2018年4月2日月曜日

相手の必死さがわからない 相手の必死さは無視する


相手が「必死になって言っている」というのが、人間として根本的にわからないんだよな。兄貴と親父はそういうところがある。相手にとってのたいせつさ、相手にとってのゆずれなさがわかってない。



相手にとっての深刻さがわかってない。自分の行為が相手にとってどれだけ深刻な影響を与えているかまったくわかってない。



まあ、意識的にはまったくわかってない。だから、記憶にはまったく残らないんだよな。どれだけ、言われたって、「言われなかった」という「気持ち」でいる。無意識的にはわかっているのかもしれないけど、それは、逆の効果しかない。



この無意識は、無意識にしても「わかる」以前の感覚だと思う。その時だけ、肌で「わかる」。相手が必死なら、こっちも必死になって、無視してがんばってやりきるということになってしまう。これも「無視しよう」と考えて無視しているわけではなくて、態度として「無視している」のである。



だから、意識的にも無意識的にも「無視してやろうと思って」無視したわけではないというのは、正しい。正しいのだけど、絶望的なんだよな。どうしてかというと、最初の話しにもどるけど、相手にとって重要さが、ほんとうにわからないから。相手が必死になって、逆上して、一〇回、二〇回、三〇回、と怒鳴れば怒鳴るほど、無視して、夢中になってやるから。



で、その時は、そういう状態で……からだ全体でそういう状になっているだけだから、思考が……意識的思考が入り込む余地が、絶望的にないんだよ。気違い側にしてみれば……やりきれれば、「なにもなかった」ことになってしまう。相手が「それじゃたまらないから」ということ



で、必死になって逆上して怒鳴って言ったということが、最初から認識されない。強く言えば強く言うほど、無視する度合いが強くなる。強く言えば強く言うほど、ひきつって頑固にやりきろうとする。絶対に、相手の言うことを聞いて、やめるということがない。



けど、やめないということではなくて、やめなかったという記憶がない状態だというのが特筆すべきことなんだよな。「やめてくれ」と言われれば言われるほど。やりきるほうに、突進してしまう。何度も言うけど、ひきつっている。無視してひきつっている。



本人だって、必死なのだ。



「絶対にやってやるものか」という意識で、めっかち(目が三角で目が血走っている状態)でやってしまう。ひきつっているんだよ。絶対に、相手の言うとおりにはしない。で、相手が目の前から消えれば、それで済んじゃうんだよな。

だから、相手が「やめろ」と何十回も自分の前で怒鳴ったということが、まったく認識されてないような状態になってしまう。というか、やっぱり、相手の必死さや、相手にとっての重要さが、根本的にわからないんだよな。で、親父は、金や親父の単発の行為でそうだったんだけど、兄貴は、ずっとヘビメタ騒音でそういう状態だった。



「本人だって必死なのだ」と書いたけど、やりきれれば、まったく気がつかなかったことになってしまうので、気がつかずにやったこととイコールになる。ようするに、「必死になってやったこと」とは認識されない。「やった」と言われると、それを否定することに必死になるので、それ以前にやった問題行為に関しては、どこまでも本人は「やってないつもりのまま」だ。こだわってないつもりなのままだ。「そんなことはない」という意識を持っている。自分がこだわってやったという気持ちがない。相手が必死になってやめさせようとしたということを、根本から否定する。いつもいつも、「必死さのわりには」……ただ単に気がつかずにやってしまったことなのだ。で、それは、「やる必要がない」と気になって、そうなる。やりたいうちは、問答無用で頑固に無視してやりきっている状態だから(やり続けている状態だから)……やったかどうかということ自体が問題にならない。本人の頭のなかでは、問題にならない。もう、その場でやる必要性がなくなったあとに、「そんなんじゃない」「気がつかなかった」と言い出す。ほんとうは、本人が相手の言い分を無視して、頑固にやったことなのに、「気がつかずにやってしまったこと」だというような認識ができあがる。これは、その場でやる必要性がなくなったあとにそうなるわけで、一五年間だろうが、「うちで」やる必要性がある場合は、「気がついているのにやったかどうか」というのは、端から問題にならない。

   *   *   *



ちょっとだけ、位相がずれたことを言うと、たとえば、「アニメ声で小さな声で言ったから、刺してしまった」ということも言えるのだけど、それは、(被害者のほうが)アニメ声で言ったという現実があり、(加害者のほうが)刺したという現実があるからだ。

これが、たとえば、被害者のほうが、絶叫してデカイ声で「やめろ」と言ったにもかかわらず、加害者のほうが刺したというような事件であった場合、「(被害者のほうが)絶叫して、デカイ声で言ったから、加害者のほうがカっときて、怒って(興奮して)刺してしまった」と言うこともできる。

現実がAであった場合、もし非・Aであるならば、被害者は助かったかもしれないというのは、どういう場合でも成り立つ。「かもしれない」話しだからね。で、その「かもしれない」話しに基づいて、被害者の責任を追及するのはよくないと思う。

「……であれば、被害者は被害を受けずに済んだかもしれない」というのは、こういう場合は成り立たないと思う。つまり「被害者が非・Aをすれば助かったのに、Aをしたので、助からなかった。だから、被害者には非・AをしてAをしなかったという責任がある」と言うのは間違っていると思う。





「めっかち」というのは、僕の造語。目が三角で、目が血走っていて、前のめりになっている状態。ひきつって、つんのめっている状態。

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。