2018年6月28日木曜日

一〇〇〇回言うというのは、楽なことだ

あとは、潜在意識に頼んでおくと潜在意識がやってくれるというようなことに関して、僕の意見を述べようと思った。これに関してはいろいろ言える。いろいろなトリックがあるんだよ。これ!



あとは、言葉には波動がある。よい言葉にはよい波動がある。だから、よい言葉を言うと潜在意識がやってくれるというタイプの説明のしかたがある。これもトリックなんだよね。



例で出てきたことと、一般論として言っていることがちがう。根本的にちがう。別のことを言っている。けど、そう思わせない。例と一般論のあいだに乖離がないような印象をあたえる。



考えてごらんよ。「カネがある」と一〇〇〇回言うだけで、金持ちになるのであれば、だれも、困ってない。だれも借金してない。

しかも、「カネがある」と言うだけいいいわけだからな。「カネがある」と言うと、潜在意識にその言葉が伝わって、潜在意識がその言葉に現在の状態をあわせようとするから、カネがある状態が現実化される……のだそうだ。

「カネがある」と言うだけで、金が出てくるのであれば、みんなそうしている。

一〇〇〇回って、多いいように思えるかもしれないけど、実は少ない。一〇回ずつ、一〇〇日言えば、それで、達成されてしまう。二〇回ずつ五〇日言えば達成されてしまう。それなら、世の中の、貧乏家の子供は、絶対に、実行する。「カネがある」と言うだけで、金が手に入るなら、一〇〇〇回なんてチョロいもんだよ。



「潜在意識」と言っているけど、これは、マジックワードだ。ともかく、一〇〇〇回言っただけで、金が出てくるなら、みんなそうしている。そして、貧乏な人がみんな、金持ちになっている。世界の飢餓地域に行って、そういうふうに教えてあげればいいよ。「カネがあると一〇〇〇回言えば、言っただけで、金が出てくる。金持ちになる」とね。

なんの努力も、行動も必要ないのだ。ただ、言うだけで出てくる。



これは、潜在意識というマジックワードが介在しているから、なんか、正しそうに聞こえる。潜在意識が、やってくれる。潜在意識が自分が休んでいるときも、やってくれる。だから、それが実現化する。言うだけで、実現化する……なんて言ったあと、行動しなければならないみたいなことを言いやがるんだよな。エジソンはぁ~~、イチローはぁ~~と。『言うだけ』と言っていたのに、すぐに、『行動しなければならない』と言い出す。



何度も言うけど、一〇〇〇回言うというのは、楽なことだ。そんなことで金持ちになれるなら、貧乏な人はいない。それから、パチンコなどのギャンブルで借金をつくってしまう人がいるけど、それもない。

パチンコなどのギャンブルをやる人は、やる前は、当然勝つつもりでいる。『勝つぞ』『勝つぞ』と、何回も何回も言っている。一日に一〇回言っただけで、一年で三六五〇回言うことになる。

こんなの楽勝だろ。

一日に一〇〇回『勝つ』『儲かる』と言って、パチンコ屋に行って、負けるんだよ。ときどき勝つけどな。もし、一日に一日に一〇〇回『勝つ』『儲かる』と言うだけで、そうなるのであれば、パチンコ屋はつぶれている。どんなパチンコ屋もつぶれる。つぶれないで営業しているということは、負ける人が多いということだよ。

『自分は負ける 自分は負ける 自分は負ける』と念じて打っている人なんていない。『自分は勝つ』『他の人は負けるかもしれないけど、自分だけは勝つ』と思って打っているんだよ。『さあ、今日は、ガンガン負けるぞ』なんて思ってパチンコ屋に行けるわけがないでしょ。一日に一〇〇〇回『勝つ』『儲かる』と言うだけで、潜在意識がどうにかしてくれるというわけじゃない。

2018年6月26日火曜日

どうして人間はMMORPGをするのだろう

MMOはやったことがないのだけど、ガンバトル(人殺し)など非日常を楽しめるのでおもしろいというような感覚はわからないではない。だいたい、殺されても痛くもないしな。

しかし、ガンゲイル(ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインのこと、以降単にガンゲイル)のレンの身体能力はどこから来るのだろう? これは、アバターが持っている性能なのか? それとも、リアル・レン(小比類巻香蓮)が持っているポテンシャルな身体能力の高さが反映されたものなのか?

