2018年4月19日木曜日

まるまる荘で寝たきりだった

ヘビメタ騒音でこころがもげた。

どーーにも、動かない。
くるしい。

無感動無関心系になってしまった。

どーしても、こころがうごかない。

あの焼き切れたヘビメタ騒音生活で、すべてがなくなった。すべて、ちった。友情も結婚も進学も就職もちった。

ヘビメタ騒音の一日というのがすごいんだよ。経験してない人にとっては、「なんだ、そんなの」と思えるようなものかもしれないけど、一日がすごい。一日で、もう、何年分もつかれる。

僕はへとへとになりながら、走ってきた。

背中に火がついて走ってきた。

けど、それも終わった。まるまる荘に出たときには、もう終わってたんだな。あそこで、僕の人生が終わってたのか。まるまる荘で寝たきりだったからな。ほんとうに寝たきりの生活だったなぁ。で、帰って飯を食っているとき、ヘビメタにやられる。

「俺が飯を食うときだけ、鳴らすな」と何百回、何千回行っても、一回も静かにしてくれたことがなかった。自分の人生を破壊したヘビメタ騒音のなかで飯を食うのは、くるしかったぜ。「飯を食ってんだからいいだろ」という言い分だ。頭にくる。まるまるまるまるまる。まるまるまるまるまる。

他の人にはわからないんだよなぁ。
全部。ヘビメタ騒音がどれだけつらいかわからない。ヘビメタ騒音を六時間以上浴びたときのからだの調子がわからない。ヘビメタ騒音を六時間以上浴びたあと、ねむれなくなるということがわからない。

どれだけ、張り詰めた状態になるか、わからない。熱湯とこおり水がどうじに体の中を駆け巡っているような状態だ。不安でこおったように冷えているのに、ヘビメタ騒音で熱せられた怒りがどんどんどんどん熱くなる。

マグマになって駆け巡る。

頭の九割は、疲れ果てて動けない状態なのに、頭の一割が、怒りで暴れている状態だ。動けないから、動けないけど、こころの中は、めちゃくちゃだ。頭がおかしな状態になっている。残留があるんだよ。

ヘビメタを六時間以上、あの音のでかさで、ガンガンガンガン聞かされると、どうしても、それがおさまるまでに時間がかかる。四時間あるいは五時間ぐらいかかるんだよ。

そうすると、そのあいだどれだけ眠ろうと思っても、眠れない。気違いヘビメタを鳴らされて熱くなった部分が冷えない頭の一部が激しく抵抗して、眠れない。交感神経が激しく活動して眠れない。副交感神経が優位にならない。それは、気違いヘビメタを最低で六時間、聞かされたからだ。どんだけ、体にひびく音で鳴らしているか?

あそこ、ほんとうに、俺の部屋で、ステレオを最大限の音にして、ドカスカ鳴らしているような感じなんだからな。

俺の部屋の、どこにいても、ほぼおなじ音量で聞こえる。どうしても、逃げられない。ヘビメタ騒音の壁から一番はなれたところに座れば、音がその分だけ減衰して、ちょっとは楽になるということがなかった。

まったくない。

ガンガンガン、頭の横でやられる。部屋中がヘビメタ騒音で、頭がヘビメタ騒音に包まれる。もう、ほんとうに袋だたきになっているような状態だ。音になぐられる。一秒間に何十回もなぐられる。ヘビメタ騒音があの距離でガンガン鳴っているというのは、そういうことだ。普通の家に育った人はぜんぜんわかってない。

鳴り終わったら眠れると思っているだからな。「鳴っているときだけ、くるしいんだろ」と思っているわけだから。鳴っているときに眠れないというのはわかるけど、鳴り終わったあと眠れないというのは納得できないと思っているのだから……。……そんなもんじゃないんだよ。

毎日のヘビメタ騒音というのはそういうものじゃない。だれにもわからない。俺外の人はやられたことがないからわからない。自分で、経験すれば一日でだいぶわかるし、一年間三六五日連続して続けば、一〇〇%わかると思う。

けど、そういう経験をした人がいない。そうなると、その人たちの少ない騒音経験のなかで「うるっさい」と感じたことを思い出して、そこから、「うるさい状態」を推量するということになる。で、それが、実際ヘビメタ騒音とは似ても似つかないものなんだよ。

両方とも騒音なんだけど、気違い「家族!」が、家で、ずっと鳴らしている騒音とは、似ても似つかないものになる。で、兄貴のこだわりなんて、ほんとうに、他の人にはわからない。

それから、兄貴の感覚や態度もわからない。そんなのは、普通の人が・親父の感覚や態度がわからないようにわからない。兄貴に言っておく。「兄貴の態度は、普通の人には、わからない。どうしてかというと、兄貴の態度が親父の態度とおなじだからだ」。

これ、普通の人は兄貴の態度も親父の態度もわからないのだから、わからなくて当然だけど、兄貴は、親父の態度だけはわかっているのだから、理解しろ。気違い兄貴の態度は、気違い親父の態度とおなじなんだよ。

