2018年4月4日水曜日

兄貴がゆずってやったつもりの時間、兄貴はゆずってない

つかれた。いま、ヤフオクで買った初代ファミコン本体がくるのをまっている。



風呂に入ったあと、洗濯をした。

すでに干した。



そういえば、今日の午前四時ぐらいに、蚊を殺してしまった。僕は、蚊を殺したくないんだよね。俺に迷惑をかけてない蚊は、殺したくない。今日殺してしまった蚊は、俺をまだ刺していなかった。刺すかもしれないといううたがいはあったけど、刺したわけではなかった。

蚊を殺すほうが、一〇〇倍かわいそうだよ。○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○。○○○○○○、俺の人生をうばった。気違いヘビメタがいまだに、どれだけのハンディか。どれだけのハンディとして存在するか。俺の体の中にどれだけのハンディとして存在するか。気違い兄貴の態度は、気違い的に一貫している。

『どれだけやったって関係がない』という態度だ。
俺が夏休みの最初の日から「宿題をするからやめてくれ」と言っているのに、一日中……ほんとうに一日中……ヘビメタを鳴らしやがって。午前九時一五分から、午後一一時一一分まで、ずっと鳴らしている。あいだに合計三〇分間の休憩があるけど、その休憩以外の時間は、全部、ヘビメタを鳴らして、エレキギターを弾いている。

このエレキギターは、アンプ付きスピーカーにつながっていて、強烈にデカイ音を出していた。六畳間に三つもでっかいスピーカーを入れて、ガンガン鳴らせれば、そりゃ、うるさくなるだろ。これがわかってないんだよな。テレビぐらいの音だと本気で思っている。

気違い親父とおなじで、自分がやりたくなければ、あるいは、自分がやりたければ、現実をねじ曲げてしまうのである。現実をねじ曲げて、認知・認識してしまうのである。それはほんとうは、悪意があることなんだけど、悪意がないことになっているのである。

だから、悪意がなければできないことを、気違い的な意地でやりきって、『なにもしたつもりがないという状態』がしょうじる。

意識的には常に、なにもしたつもりがないのである。じゃあ、やめてくれるかというと、実際に無意識的にやりたいことは、絶対の意地で通す。相手が「やめてくれ」と横で絶叫してたって、無視してやりきる。常にそうする。

だから、常にやっているのに、常にやってないつもりでいるという気違い的な心理状態が成り立つ。やり口がおなじなんだよ。ちなみに、今日は、四月四日で、春休み期間中だから、気違い兄貴は夏休みとおなじように、だいたい、午前九時から、午後一一時一一分頃まで鳴らしていたということになる。

一日だって、そうしないことがない。

それなのに、俺の勉強の邪魔をしたつもりがまったくしょうじない。それは、俺が「勉強の邪魔だから、ヘビメタを鳴らさないでくれ」と言わなかったからではない。そうじゃないんだよ。そんなの、もう、何万回も絶叫して言った。気違い兄貴が鳴らしているときに、気違い兄貴に直接、絶叫して言った。

自分が鳴らしているときに!言われたら!ヒトコトも口を利かずに、親父のような形相で鳴らすか、あるいは、「がたがた言ってくるな」というようなことを言って頑固に、親父のような形相で鳴らすかのどちらかだ。どっちもおなじなのである。

どっちも、怒って真っ赤な顔をして鳴らしやがる。

そうやって、怒っているのに『言われた気持ちがないまま』なのである。自分がまったくゆずらずに、自分がやりたいかたちで、すべての時間、鳴らすことができたなら!!……まったく言われた気持ちもないし、まったくやったつもりもないということになってしまう。

こういう気違い的な心理状態なんだよ。

だから、どこまでも、気にしない。一日に何十回言われようが、……「やめろ!!!」「やめろ!!!」と横で絶叫されようが、その時、怒ってはねのけることができれば、〇・一秒で、忘れちゃうんだよ。そして、相手がいやがったこと、相手が反対したこと、を、相手の反対を押し切ってやったということも、忘れてしまう。

一日に一三時間二六分やろうが、そんなの、一分もやってないという気持ちになってしまうのである。これが親父とおなじ。押し通せれば!!の話しなんだよ。常に毎日押し通していたけど……。この『常に毎日押し通している』ということが、ほんとうにわかってないんだよ。見ず知らずの人なわけ。まったく関係がない人のつもりでいるわけ。

張本人なのに……意地を張って意地を張って本人がやったことなのに、まるで関係がない人のつもりなんだよ。だから、『知らなかった』とかそういう「すっとぼけたこと」を平気で言う。

気違い兄貴は、気違い親父にこういうやり口で、いろいろなことを押しつけられて、いやな思いをしていたんだよ。けど、自分が、親父のやり口で、弟にヘビメタ騒音を押しつけているということは、親父とおなじように一切合切認めない。認めなければ、どれだけやったって、やってないことになってしまうのである。

本人は気にしないよ。やれるなら!!