どっちだかわからない。これは、想像能力の高さなのかもしれない。想像のなかで早く走れる人が、ゲームのなかで早く走れる人なのかもしれない。

『ワールド・トリガー』だと、トリオン量と想像力がものをいっている感じだけどな。実際には、非力でも、トリオン体になれば、強者になれるわけだし。リアルの戦闘能力は、トリオン体になったときの戦闘能力とは関係がない。ジョギングで体を鍛えても、トリオン体になったときの戦闘能力にはまったく影響がない。『ソードアート・オンライン』のキリトの場合は、反射神経がいいというようなリアルのポテンショナルな身体能力が反映されていたな。



ガンゲイルのレンの場合、アバターは相当に影響を与えている感じがする。じゃあ、アバターの能力?がすべてなのかというとそうではない。訓練をすることで、アバターの能力を上げることができるからだ。

また、リアルの世界でロープを使う技術の高さが、そのまま、ゲームのなかでロープを使う技術の高さに反映されている。なので、アバターが体格や基本性能を規定してしまうのだけど、頭の中で考えることに関しては身体能力として反映されるみたいなのである。

で、まあ、アバターと実際の人間が持っている身体能力がどの程度ゲーム内の身体能力に反映されるかという問題については、これでおしまい。

あとは、ガンゲイルゲーム内で武器を売る人は、運営者側の人間なのか、それとも、参加者なのだろうかということが気になった。セカンドライフというゲームがあるんだけど、そのなかのリンデンという通貨は、ドルに両替することができるのだ。だから、ドルを円にかえれば、当然、リンデンは円にもかえられるということになる。

そこで、リンデンを儲けようとする人たちが出てくる。自分で洋服を作って売れば、お金になる。あるいは、人が作った洋服を安く手に入れて? 高く売ればお金になる。セカンドライフは、ガンバトルの世界ではないから、武器がどうなのかは知らない。

けど、ゲーム内でいろいろな物を作って売るというのは、その人(販売者)にとってリアルの商売となんらかわらない側面を持っている。だから、ガンゲイルの場合はどうなんだろうな? と考えた。まあ、話の筋とはまったく関係がない話しだ。ちなみに、ガンゲイルはアニメのなかのゲームだけど、セカンド・ライフはリアル世界のゲーム(仮想世界)だ。


それから、「開放感」ということについて考えてみた。これは、どうして人間はMMORPGをするのだろうということと関係があるのではないかと思う。ガンゲイルのエンディングソング『Toseethefuture』でも「窮屈なリアル 息がつまる 逃げられない毎日 居場所を探す交差点」どうのこうのーと歌っているしね。


ぼくは、ゲームのなかで刀による斬り合いをするつもりもないしガンバトルをするつもりもないしモンスター狩りをするつもりもない。「なんかめんどうくさいな」と考えてしまうのだ。だから、開放感はない。弱いモンスターを倒して経験値を上げるとかめんどくさすぎるだろ。そういうことをめんどうくさい」と感じている以上、ぼくにとっては、モンスター狩りは楽しい行為ではなくて、仕事とおなじだ。悪い意味で、仕事とおなじだと言っている。

それこそ「窮屈なリアル 息がつまる 逃げられない毎日」ということになってしまう。「作業感が半端ない」とか言いながらゲームをやっている人もいるかもしれないけど、どうかと思う。作業感を感じるなら、それは、窮屈なリアルの仕事とおなじだ。さらに、チームプレーとなると、『仕事感』が高まるのではないか。実際、「ぬけられない」ので、くるしいと感じている人もいるかもしれない。


だから、その行為をどう感じているかが問題だということになる。仕事も、ゲーム内の遊びも行為自体だけを考えてはいけないのだ。そのひとにとっての意味合いを考えなければならない。たとえば、大技を出すためのキーコンビネーションを練習しているとしよう。

その場合、それは、楽しいことなのか、つまらないことなのかということが重要だ。その人にとってつまらないことなのであれば、仕事とおなじだ。逆に、リアルの仕事が楽しいことであるならば、ゲームとおなじだと言うことができる。

『努力』に関してもこの考えが応用できると思う。つまらないこと・やりたくないことをがんばってやる場合が『努力』なのであり、おもしろいこと・やりたいことを好きでやっている場合は遊び(ゲーム)なのではないかと思う。外からは努力しているように見えるけど、本人にとってみれば、夢中で遊び(ゲーム)をしているときとおなじだと思う。


ところで、ぼくはヘビメタ騒音にやられて、くるしいリアル毎日を送っている。くるしいんだよ。ゲームによる息抜きもない。理由は、いま述べたとおりだ。この元気のなさ、やる気のなさも、気違いヘビメタ騒音一五年連続が影響している。

モチベーションとかそういうことに、夜一一時一一分まで鳴っていたヘビメタ騒音が影響している。

で、これは、たぶんこの世でぼくひとりのだけの問題だから、他の人と問題を共有するわけにはいかない。

騒音問題を抱えている人はいるけど、気違い兄貴によるあしかけ一五年間続いた騒音問題を抱えているのは、ぼくだけなのではないかと思う。

「気違い兄貴による」というところは、重要だ。『家族』というのが重要だ。それから、ぼくの場合、ぼくが一一歳の時にヘビメタ騒音がはじまったので、ぼくだけ引っ越して逃げるということが(一〇年間)できなかった。

その一〇年間で、もう、不可逆的な作用を受けている。リターン可能ポイントをすぎてしまった。もとのからだには戻れないのである。これも、やられてない人たちが、「そんなのは忘れてしまえばいい」「過去のことは過去のことだから、現在(の状態)には関係がない」などと言うわけだけど、それは、間違っている。



どういうふうに間違っているかは、『騒音サイコパス』で書いた。



けど、今回言いたいことはそういうことではない。外に出るとき、仮想世界にログインしたと考えることはできないのだろうかということだ!

