2018年4月18日水曜日

潜在意識というマジックワード 「思っただけでいい」のか「行動しなければならない」

思っただけで、現実化する」と思っただけで、潜在意識が埋め合わせをしようとして現実化する」のあいだには大きな違いがある。



けど、大きな違いを大きな違いだとは見せかけない仕掛けがある。



それは、「自然に」実現化されるというような文章にあらわれる。思っただけで、実現化されるわけではなくて、潜在意識が現実と考えたことのギャップをうめあわせるために、自然に「体を動かす」のである。



だから、自然に実現化するということになる。



しかし、「方法」がわからなければ、思っただけになる。自然に体を動かすというのは、自然に、行動するということである。自然に行動するというのはどういうことであるかというと、特に意識せずに、自然に行動するということなのである。



だから、けっきょく、思っただけではなくて、行動している。現実化するための行動をしている。現実化するための行動をする場合と、現実化するための行動をしない場合とのあいだには大きなへだたりがある。



しかし、「自然に」という言葉で語られてしまうので、まったく違いがないように受け取ってしまうのである。これがひとつのレトリックだ。



もうひとつ言っておかなければならないのは、自然に行動するには、なにをするべきか知っていなければならないのである。



たとえば、「お金を儲ける」と言った場合でも、お金を儲ける方法を事前に知ってなければならない。そして、それは、かなり確実なものでなければならない。



しかし、「潜在意識に命令すれば、潜在意識が現実とイメージとのあいだのギャップを埋めるために、動き出す」と言った場合には、そういう「方法」がない。



たとえば、飛行機がなかった時代に、飛ぶ道具をつくろうとしたとする。その場合、思っただけでは、無理だ。ちゃんとトライ・アンド・エラーをしなければ飛ぶ道具はつくれない。



そして試作品をつくるのでさえ、「ここはこうして、ここはこうするべきだ」というようなイメージがなければならない。



これは、行動イメージだ。そして、その行動を可能にするような技術や知識がなければならないのである。言いたいことは、思っただけでは、現実化しないということだ。「方法」が本人にとって明らかでない場合は無理だ。



エジソンだって、のちに電球と呼ばれるものをつくろうと「思った」だけではなくて、それを現実化するにはどうすれば良いのかということについて考えてトライ・アンド・エラーを繰り返したから、のちに電球と呼ばれるものをつくることができたのだ。思っているだけで、手を動かさなかったら「自然に」できるわけがない。



手を動かすことも含めて自然にできると思っているのが、マーフィーやその一派だ。けど、方法が明らかでなければできない。方法は、潜在意識が自然に教えてくれると思っているかもしれないけど、自然に教えてくれるわけではない。動いて、トライ・アンド・エラーを繰り返すことによって、自分でつかむしかない。



潜在意識に命令すれば、思っただけで、自然にそういう行動をするようになるという言い方があるかもしれないけど、それは、「嘘も方便」といった場合の「方便」だ。だましがある。



1)思っただけではなくて、行動しなければならない。

2)行動は適切な行動である必要がある。

3)失敗しても、あきらめずに行動しなければならない。



そして、なによりもたいせつことだけど、方法を知ってなければならない。実は思っただけだと、そこに到達するまでの方法がまったくわからないという場合があるのだ。いままで、上で述べてきたことは、実はそういうことだ。



たとえば、理想的な異性に巡り会い結婚するというような願いがあるとする。その場合、「理想的な異性に」巡り会う必要がある。この「理想的な異性」というのが「くせもの」なのだけど、ともかく、「理想的な異性」に巡り会わなければならない。



しかし、「理想的な異性」に巡り会うための具体的な方法を知らない場合は、どのようなことをして良いのかわからない。「理想的な異性と結婚する」というゴールのイメージがわくとする。ゴールのイメージだけをイメージトレーニングをするように、思い浮かべるとする。思うだけで、それが実現化すると言い張る人たちは、「思っているだけで良い」ということを言う。



