、自分が迷惑していると思っているんだからな。「弟がこんなことを書いて送ってくるから自分が、家族に疑われて、迷惑している」と思っているんだからな。本当はやったのに、やってないつもりでいるから、そういう気持ちでいられる。そういう態度(全体)なんだよ。あれだけやったのに。そういう人間なんだよ!!

うちではやっていいと、決めつけたんだよ。だから、うちで鳴らしているあしかけ一五年間は、やったってやってないのとおなじなんだよ。だから、「やってないのに、やったと言われてくやしい」という気持ちになる。やったのに!「やってないのに、やったと言われてくやしい」という気持ちになれるやつなんだぞ。

やっているときは、そのくらいずれた感覚で鳴らしてたんだよ。

やれてあたりまえ。一秒だって、静かにしてやる必要がない。

自分が静かにしてやるのであれば、自分が静かにしてやりたいやり方で静かにする。それで文句はないだろ……という気持ちなのだ。親父だって、自分が助けてやりたいかたちで助けるわけで、「それで文句はないだろ」という気持ちだった。まあ、「それで文句はないだろ」よりも、もっと原始的な気持ちで、文句が出るということ自体が考えられないことだ。

だから、ハンダゴテを出してやった時点で、ハンダゴテの問題は解決しているのである。親父にとっては、親父がハンダゴテを物置から出してやった時点で、解決している。

「やってやった」。

「ちゃんと対処してやった」という気持ちになっている。それは、兄貴が、まったく静かにしてないで、ほんのちょっとだけ音をさげて、鳴らしたときとおなじなんだよ。

何度も言うけど、一〇〇デシベルで鳴らしていたら、一デシベル下げて、九九デシベルで鳴らしたとしても、九九デシベルはでかい音だから、デカイ音で鳴らしているということになる。

けど、一デシベルでもさげてやったら……つまり、自分のやり方でゆずってやったら……もう、自分は完全にゆずってやったという気持ちになってしまう。

だから、『ゆずってやったのだから、どれだけ鳴らしたってかまわない』という気持ちになって、一デシベルあげて、鳴らし続ける。

九九デシベルで一〇分間、一〇〇デシベルで一三時間四〇分鳴らしたら、合計で一三時間五〇分、デカイ音で鳴らしたということになるんだよ。けど、気違い兄貴は、「ゆずってやったから、問題がない」と考えてしまう。

使えないハンダゴテを出してやった時点で、問題がないと考えてしまう親父とおなじだ。いったん自分のやり方でやってやったら、やってやったということになってしまうのである。兄貴にしてみれば、自分が一デシベルさげてやった時点で、ヘビメタ騒音の問題は、完全に終了しているのだ。

……兄貴のなかではね。

だから、静かにしない。静かにしないまま、こだわりのデカイ音で鳴らし続ける。自分が静かにしてやったのに「それじゃ、意味がないから、もっと静かにしてくれ」と言われたら、『なんだ!!人がせっかく静かにしてやったのに!!あとからあとから、がたがた言ってきやがって』という気持ちになる。

そういう気持ちになって、よそじゃ、気違い兄貴にしたって鳴らせないようなデカイ音で鳴らし続ける。けど、本人は、「やってやった」つもりしかない。静かにしてやったつもりしかない。対処してやったつもりしかない。

本人は静かにしてやったと思っているまま、気違い的にデカい音で鳴らし続ける。

親父は、ハンダゴテを出してやった時点で問題が完全に解決していると思っていたのに、あとで「このハンダゴテは使えない」ということを言われたから、猛烈に腹をたてたんだよ。「つかえない」ということを突きつけられると「なんだなんだ!!使える!!使える!!だいじょうぶだ!!だいじょうぶだ!!なんだ!!そんなの!!使える!!使える!!」と怒り狂った。使えないという事実は絶対に認めない。

親父は兄貴とまったくおなじなんだよ。兄貴が俺にやったことは、親父が兄貴にやったこととまったくおなじなんだよ。本人はまったくつもりがないということも含めておなじなんだよ。

兄貴だって、本当はデカイ音で鳴らしているのに、でかい音で鳴らしているという事実を認めない。発狂して認めない。常に毎日毎分毎秒、絶対の意地で認めない。認めないままやりきる。だから「やっているのに、やっているつもりがない」という状態が成り立ってしまう。本人のなかでは、つねにそうなんだよ。気違い兄貴の行動は、でかい音でヘビメタを鳴らし続けるということなのに、デカイ音で鳴らしているあいだじゅう『しずかにしてやった』と思うことができる。

本当は、相手の希望を打ち砕いて、自分がやりたいようにやっているののに、「ゆずってやった」「しずかにしてやった」と思うことができる。「やめてくれ」と言われたら、「なんだ!そんなの!」と腹を立てて、自分のこだわりの音で鳴らすことに、こだわりつくして鳴らすことができる。その、こだわりの音で鳴らした時間すべて、『やってない時間』『鳴らしてない時間』なのである。気違い兄貴にしてみれば!! このくらいに、ずれている。感覚がずれている。頭がおかしい。

「やってないのにやったと言われて腹が立つ」という感覚と、やっているときに、「やるな」と言われて腹が立つという感覚がおなじなんだよ。どっちも狂っている。よそのうちでは、一日でできなくなるようなことなのに、うちでは一四年と数ヶ月間やってまったく問題だと感じなかった。これが、気違い兄貴だ。
わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。