リアルのぼくは常に気が重いのである。気違いヘビメタ騒音の後遺症で苦しんでいるのである。実の兄が強烈にこだわって毎日やった行為によって、さまざまな障害が(ぼくの身の上に)生じてしまった。

そして、他の人にはそれがわからない。また、話したところで、実際の障害と、(ヘビメタ騒音の話しをぼくから聞いて)相手が思い描く障害が違うのである。もう、これは、どうにもならない。この差は、どうにもならない。だから、ぼくは不可避的に誤解される。だいたい、五割ぐらいの人から不可避的に誤解される。

それは、いわれのない差別とおなじ効果を持つ!

気違いヘビメタ騒音の問題、『ただ単にうるさいという騒音の問題』ではない。よく事情を知らない人から、俺が誤解されるという問題まで含んでいる。睡眠障害だって、気違いヘビメタ騒音があんなに長く、あんなにでかい音で続かなければ、生じなかった問題なんだよ。(ぼくの側で生じなかった問題だ)。

原因が気違い兄貴の行為にあるにしろ……長期間にわたる行為にあるにしろ……長期間にわたる毎日の行為にあるにしろ……ぼくが睡眠障害を抱えているということは、ぼくの障害になってしまう。

それこそ、自分のからだを脱ぐわけにはいかないし、『逃げられない毎日』になってしまうのだ。基本、睡眠障害から逃げられない毎日だ。これも、「そんなのは気合いで治る」と言うようなやつからすれば、俺がサボっているようにしか見えないのである。俺は、そういう低脳なやつから、不可避的に誤解される。そういうからだになってしまった。

そういう低脳なやつは、気違いヘビメタ騒音を一日も経験しないで、気違いヘビメタ騒音のあとのつかれを一日も経験しないで、そういう、バカなことを平気で言う低脳なやつだ。

けど、そういう低脳なやつの『意見』『意見のもとになる気持ち』というのは、ヘビメタ騒音を俺とおなじ分だけ経験してない人には、まともな意見にうつるかもしれない。

あるいは、別の言い方をすれば、そういう『意見』そういう『意見のもとになる気持ち』がだれの心のなかにも、多少はあるのではないかと、うたがっている。

特に低脳じゃないにしろ、ヘビメタ騒音をぼくとおなじように経験してない人はそう感じる可能性がある。可能性は否定できない。そういう人たちは、ぼくにとって潜在的な敵になってしまうので、ぼくはこの世では生きにくいのである。「ぼくにとって潜在的な敵になってしまう」というような感じ方が(おかしいのではないか)と思う人もいるかもしれないけど、頑固にやる気違い兄貴(家族)とずっといっしょに暮らしていれば、わかるよ。

それは、気違い兄貴の「気違い性」を理解してない人にはそれがどういう影響を与えるか、それこそまったくわからないのだろう。

ほんとうにもう、全部が違う。違うんだよ。ほんとうに他の人にはわからないかと思うけど、違う。ぜんぜん違う。あの毎日の連続はない。あの毎日の結果押しつけられた障害にかんしても、他の人は誤解している。そんなんじゃない。違う。


ともかく、俺は旅行に行くのでさえ、気違いヘビメタ騒音でくるしい状態だ。道中、くるしくてくるしくてしかたがないのである。見える道は、気違いヘビメタ騒音で苦しんだこの世とおなじ世界にある道だ。空は、気違いヘビメタ騒音で苦しんだこの世とおなじ世界にある空だ。もう、ともかく、感覚的にくるしい。ぼくの側の……この世の認知システムはぼくが死なないかぎり消滅しないのではないかと思う。別の言葉で言うと、生きているかぎりヘビメタ騒音でくるしいのではないかと思う。



で、話しをもとに戻すと、だからこそ、現実の世界で人に会う場合は、仮想世界で人に会っているのとおなじだと考えれば、多少は気が楽になるような気がする。ヘビメタ騒音でつらい『リアル』は、ゲームの世界には持ち込まない……ようにするに、ヘビメタ騒音でつらい『リアル』はうちの中にいるときだけにして、外に出るときは、仮想ゲーム世界に入るのとおなじだという考えに立って、陽気な人?を演じることもできるかもしれない。陽気と言うよりも、普通の人を演じることもできるかもしれない。

ヘビメタ騒音にやられる前から、ぼくは温厚で思慮深かったけど、陽気な部分もあった。普通にいろいろなことを楽しむことができた。けど、六年間ヘビメタ騒音と通学生活が続いた時点で、もう、息切れして、だめになった。ちなみに、親友との決裂も、それが原因だ。