しかし、出発地点とゴールのあいだが、さっぱりわからないということだと、行動しようにも行動することができない。かりそめの方法はあるだろう。たとえば、合コンに行くとか、結婚相談所に行くというような方法だ。あるいは、すでに知り合っている異性に目を向けてみるという方法だ。



この場合「理想の異性」なので、実は、灯台もと暗しで、身近な人が「理想の異性だった」と言うこともあり得る。そうすると、身近な人が「理想の異性」だった人の場合は、「ほんとうだ!!見方をかえただけで、思いは現実化する」と思うわけだ。この人にとっては、その「思っただけで現実化する」というのは、真実だということになる。



しかし、身近な人のなかに「理想の異性」がいない場合は、そうじゃない。「理想の異性」を求めて結婚相談所を渡り歩くことになる。



しかし、結婚相談所に行っても、合コンに行っても理想の異性に出会うことができなかったら、どうするか? 「理想の異性」を見つけるための確実な方法なんてない。だから、「思う」というのが確実な方法なんだと言われると、「思う」ことだけに集中してしまうことになる。



けど、「思う」だけでは、うまくいかない。さらに、行動をしてもうまくいかない場合がある。



こういう状態で悩んでいる人には「思うだけで現実化する」という言葉は救いの言葉に聞こえる。なので、信仰してしまう。けど、たいしたことは言ってない。



思っただけではなくて、行動しなければならないということを暗に提示している場合は、「ありきたりの方法」をためすしかないということになる。わかるかな? 



そして、「行動しても報われない場合は、ない」ということを、「潜在意識」という言葉を使って説明する。潜在意識はすごいパワーを持っているので、潜在意識にしたがって行動した場合は一〇〇発一〇〇中で現実化するのである。



そうじゃない場合は、潜在意識にしたがって行動したわけではないということになる。もともと、行動は、どちらにも解釈できることなので、現実化しなかった場合には、潜在意識にしたがった行動ではないということになる。



成功した場合は、もちろん、潜在意識が猛烈な働きをして、引き寄せたのである。現実化させたのである。この場合の潜在意識は、自分の潜在意識である場合と、宇宙の潜在意識である場合がある。



自分の潜在意識が宇宙の潜在意識に「通信」して、それを現実化してしまうというようなことを言うわけだ。宇宙の潜在意識のことを、宇宙意識とか神などという場合がある。



しかし、たいていは、自分の潜在意識と宇宙の潜在意識を区別せずに、「潜在意識」と言っている場合が多い。区別せずにおなじ言葉を通ために、たいていの人はだまされてしまう。



もちろん、この世なので、だまされて、しあわせをつかめばそれは、それでいいということになる。そのひとにとっては、潜在意識にお願いしたら、現実化したということになるだろう。



その場合、その人は、「思っただけで現実化する」というようなことを他の人に言ったとしても、本人は、嘘を言っているつもりはないと思う。「実際に思っただけで現実化した」と思っているわけだから。だから、それはいい。



しかし、現実化してない人にとってみれば、それは、どうでもいいことではないのである。これで、一巡した。



ところで、たとえば、理想の人と言った場合、その人にとって理想の異性というのはその人が決めるものなので、その人の思い通りになるところがある。たとえば、AさんとBさんがいて、Aさんは、Bさんのことを特に理想の異性だとは思ってなかったとする。



しかし、「よくまわりを見てご覧なさい」と言われて、よく見てみると、まさにBさんこそが「理想の異性だった」ということに気がつく。この場合、だれがAさんにとってBさんこそが理想の異性だったということについて異議を唱えることができるだろうか。



だれも異議を唱えられない。Aさんがそう思うなら、そうなのである。



Aさん以外に「Bさんが理想の異性だ」ということを否定できる人はいない。Aさんの「おもいよう」なのである。



だから、Aさんは「理想の異性に出会うことができた」というのは、「真」だということになる。「真」か「偽」かで言うと「真」になる。けど、これは、「思えば理想の異性に出会うことができる」ということが「真」であることを意味してない。わかるかな?



