2018年5月21日月曜日

声かけは人類の思い込みでしかない

「声かけ」についてちょっと考えてみた。一般的には次のようなことが言われる。たとえば、「太郎君が、『かわいいかわいい』『大きく育てよ』と声をかけてあだたほうの植物はよく育って、存在を無視してまったくかまわなかったほうの植物はよく育たなかった」というようなことが、言われる。「よく育たなかった」バージョンではなくて「枯れてしまった」バージョンもあるみたいだ。

しかし、これは、間違っている。実験しなくても間違っていると言える。むしろ、こういう実験をほんとうに、統制がとれたところでやったのかという疑問がわく。僕は、この手の実験は、自分でやってみたいと思っている。

ただ、ほんとうに環境を同一にすることができないのである。こういうのは、照明や温度を完全に制御できる環境で実験したほうがいい。横の植物のほうが、実は、日照時間が長いというようなことがあるから。

で、「実験しなくても間違っていると言える」という根拠を書こう。それは、前人未踏のジャングルや前人未踏の密林があるからだ。人が入りこまいところで、植物が勢いよく育っている。

むしろ、人が入り込むことによって、密林が密林ではなくなる。木が減る。生態系が壊されて、「木が育たなくなる」。

無人島に、木がいっぱいは生えているのはなぜか? 木の生育に人の「関心」が必要ないからだ。普通、海底火山が爆発して、島ができると、そこには、さまざまな微生物が住み出すようになる。そして、いつしか、岩の割れ目のようなところに、小さな草が生える。そして、その草が枯れたりすることによって、より栄養がある土壌?が生まれる。ちょっとずつね。小さな草が生えたところは、まだまだ、岩だろうけど。(岩がちょっとずつ削れて砂になり、砂に植物の死骸が積み重なって、土ができていく。)だから、人間なんて必要ないのだ。だから、植物が育つのに人間の愛情や人間の関心も必要がない。

道路の割れ目に小さな草が生えていることがあるでしょ。植物にとっては、道路なんて、不必要なものなんだよ。有害なものなんだよ。人間が道路なんて作るから、植物にとっては、住みにくい環境ができあがる。(まあ、これは、人間の関心が植物の発育にどういう影響を与えるかという話しとは、関係がないけどね)。

話を元に戻そう。はっきり言って、住宅街の空き地にすら、草が生える。ぼうぼうに生える。その生命力はすさまじいばかりだ。あおあおとしげる。人間は、実は住宅地の空き地に草が生えることを好まない。

「生えてくれるな」「枯れてくれ」と負の関心を示している。にもかかわらず、ほっておけば、ぼーーぼーーになる。あおあおとしげって、すぐに腰の高さあたりまで、草が育つ。「わ、すれげぇ。もう、こんなに生えている」と感動してしまうほど、よく育つ。

なので、人間が関心を示さなかったり、あるいは、「育つな」「枯れろ」とマイナスの言葉を口に出して言っても、そんなことはまったく関係なしに、がんがん育つ

なので、太郎ちゃんが無視した植物は元気をなくして、太郎ちゃんが感心をもった植物はガンガン育つというのは、嘘の話しだ。実際に太郎ちゃんが無視した植物が枯れて、太郎ちゃんが関心を持っていた植物がぐんぐん育ったとしても、それは、太郎ちゃんの関心とは「関係」がない。太郎ちゃんが適切な量の水をやったり、害虫をとったり、日の当たるところにおいてやれば、そりゃ、人工的な環境のもとで、プラスの影響を与えるだろう。しかし、それは、「関心」とか「声かけ」とは関係がない。関心もって「声かけ」以外のなにかをしてしまったのでは、実験にならない。

   *   *   *
それから、これは言ってはいけないことかもしれないけど、植物史のほうが人類史よりも長い。人類が発生する前に、植物が発生していた。そして、人類が発生する前の植物も、すさまじい生命力で、繁殖していたのである。なので、「声かけ」に効果があるにしても「声かけ」は他の要素にくらべて、たいした効果がないと推測できる。他の要素というのは、日照時間とか気温だ。土壌の状態とか風のながれだ。

人類の一員の関心がないから枯れてしまうなんてことはない。
人類の関心がないから枯れてしまうなんてこともない。

えーっと、それでも、声をかけたい人は声をかけてもいいんです。声をかけると植物が元気になった感じがするということもあるでしょう。けど、それを、あたも、科学的に証明されたみたいに言うのはどうかなと思うのだ。基本、声かけは、人間の側のエゴだ。エゴだからやめろとも言わないし、エゴだから価値がないともいわない。人間がそういうことをするのは、人間の自然な?性格の一つだから、やってもいいし、やったことで、植物が良くなったと思うことも別に悪いことじゃない。けど、エゴだ。

たとえば、メロンを育てるとする。メロンを収穫することが目的だ。メロンの実はたくさんできるのだけど、そのうち一つを残して他の実は、育つ前に切り落とさなければならない。そうしないと、一つのみに○栄養が集中しないからだ。一つのみに栄養を集中させるために、他のみを切り落とさなければならない。剪定と言われる作業だ。

これは、糖分の高いおいしいメロンを作るための方法で、メロンのがわからしたら、いいことかどうかわからない。人間が、あとで食べるために、手をかけているのである。そもそも、農耕・農作ということ自体が、自然に働きかけて、不自然なものにするという意味がある。人間の手で育てられている植物は、すでに、人為的な、あるいは人工的な植物なのである。人間に育てられている植物は、非・自然であり、不自然な存在なのだ。

けど、たとえば、良いメロンを作るために、メロン農家の人が、メロンに「いい子だいい子だ」「ぐんぐん育てよ」と言ってなでることは、別に悪いことじゃない。人間というのは自然に対してそういうことをして、生きてきた存在なのだ。なので、メロンの立場からみると、ほんとうにそれがいいことかどうかわからないけど、すくなくても、人間の立場からみると、それはいいことなのである。

けど、それはもともと、うまいメロンを作りたいという人間の側のエゴから発生した行為だ。うまいメロンを作りたいと思うということは、うまいメロンを食べたいと思っている他の人類がいるということを明示している。暗示じゃないよ。もともと、うまいメロンを食べたいという欲求から発生していることなのだ。これは、人間の側のエゴだ。メロンちゃんにはもともと、関係がない。だから、「声かけ」がよいことであるにしろ、それは、人間のエゴから出たことだということを忘れてはいけないのである。
わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。