けっきょく、ヘビメタ騒音が続きすぎてぼくが普通の人ではなくなったことが原因だ。「ぼくのことはいいから、先に行ってくれ」という気持ちだった。そりゃ、俺に付き合って、落ちていく必要はないのだから。けど、ぼくは一一年目には、親友にどれだけ言われても、普通には生活できないからだになっていた。そういうことだ。


これ、ほんとうどれだけ!! どれだけ!! 俺がどういう気持ちで試験会場に行く道を歩いていたと思っているのだ? 気違い兄貴!! 気違い兄貴は親父とおなじだから、自分がやっていることで相手が苦しんでいるということを命にかけて、命に替えても、認めない。認めなければ、実際にそうじゃないといこうとになってしまう。だから、平気でやり続ける。どれだけ、文句を言われても平気でやり続ける。


   *   *   *

結論としては、外に出るときは、仮想世界にダイブするのとおなじだと思えば、多少は気が楽になるかもしれない。

2018年6月25日月曜日

ものがたり……生命の意味と自覚

たとえばあなたが、カースト制度がきびしい頃のインドに生まれたとする。それも、カースト制度枠外の不可触民として生まれたとする。その場合、どういうふうに考えるか? たとえば、前世で悪いことをしたから、今世では不可触民として生まれてきた……というような「ものがたり」を受け入れることも可能だ。また、不可触民として生まれてきたからこそ学ぶこともあると考えるもの自由だ。前世では、徳の高い金持ちでいろいろな慈善事業をしたが、もうひとつ最後のところを学べなかったので……つまり、あともう少しのところで悟りをひらけなかったので……不可触民として生まれてきたというような「ものがたり」を考えることも可能だ。あるいは、不可触民として生まれてきたのは、この悪しき制度を変えるためだと考えることもできる。つまり、平等な世の中をつくるために神が自分をこの世に派遣したというような「ものがたり」だって考えることだって可能だ。だから、自分がどういうふうに、どういう「ものがたり」を受け入れるかということが問題になる。

いわれなき差別やいわれなき差別を生み出す制度をかえるということもできる。もちろん、それは、一代で終わるようなものではないかもしれない。また、制度に内にいる多くの人は、その制度を支持しているわけだから、多くの人と対立関係が生まれるかもしれない。さらには、おなじように不可触民として生まれてきたにもかかわらず、制度に順応し、それを受け入れるという生き方をしている人は、「制度をかえようとしている」あなたをののしるかもしれない。前世で悪いことをしたから、この世で罰を受けているというような「ものがたり」を受け入れた人にしてみれば、あなたのような人は、未成熟で自分勝手であるようにうつるだろう。しかし、それは、どういう「ものがたり」を受け入れたかの違いでしかない。


2018年6月24日日曜日

相手がつらい思いをしているというのが、わからない




いろいろと過去の記憶が俺をくるしめる。楽しみはない。


もう、つかれたなぁ。これじゃ、まるまる荘とおなじだなぁ。
今日というか、昨日の午後三時、ヘビメタ騒音の雰囲気が強烈に復活した。これ、他の日にはわからないことだろうな。気違い兄貴も、本人が、問題の根元なのに……親父みたいにまったく関係がないつもりで鋳るんだよな。発狂して、やりながら、まったく関係がないつもりでいる。最初から最後まで「そんなの知らない」という態度だ。そのくせというか、それだからか?……なんと言うのか「へへーん、ざまみろ」「くるしめ」「失敗しろ」というようなところもあるんだよ。これは、時間的にはずれている。やっているときに、「やめろ」と言えば、親父の態度で怒り狂う。理由を言ったって「なんだ!そんなのぉ!!」と思ってゆずらない。ゆずるわけがない。ひきつって、意地になってやる。顔を真っ赤にして「やめてやるものか」という気持ちになって、意地になってやる。だからやっているのに、やったつもりがないんだよな。これは、親父が使えないハンダゴテを兄貴に持たせて、兄貴が学校で、親父のハンダゴテで恥をかいたということを説明したときに、親父が「なんだ!そんなのぉ!!」と顔を真っ赤にして怒り狂ってしまう態度とおなじなんだよ。これ、事実を言われて、傷ついている。自分がひどいことをいわれたような気分になっている。実際に、自分がひどいことをしているのにそうなんだよ。兄貴もおなじだ。おなじなんだよ。おなじだから、おなじことをしているというのが、頭の根本からわからない。自分が犯人なのに、まったく関係がないつもりでいるんだよな。「そんなのなんだぁ」と怒り狂って続行したあと、一日が終わると……やりきって一日が終わると……今度は「へへーん、ざまみろ」みたいな態度になる。「へへーんざまみろ」みたいな態度になるときは、もう、やり終わったときなんだよな。やり終わったわけだから、「やめろ」と言われない状態なんだよ。そして、期間的に、何ヶ月も過ぎている。実際には、何ヶ月もやり続けているんだけど、「ひとごと」なので、相手がつらい思いをしているというのが、わからない。で、入学試験とかで、失敗しているときになると、第三者として「失敗してらぁ」「ははっ」というような態度になるときがある。これも、微妙なんだよな。まあ、回数としては、「なんだそんなのぉ」と怒り狂って絶対にゆずらないでやりきるということのほうが圧倒的に多い。「へへーん、ざまみろ」みたいな態度になるときは、ヒトゴトとして相手が困っているのを聞いているときの態度なんだよな。気違い兄貴が、張本人なのに……。ここらへんの構造が、親父とおなじなんだよな。「おまえのやっていることで、失敗してこまっているんだぞ」というのが、どれだけ言っても、通じない。