   *   *   *







あの人らはぼやかしているけど、思っただけで現実化すると言っている人も、かならずしも、思っただけで現実化すると言っているわけではないのだ。私の知る限り、思っただけで、行動してしまうと言っている人たちのほうが多い。思っただけで行動してしまうのだから、けっきょく、行動もしなければならないと言っている人たちとおなじ意見を持っているということになる。



潜在意識に伝えただけで、行動してしまうのである。しかも、エジソンのように行動してしまうのである。潜在意識に伝えたのにエジソンのようにトライ・アンド・エラーを繰り返さないなんてことはないのである。



潜在意識に伝えただけで、自然に、行動してしまう。



だから、行動する必要があると言っている人たちと言っていることはかわらないということになる。思っただけでいいという人たちと思っただけではじゅうぶんではなく、行動もしなければならないと言っている人たちの違いはない。「潜在意識」というマジックワードを使うと、そういうことを区別なく語ることができるのだ。



実は「思っただけでいい」ということと「思っただけではじゅうぶんではなく、行動しなければならない」ということは、潜在意識というマジックワードを使うとひとつのことになる。同じ意味になってしまうのである。時には違う意味で語られて、時には同じ意味で語られるということになってしまうのである。



そういうところに、曖昧さがあるのだけど、この曖昧さは、なんて言うのかな「だまし」の部分に寄与している。「思いは現実化する」と言っている人たちのなかには「思っただけでいい」と思っている人たちと「思っただけではじゅうぶんではなく、行動しなければならない」と思っている人たちがいる。



そして、このことを区別なくあいまいに語る人たちもいる。その人たちは、「思っただけでいい」のか「思っただけではじゅうぶんではなく、行動しなければならない」のかについて、特に考えてない。潜在意識という言葉に酔いしれて、その都度、違ったことを言っているのである。



しかし、違ったことを言ってると本人たちが認識しているかどうかわからない。潜在意識という言葉を使うと、「思っただけでいい」という立場から「思っただけではじゅうぶんではなく、行動しなければならない」という立場に自由に移動できる。



そして、また「思っただけではじゅうぶんではなく、行動しなければならない」という立場から「思っただけでいい」という立場に、特に解釈の違いについて言及することなく、移動することができる。一貫性は保たれているように見えるが実は、一貫性は保たれていない。一貫性が保たれているように見えるのは、「潜在意識」という言葉を使うからである。





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方法を知らないと行動できない。方法は、ありきたりの方法が選択されることになる。だれもが思いつく方法が選択されることになる。その、だれもが思いつく方法のうち、いくつかをためして、だめだった場合が悩んでいる人だ。こういう人たちが「思っただけで現実化する」という考えにこだわる。多大な関心を向ける。すでにゴールにたどり着いているなら、そんなことには関心を持たない。また、ゴールがない人は、関心を持たない。これは、どうしてかというと、ゴールがない人というのは現実化させたいことがないから、そういうことに関心を持たない。その人たちにとっては、どうでもいい話なのである。




   *   *   *


一巡した後の話しをするけど、まず、トライ・アンド・エラーのさいちゅうの人は、ゴールに到達してないわけだから、「思いは現実化してない」ということになる。

「思っているだけで良い」と言っている人たちは、ものすごいパワーを持った「潜在意識」があなたが眠っているあいだに、それをしてくれるので良いと言っているのだ。あるいは、あなたが気がつかずに行動しているあいだにそれがなされるので良いと言っているのだ。ともかく、潜在意識はすごいパワーを持っているので、たとえ、あなたが方法を知らなくても、自然に、その願いが叶うということを言っている。

しかし、潜在意識、潜在意識と言っている人は、実は、そんなに深いことは考えないので、いろいろな矛盾を抱えているのことに気がつかない。








わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。