2018年3月16日金曜日

ヘビメタ騒音下の選択は僕の選択ではない。

横になっていても、あんまりつかれがとれない。どーーしたもんだ。考えることは、ヘビメタ騒音と今後の人生のことだけだよ。恋愛関係はあきらめないとだめかな。なんか、いろいろと気持が……。あの時、あの時、あの時。ヘビメタ騒音が鳴ってなかったら……。(まあ、こういうことに関しても、何回過去にもどっても、その時の選択はかわらないというようなことを言う人たちもいるけど、その人たちはヘビメタ騒音を経験してない。あの時ですら、八年間、毎日、つもったヘビメタ騒音を経験してない。ヘビメタ騒音が「ある」か「ない」かは、重要な問題だ。僕が帰りたいのは、ヘビメタ騒音が鳴ってなかった場合の過去だ。気違い兄貴が、一日目に、ヘッドホンをしてくれた場合の過去だ。二日目以降も、鳴らすときは、ずっとヘッドホンをしてくれた場合の過去だ。他の人たちにとっては、「あたりまえ」の過去だ。他の人たちにとっては、ヘビメタ騒音が鳴ってない過去にもどるわけだから。あるいは、ヘビメタ騒音が鳴ってない過去にもどるということを考えるわけだから。ヘビメタ騒音に汚染されて、八年目にあの子に会った。ヘビメタ騒音が鳴っていないのであれば……ずっと、八年間も毎日鳴ってないのであれば、その状態での選択は、本人の選択だということになる。本人が選択したということになる。けど、ヘビメタ騒音下での選択は、僕の選択であっても僕の選択ではない。ヘビメタ騒音が鳴ってない過去を選択できるのであれば、その問題は回避できる。ヘビメタ騒音下での、僕の選択は、僕の選択ではない!!! 言ってみれば、選択肢がない状態だ。他の人たちには、ヘビメタ騒音はない。八年間毎日続いているヘビメタ騒音なんてない。毎日、午後一一時一一分まで、鳴っているヘビメタ騒音なんて内。どれだけやめろと怒鳴り込んでもずっとイチニチジュウ!!続いてしまうヘビメタ騒音なんてない。ないのであれば、選択は自由だ。本人がそれを選択したなら、本人が選択をしたということになる。けど、ヘビメタ騒音下の選択は僕の選択ではない。

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ヘビメタ騒音が鳴っている中で、どのような選択をしても、こうなるしかないんだよ。働けないからだになるしかない。ここでいう働くというのは、一定の時間に出勤して週休二日ぐらいで働くことだ。あるいは、週三日ぐらい、時間を決めて!!!働くことだ。

ヘビメタ騒音が鳴っている限り……気違い兄貴が気違い兄貴の感覚で、気違いヘビメタをあの音のでかさで、鳴らしているかぎり、どんな方法を選択しても、どうしても働けないからだになる。あとは、学力に関しては偏差値で言えば、二五ぐらいはさがる。学力よりも、生活体力のほうがはるかに問題なんだけどな……。

これ、本当にヘビメタ騒音障害がどういう障害なのか、わからない人はまったくわからないんだよ。ある程度正しい予想をする人にしても、実際には自分で経験したわけじゃないのだから、ひどさがわからない。ひどさがわからないと、「(エイリは)働けるのに働かない人だ」と誤解してしまうのである。「どんなことがあっても働いたほうがいいよ」「たとえ、ヘビメタ騒音が鳴ってたにしろ、なんとか体を慣らして働いたほうがいいよ」と言ったやつ。

もう前に一度書いたから、あんまり詳しく書かないけど、その人が病気になって、動けない状態で横たわっているところに行って、「どうして働かないんですか?」「働いたほうがいいですよ」「体調が悪いのはわかるけど、動けないなんていうのは、甘えだ」「外から、自分の姿を見たほうがいい」「おむつをしている赤ん坊じゃないのだから働ける」と言ってやる。「動けないのだからしかたがない」とその人が言ったら「動けないと思っているから、動けないんだ。動けると思えば、いくらでも動ける」と言ってやる。

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。