   *   *   *

実は昨日は、ふたたび猛烈にかゆくなるまで、作業的にはすすんでいた。わりと進展があった。
しかし、どうしたもんだ?

その点では割りとよかったんだけど、……。楽しみは自分で作るものだ、なんて言う人がいるでしょ。もっともなんだけど、ヘビメタ騒音にやられ続けた俺は、楽しめないからだになっている。やられた人とやられてない人でまるで違うんだよ。だから? だから、違う。違う。違う。

   *   *   *

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2018年6月23日土曜日

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2018年6月22日金曜日

じゃあ、ケーキを食べられない人はどうすればよいのか


じゃあ、ケーキを食べられない人はどうすればよいのかというと、ケーキがあるところを想像すればよいのである……ということになって一周する。



迷えるもの「ケーキがない、どうすればいいんだ?」



賢者「ケーキがあるところを想像すればいい。思ったら、現実化する」



迷えるもの「ケーキがあるところを想像した。けど、ケーキが出てこない。どうすればいいんだ?」



賢者「ケーキがある」と言えばいい。



迷えるもの「ケーキがある」と言ったぞ。けど、ケーキが出てこない。どうすればいいんだ?



賢者 一回だけ言ったって、出てこないぞ。一〇〇回でも一〇〇〇回でも、一〇〇〇〇回でも言うんだよ。そうすれば出てくる。



迷えるもの 一〇〇〇〇回言ったぞ。けど、出てこないぞ。言えば出てくるなんていうのはうそなんじゃないか。



賢者 私の場合は出てきた。ほら、こんなにある。あなたは、ほんとうは、出てこない状態を望んでいる。だから出てこない。



迷えるもの 「ケーキがない、どうすればいいんだ?」



以降繰り返し……。

以降繰り返し……。

以降繰り返し……。

   *   *   *

まあ、マリーアントワネットは断頭台に立たされ、パンをよこせと言っていた民衆は、やがてパンを得るのだけどな。だから、マリーアントワネットの時代に限って言えば、暴動を起こし、王侯貴族を殺し、市民政府をつくることが必要だったわけだけど、いまは、そうじゃない。

2018年6月20日水曜日

ケーキを食べられない現実は、おまえらがつくっている現実だ


引き寄せはあるが、引き寄せることを意識してはいけないということについて、ちょっとだけぼくの考えを書いておこう。引き寄せはあるが、引き寄せることを意識してはいけないというのは、渇望すること……引き寄せることを強く求めることによって……欠乏を意識してしまうというような意見だ。

ようするに、すでにあると思うところから出発しないと、欠乏を引き寄せてしまうというわけだ。こういう話を聞くたびに、「おいおい」と思う。「この人たちはほんとうに坊さんだな」と思う。

この人たちは認めないかもしれないけど、ほんとうに「差」がある。この差は、この人たちがよく使うレトリックで乗り越えられるものではない。まあ、そういうふうに言うと「乗り越えられるものではない」と考えているなら、乗り越えられないものになるでしょう……などとこたえるとは思うけど。

だから、そういうのがレトリックなんだよ。けっきょく、この世の差は、その人が望んだものとして片付けられる。けど、生まれ育った環境の差というのはあるぞ。そういう大事なもの……無視できないものを平気で無視してしまうのが、引き寄せ思考だ。似非スピリチュアリズムだ。

似非スピリチュアリズムは、はじめから、その人が抱えている問題を無視している。あるいは、軽視している。そんなのは、あったってないようなものなのである。同時に、なくたって、あるようものだというようなことも言えるというようなことが暗示されると思うけど。

ようするに、ないのに、その人が勝手にそういうものだと思ってそのつらい現実を作り出している。だから、だめなのだと、暗示する。だめ出しは、かなり、スマートだ。

だから、だめ出しをされているということすら、気がつかない信者がいる。結論からいうと、すべては、現実から導き出されたことだ。結論がまず先に来ている。結論を説明するのが、似非スピリチュアリストが採用する方法だ。実際にこうなっているということについて、もっともらしい説明をするというのが、似非スピリチュアリストが採用する方法だ。

現実から出発するので、普通の思考力しかないものは「あっている」ように感じてしまうのである。そして、普通の思考力以上の思考力を持っているものも、現実を認めざるを得ないということになる。

だから、正しそうなことを言っているように思えるのだけど、結果から、原因を導き出しているにすぎない。そして、それは、フィクションなのである。

原因を導き出すところに、いろいろなフィクションを使うので、それらのフィクションも現実のものだと思い込まされてしまうのである。まずもって、ほんとうは生まれの差を無視しているというところから出発する。これは、ひどい話しだよ。ほんとうは!