気違い兄貴は、親父のことが嫌いだろ。そして、親父のことを憎んでいるだろ。それは、憎むだけのことを親父がしたのだから当然だ。気違い兄貴は、親父の感覚でわかってないけど、親父が兄貴にやったことの何倍もひどいことを、弟にし続けた。親父とおなじ頭の構造だから、まったくわかってないだけなんだぞ。

これ、言っておくと。気違いの「家族」がいない人には、絶対にわからないことだ。どーーいう態度でやるか。どーーいう態度で無視するか。自分がこだわってこだわって、逆上して、やったことは、やってないことになっている……なんて、わかるわけがない。

親父や兄貴の頭のなかでは、「こだわってこだわって、発狂して、絶対にゆずらないでやりきったこと」がまったくやってないこと」になっているのだ。で、そういう感覚が常に成り立っている。そういう態度が常に成り立っている。うちでは、自然にそういう態度なのである。

そして、そういう態度でやったことは絶対に認めないのである。認めなというのは、ほんとうにやってないからやったと認めないという態度で認めない。やっているときは、そういう態度でやりきる。

だから、際限がないんだよ。本人は知らないままずっとやり続ける構造ができあがっている。本人は本当に、一〇〇%やりきることができるなら、ぜんぜん気にしないわけだから。ぜんぜん気にならないわけだから。……どれだけ言われたって気にしないんだよ。

だからやる。「やめろ」と言われたとき、どういう態度でやりきろうとするか、ぜんぜんわかってないんだよね。そして、事実やったのに、やったということがまったくわかってない状態になってしまう。自分が思ったとおりにやりきれれば、まったくやってないという認知状態になってしまうのだ。こんなのわかるはずがない。

他の人に、こんなことがわかるわけがない。こんな矛盾した態度・認知が普通に成り立っている状態なんて、他の人にはわかるわけがない。だから、他の人は「お兄さんに言えばいい」「家族で相談すればいい」なんてことを言う。これが、俺にとってどういうふうにひびくか、それも、わからないと思う。こんなの、死刑宣告だよ。「あーそうか」と思うよ。

   *   *   *

家族!というのがものすごくデカイ。うちに帰ればいるわけだからさ。おなじ屋根の下ですごしているわけだからさ。学校でどれだけいじめられても、日曜日や祝日は関係がないだろう。(そういう場合もあるかもしれないけど)。ともかく、期間が長すぎる。普通いじめは、一年間とか二年間だろ。一四年間なんて長すぎる。

つねに、騒音でいじめられた。家で息をしている時、常に騒音でいじめられた。いじめという言葉を使うならな。本人は、騒音攻撃をしているつもりなんてないんだよ。自分が聞きたいから、聞いているだけで、まったくこっちのことは考えてないのだから、とくに、「いじめてやろう」と思って騒音攻撃しているわけではない。自分がやりたいことが騒音を出すことだから、やると(じどうてきにそうなる)ということだ。だから、どれだけ迷惑行為をやっても、迷惑をかけてないつもりなのだ。

どれだけ言われたって、わからない。言葉で言われたって、わからない。これは、親父とおなじだ。ここの神経回路がおかしい。ここの感覚がおかしい。ここの感覚のおかしさが、他の人にはわからない。けっきょく、「やりきる」。けど、迷惑はかけてないつもりのままなんだよ。一日に、何十回文句を言われてもめても、まったくわかってない状態というのが続く。これは、他の人にはわからない。


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あと、僕は、「他の人」「他人」「他者」を使い分けている。だから、混在していたとしても、表記の不統一ではない。

「他の人」と言う場合は、実際に自分のまわりにいた人たちのことだ。実際に自分のまわりにいた人たちを思い浮かべて、その言葉を使っている。

「他人」というのは、実際に自分のまわりにいた人たちだけではなく、抽象的な意味で他人であるような人たち全員をさす言葉だ。自分が知らない人たちも含まれている。

「他者」というのは、「自己」に対して「他者」であり、自己と区別する場合に使う言葉。一番抽象度が高い。ちなみに、このあいだはじめて気がついたことだけど、「他人」を「他者」という言葉を置き換えると、日本語としてなんとなくへんな感じがする場合がある。完全な互換性はない。「他人」を「他の人」に置き換えると、この問題は生じない。なので、「他者」という言葉は、「他人」や「他の人」にくらべて意味が狭いのではないかと思われる。


抽象度は
「他者」>「他人」>「他の人」
の順番で高くなる。


ちなみにちょっと軸はずれるけど、「よその人」という言葉について説明しておくと、よその人は、うちの人(家族)に対してよその人であり、うちの人(家族)ではない人たちのこと。


わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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「公開バージョン」はもとのバージョンの一部を文脈に関係なく削除したものなので、段落と段落のつながりがおかしい場合があります。(少し不自然な場合があります)。ご了承ください。

死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。