2018年4月14日土曜日

どれだけの意地がかかっているかわかるわけがない

やっと冬を越えたのに、俺のこころの中はめちゃくちゃだな。ヘビメタ騒音で感じた疲労感は説明することができない。あの繰り返しで、底の方のやる気がなくならない人はいない。

どれだけ、気違いヘビメタ騒音のなかで消耗したか? どれだけ、あせった気持ちになったか? どれだけ、勉強の邪魔をされたか? こんなの、経験したやつじゃないとわからない。

気違い親父とおなじで、まるで、他の人のことは気にしないんだよな。自分のスイッチが入っちゃったら、まるで気にしない。自分のスイッチが入ったら、それだけで、他人がどれだけなにを言っても、最初に思った通りにやってしまうのである。

『途中でやめてやる』なんてことは、死んでもできない。

で、毎日そういうモードなんだよ。これがきつい。きつすぎる。そうじゃない日がない。気違い兄貴のなかでヘビメタ騒音スイッチが入ったら、家に住んでいるあいだ、一五年間ずっと毎日、スイッチが入ったままになっている。

だから、スイッチが入ったままになっているときにやったことは、一切合切反省できない。自分でやったことなんだけど、自分がやった気がしない。やっているときから、そういうモードだから。まったく悪気がないまま、やり続ける。

普通だったら『困る』というのがわかるはずなんだけど、それが、親父のようにとことんわからない。親父が学歴のことや勉強のことがわからなくても当然だけど、兄貴はわかっていたはずだ。

それなのに、自分の弟のことになると、わからないのである。弟は、傷つけてもよいのである。自分の感情のままにならしてもよいのである。無視してもよいのである。

どうしてなら「うちのにんげん」だからだ。

「うちのかぞく」であれば、絶対に気にしなくてもよいのである。

で、親父は、意識的にも無意識的にもそういう態度だったんだけど、無意識的にそういう態度だったので、そういう態度だったということは、認識してないんだよ。兄貴もおなじ。親父が血相を変えて、発狂してやったことを、兄貴がヘビメタ騒音で繰り返しているだけ。

やり方がおなじだから、認知のしかたもおなじなんだよ。いや、認知のしかたがおなじだからやり方がおなじなんだよ。いや、認知のしかたもやり方もおなじなんだよ。ともかく、ゆずらない。

自分がやりたいことをやる。

最初にスイッチが入ったら、あとは、周りの人間は頑固に無視してやりきる。無視している、あるいは、無視したということを無視してやりきる。で、やったってやった気持ちがまったくしょうじないのである。「そんなの知らなかった」のヒトコトで、一五年間毎日やったことを、済まそうとする。

そんなの、済むわけがないだろ。

何万回言われても、『知らないまま』なんておしいだろ。けど、そうなんだよ。で、「そんなの知らなかった」と言うときだって、そういうモードなんだよ。自分が「しらなかった」と言えば、本人のなかではそれで済んでいる。

かえようなんて思わない。認識をかえようなんて思わない。自分にとって不都合なことは、絶対に命がけで認めないし、認めないということも認めないという態度で認めない。それで、済ませてしまう。

おなじやり方で、蹂躙する。

無視してやってたときおなじやり方で、「そんなの知らなかった」と言っておしまいにする。一切合切こたえない。何度も言うけど、俺が入試の前に、「やめてくれやめてくれ」「静かにしてくれ静かにしてくれ」「ヘッドホンをして静かにしてくれ」「時間を決めて静かにしてくれ」と言ったとき、気違い兄貴は、むすーーっとした顔になって、『そんなの知らない』という態度ですべての時間、自分が思ったとおりのデカイ音で鳴らす。

どれだけなにを言われても、なんとも思わない。最初にやる気になったことをやるだけなのである。相手がなにを言おうが絶対の意地で、寸分もほんとうにはゆずらずにやりきる。

で、やってない気持ちのままなんだよ。

『やってない気持ちのまま』やりきるから。……こんなの、平和な家に育った普通の人がわかるわけがない。どれだけの意地がかかっているかわかるわけがない。
わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。