ほんものは、この生まれの差を無視してない。偽物は、この生まれの差を無視する。ほんものは、だれの人生においても、生まれの差はでかいものだということをちゃんと引き受けている。生まれの差はでかいものだということをちゃんと引き受けていない人が、間違った?言い方で間違った考えを流布する。

ほんとうにこれ、どれだけの傲慢な無視があるか。無考慮、無配慮があるか。これじゃ、言ったもん勝ちの、血で血を洗うような世界が現実化してしまう。実際そうだけどな。それじゃ、まずいだろ。生まれの差を引き受けて、考慮しなければならないだろ。生まれの差を無視して、わかったようなことを言うのは、傲慢。

けど、渇望系と渇望しない系だと、渇望しない系のほうが「正しい」。この正しさは、仮の正しさだ。渇望系というのは、強く思うことが重要だと主張する派閥のことだ。成功法則系だとこういう人たちが多い。強く強く思うことで成功するというわけだ。

一方、渇望しない系は、「強く思う」ということは、「ない」ということを強く意識することになるから良くないということを言う。すでに満ちたりていると思うところから出発するべきだというようなことを言う。

ところで、実際に、不幸な人?が、満たされていると思うことができるかとそうではないのだ。これは、ほんとうに〇歳の時から経験してきたことが影響している。前節で「生まれの差」と言っているのは、そういうこと。

不幸な人のうしろにクエスチョンマークがついているのは、不幸とか不幸な人ということは言えないということが常に問題になるので、クエスチョンマークをつけておいた。不幸かどうかも、その人が作り出している「世界」にすぎないから、不幸かどうかはわからないという意味だ。

けど、これも、レトリックなんだよな。レトリック、多すぎ。それも、いつも!トリッキーなレトリックなんだよなぁ。

   *   *   *

マリー・アントワネットが、「パンがなければケーキを食べればいい」となにも知らずに言ったこととおなじなんだよな。マリーアントワネットには民衆の状態がわからない。ケーキなんてなおさら食えない(手に入れることができない)ということがわかってない。似非スピリチュアリストの考えは、世間知らずのマリー・アントワネットの考えとおなじなんだよ。

けど、それでもまた、その人が作り出している「世界」にすぎないというレトリックがあるから、マリー・アントワネットが言っていることの方が正しいような気がしてしまうのだ。マリー・アントワネットふうに言うなら「パンがない現実はおまえらがつくっている。ケーキを食べられない現実は、おまえらがつくっている現実だ」ということになる。似非スピリチュアリストの主張というのはそういうところに落ちつく。