一〇〇%自分の意地を通して、やれるなら、一〇〇%やってないことにして、一切合切、気にしない。ほんとうはやったことを知っているけど、一切合切気にしないようにするというのではなくて、ほんとうにやったことを知らずに?意識せずに、一切合切期、気にしないのである。

一切合切気にしないし「本人のなか」でやったことになってない。

一度は認識して、やったことは知っているけど、意識して嘘をつくというのではないんだよな。まったく嘘をついてないつもりなんだよ。

やったのに!!

あれだけ意地になってやったのに、意地になってやったということを指摘されれば、「意地になって、やった」ということを、意地になって否定する。おなじ。内容がかわっているだけ。

その時「はねのける」あるいは「はねのけたい」内容がかわっているだけで、はねのけるしくみはかわらない。

それから、当然、「はねのけた」と思わないところもかわらない。だから、どれだけ言っても、際限なく続く。そうやって、気違い親父のやり方で「押し通している」ということを、知らない。本人がまったく認識しない。

これも、「そんなんじゃない」「そんなんじゃない」と本人が、怒って言えば、それで、本人のなかでは「すんでしまったこと」になる。それから、「そんなんじゃない」と絶叫して否定したことを、「すぐにやりはじめても」まったく気にしないんだよ。

おなじだから!!
しくみがおなじなんだよ!!

だから、現在進行形でやっていることなのに、現在進行形で「やっている」ということを否定している状態が成り立つ。いつもそうなんだよ。そういうやり方で!!そういうやり口で、絶対に自分がやりたいことを通す。途中でやめてやるなんてことは絶対にないんだよ。

途中で『自分がそうだった』ということを『認めてやる』なんてことは、絶対にないんだよ。いつもそういう、気違い認知で押し切って、気違い的な意地でやりきる。そして、気違い的な認知でやったということを気違い的な意地で否定する。

これが、「セット」だから……。毎日毎日こういう構造が成り立って、やったことだから、本人は、『特に気にしてない状態』というのがずっと成り立つ。ずっとやられっぱなしになる。


これは、他の人にはわからない。しあわせな家で過ごした人にはわからない。気違い兄貴よ! 親父の行為はたしかに腹が立ったけど、親父がいなくなれば……視界から消えれば……効果は半減した。

けど、気違い兄貴のは、気違い兄貴が視界から消えても!! ガンガンガンガン鳴らして、存在を誇示するので、効果が半減しなかったよ。

気違い兄貴が鳴らしている時間というのは、気違い兄貴がわかるようにいうと、親父ともめている時間とおなじなんだよ。気違い兄貴と親父がもめていたときの気違い兄貴側の!気分は、気違い兄貴がヘビメタを鳴らしているときの俺の気分とおなじなんだよ。

気違い親父が家にいる時間は短かった。

これは、寝ている時間を含まない。気違い兄貴は、家にいる時間が長くて、その時間ずっと気違いヘビメタを鳴らしていた。どれだけ無視しようとしても、壁の向こうで鳴らしているから無視できない。視界に入ってないけど、気違いの音がガンガンひびいてくるから、無視できない。おまえ、気違い兄貴、どれだけつらいと思っているんだよ。どれだけ腹が立つと思っているんだよ。

親父の態度で気違い的な騒音を出す人間が横の部屋にいるということが、どれだけのことかわかるか?

気違い兄貴がこっちの言うことを聞いて、一秒でもヘッドホンしてをくれるということはないんだよ!! かならず、スピーカーで鳴らすことにこだわって、スピーカーで鳴らす。かならず、デカイ音で鳴らすことにこだわってデカイ音で鳴らす。このデカイ音は、よそじゃ絶対に鳴らせないようなデカイ音なんだよ。

気違い兄貴は、親父の魔術にかかっているから、それがわからない。

「うち」から出たら、普通に静かにしてやがる。よその人に対する気遣いの、一無限大の一の気遣いもないんだよ。「うち」の人になら、どれだけ鳴らして、傷つけたっていいんだよ。

最初から、そう決めていた。

だから、「うちの人」がどれだけなにを言っても、最初から無視して、親父のように!!絶対に聞かない。一万分の一でもゆずってやったら、ものすごいことだ。親父とおなじだからそういう感覚が成り立っている。

家にいるあいだはずっとそうだ。

ゆずると言ったって気違い兄貴がガンガン鳴らしたまま、気違い兄貴がゆずったつもりになっているだけで、よそじゃ気違い兄貴にしたって一分だって鳴らせないようなデカイ音で鳴らしているんだよ。まったくわかってない。

「自分がゆずってやったら、静かにしてやった」と思っているのだろうけど気違い兄貴がゆずった時間、気違い兄貴は、「よそ」じゃ一分だって鳴らせないようなデカイ音で鳴らしていた。兄貴がゆずってやったつもりの時間、兄貴はゆずってない。兄貴がゆずってやったつもりの時間、兄貴は静かにしてない!!

これが、親父のようにわかってないんだよな。完全に親父の頭とおなじ頭ができあがっている。完全におなじ。感覚がおなじ。認知がおなじ。認識がおなじ。態度がおなじ。それにかかわる記憶がおなじ。「やったってやってない」が常に成り立っている状態で、ガンガン鳴らしてた!!

   *   *   *

「やめろ」と言われて怒ったということは、僕の言葉の意味を、兄貴がたしかに認識したということを明示している。
わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。