   *   *   *



「あたりまえ」と「知らない」が同時に成り立っている

頭がモヤモヤして何が何だかわからないぜ。
ほんとうにヘビメタがくるしかったなぁ。これは、どれだけ言っても他人にはわからないことだ。あの連続がどれだけくるしいか? 体験してない人がわかるわけがない。あの日々の連続がどれだけくるしいことかわかるはずがない。あの日々の連続がどれだけ人生を破壊するか? 本人じゃなければわからないところがある。簡単な問題じゃない。そりゃ、「うち」が普通のうちで、気違い兄貴に、「静かにしてくれ」といったら、静かにしてくれるなら問題はないけど……そうじゃないわけだからこまる。で、気違い兄貴は自分に催眠術をかけてしまっているところがあって、気違い的な意地で、こだわってこだわってこだわって、こだわりつくしてやったことは、「自分」がやったことじゃないと思っているところがある。何度もいうけど、これが!親父のやったことなんだよ。親父が一五年間……ちょうど一五年間毎日そうしていたから、兄貴もまねして、そうした。もっとも、ほんとうに頭の作りがおなじじゃないと、まねしようと思ってもまねはできない。そりゃそうだろ。もし、ほんとうに頭の作りがおなじでなければ、自分がこだわってやったことは、自分がこだわってやったことだということを知っている。意識の点では……意識のレベルでは、ほんとうに知らないことになっている。もちろん、無意識のレベルでは「そうした」「そうしてやった」ということは、わかっているのだろうけど、無意識のレベルだから、普段、気がつかない。普段気がつかないかたちで、頑固にやるんだよ。それ以外にすることはないという状態で、ほんとうに一〇〇%そうする。一〇〇%そうすることにこだわりぬいて、一〇〇%そうする。だから、一〇〇%やったにもかかわらず……どれだけ反対されてもそれを無視してやってやった!!……にもかかわらず、ほんとうにやったつもりがないままでいられるのだ。だから、さいちゅうもそうだ。さいちゅうというのは、まさに鳴らしているあいだ、そういう気持ちが成り立っていて、「やっているのにやってない」ということになってしまう。「でづっぱり」。「でづっぱり」は、この場合、ぼくが作った造語だけど、頂点の状態がずっと続くことだ。ずっと、劇に出ていたいうことを「でづっぱり」という人もいるんじゃないかな。「あの役者は最初から最後まででづっぱりだった」とか。これは、普通に共有されている表現だと思うけどな。だから、まあ、「でづっぱり」でいいや。別に、造語でも造語じゃなくてもいいけど、ともかく、ピークの状態がずっと続いているというような意味で使っている。気違い兄貴にしてみれば一〇〇%、自分が思ったとおりにやることが、決まっている。最初から決まっている。一%だろうが、絶対ゆずる気持ちがない。けど、わけのわからないことで怒り狂っていた親父とおなじで、そうしているのにもかかわらず、そうしている気持ちがない。認知がない。認識がない。だから、どれだけやっても、本人は「しらない」ということになっている。「あたりまえ」と「知らない」が同時に成り立っている。「あたりまえだから、ずっとやった(やってあたりまえのことだから、問題がない)」という認識と、「そんなのまったく関係がない(自分がやったことじゃないからそんなことは一切合切関係がない」という認識が「常に!!」共存している。ずっと、おなじ状態で成り立ち続ける。だから、やり終わってしまえば、「そんなんじゃない」と言える状態になってしまう。で、終わったのであれば……たとえば、鳴らし終わったのであれば……鳴らし終わったわけだから、「いまは鳴らしてない」と言うことになる。「いまは鳴らしてないのに」「やめてくれ」といってくるのはおかしいという感覚が成り立つ。毎日、午後一一時一一分にはそうなる。「もう、今日のぶんはやっちったから」……な。もうやってしまったので、本人は、満足だ。それに、いまさら、過去にもどって鳴らさないようにすることはできない。「明日、鳴らさないでくれ」ということは、認めない。明日もおなじように鳴らすつもりなのである。だから、鳴らし終わったあと、どれだけ言っても無駄だということになる。で、鳴らしているあいだにどれだけ言っても無駄だという状態も成り立っている。これは、いままで説明したように、「やめてやるつもり」なんてまったくない状態で、頑固にやり続けるからだ。親父が理由のないことで絶叫して怒り狂っているのとおなじだ。親父本人は、怒り狂うだけの理由があると思っているのである。これも、ほんとうに……「理由もなく怒り狂う人なんていない」なんて、言う人が出てくる。親父のそのままの状態を説明すれば、そういう常識的な人たちは、俺が言っていることを信じない。否定する。人によっては「父親の悪口を言うのはよくない」と思うだろう。これも、ほんとうに、……そんなのほんとうに、……。そんなのは、ほんとうに、間違った認識だ。
話をもとに戻すと、気違い兄貴がうちにいる限り、毎日おなじなんだよ。それは、気違い兄貴が、ヘビメタをはじめた一五歳の時から、気違い兄貴が引っ越した三〇歳の時まで、毎日おなじなんだよ。おなじ態度で絶対に鳴らす。

兄貴に言っておきたいことがある。兄貴の態度は親父の態度とおなじだ。親父がわけのわからないことで怒り狂っていたときとおなじ態度だ。自分が発狂して、意地になってやっていることを、一切合切
認めない。認めないと鳴ったら認めないんだよ。「やめてくれ」なんて言って、話が通じるわけがないだろ。

話が通じるようだったら、そんなことで!!悩んでない。言ってもつうじないから、相手がやることでこまる。言ってやめてくれるようだったら、こまらないんだよ。ほんとうに、他の人には、こういうことがとことんわからないんだよな。芝居で「知らないふりをしている」と思っている。そんなんじゃない。そんなんじゃない、もっとホネの髄から出てくるものだから、こまるんだよ。で、これは、「あたりまえの状態」だから。うちだったら、つねにそうなんだよ。うちだったら、つねに、かわらずに、息を吸うようにそうなんだよ。特別に腹が立ったことが怒ったときだけそうするというのではないんだよ。だいたい、ひとに八つ当たりしているひとは、どこかで、八つ当たりしていることを知っている。うちの連中は、毎日、うちにいれば絶対の意地で、つねに八つ当たりしているようなものなのだけど、本人はまったくつもりがない。普通なら、どこかで、「八つ当たりをしている」ということを知っている。「ほんとうはそれは、起こるようなことじゃない」ということを知っている。けど、そうしてしまう。で、そうしてしまっているということは、うすうす気がついている。普通の人間だとそうだ。けど、うちの連中は普通の人間じゃないので、八つ当たりしているというような意識がまったくない。だから、どれだけ言っても、話が通じない。で、八つ当たりしているときのしくみと、八つ当たりしたということを否定しているときのしくみがおなじなんだよ。だから、本人は絶対に「つきあたることがない」。なににかというと現実に突き当たることがない。自分がやっているという現実に突き当たることがない。自分がやりきったという現実に突き当たることがない。「言われたら」言われたときは、一〇〇%の意地で否定するわけで、絶対に認めない。その場合、話している場面では絶対に認めないけど、ほんとうはそうしたということに気がついているということではないのである。普通の悪い人は、どれだけ否定しても、気がついている。やったつもりがある。けど、うちの連中はやったつもりがない。そして、そうやって、否定して荒れたあと、すぐに、その当のことをやって、平気だ。そういうところがあるんだよ。だから、どの時点で、どれだけ強く言っても、まったくつたわらない。こたえない。やったと思ってない。やっていると思ってないままやり続ける。ずーーっと、でづっぱりで、そうだよ。一日の最初から、一日の終わりまでずっと、そうだよ。気違い兄貴よ。気違い兄貴は、そういう意地で、ヘビメタを(すべての可能な)時間、鳴らしまくった。途中でやめてくれるわけがないだろ。親父の「やってやる」とおなじで、気違い兄貴の譲歩は、まったく意味がない譲歩なんだよ。そんな譲歩をしてもらったら、よけいにこまるとというような(こっちが切羽詰まった気持ちになる)譲歩なんだよ。けど、親父とおなじ頭のしくみだから、やってやったら、「最大限の譲歩をしてやった(ものすごいことをしてやった)(ほんとうはゆずってやりたくないのに、ものすごくゆずってやった)」と思う。まったく意味がない譲歩しかしてないのに、ものすごい譲歩をしてやったと思われるときの、気持ちの悪さがわかるか? そんなの、頭にくることでしかないんだよ。気違い兄貴だって、親父にそういうことをされて、腹を立ててただろ。気違い兄貴の譲歩は気違い親父の譲歩とおなじなんだよ。腹が立って腹が立って、しかたがない譲歩だ。「あんなことをしてやって譲歩してやったと思っているなんて、ほんとうに気違いだな」と思うような譲歩だ。こっちが、そういうふうに思ってみじめな思いをするような譲歩なんだよ。兄貴の譲歩は、気違い親父の譲歩とおなじで、はらわたが煮えくりかえるような譲歩だ。そもそもが譲歩になってない。屈辱的なことを、屈辱的な態度でやりきるということなのである。譲歩をしてやるほうにしてみれば、譲歩してやったと思ってしまうわけだけど、譲歩?された方にしてみれば、腹が立って腹が立ってしかたがない譲歩なんだよ。そんなのが毎日続いてみろ!! 耐えられるわけがないだろ。で、これも、ほんとうに他の人にはわからない。家族に気違いがいて、おなじように、屈辱的な譲歩?をされたひとじゃないと、わからない。


2018年6月19日火曜日

オレが元気を取り戻すのはいつなんだ??

このあいだ洗濯したものを干した。
やっと、お日様が出た。

しかし、むなしい。むなしすぎる。

ぼくは、これから寝る予定だけど、まあ、しばらくは眠れないだろう。

それにしても、いろいろと不愉快なことがある。ほんとうにつまらない人生だよな。

一日に一歩進むつもりが、一週間に一歩のペースになってきた。
めんどうなのよ。めんどうくさすぎる。オレが元気を取り戻すのはいつなんだ?? ほんとうにヘビメタ騒音がはじまってから、ずっときつい。このからだの感覚はなんだ。これは他の人には絶対にわからない感覚なんだよな。

2018年6月17日日曜日

みんな、ほんとうにわかってない。

しかし、俺はつかれた。

寝ているとき、横になっているときの感覚が異常。

つかれた。このつかれはいいようがないな。

ヘビメタ騒音でつかれた。俺がどういう気持ちで横になっていると思っているんだ?! 気違い兄貴!! 気違い兄貴が、親父の態度で、親父の感覚でヘビメタ騒音鳴らし続けて、気違い兄貴が親父の態度で否定して無視している。この自分がやったこと……ヘビメタを大音響でずっと鳴らしたこと……どれだけ言われてもやめてやらなかったこと……は、絶対にわかってなきゃおかしいことなのに、わかってないんだよな。どこまでもどこまでも、親父のようにわかってない。自分が強烈にこだわってこだわって、不退転の決意で、やったことは、全部やったことじゃないんだよな。認めないときの態度と、鳴らしているときの態度がおなじなんだよ。普通の神経であれば、わからないということはないんだよ。気違い兄貴も気違い親父のように、自分がやりたくなったらやってしまうわけで、絶対に、相手の言うことを聞いてやめてやるということがない。もちろん、それは、「うちでだけ」発揮されることだ。気違い親父だってそうだ。「うちではそうだった」のである。で、本人が本当に、しらんぷり、なんだよな。主語? 親父も兄貴も、しらんぷりだよ。自分が意地になってやったことはしらんぷり。まったく関係がない人間だと思っている。本人がやったことなのに……。本人が意地になって、周りの人間から「やめてくれやめてくれ」と言われても、やったことなのに……血相を変えてやったこと……絶対の意地でやったことなのに……本人はやったつもりがなくて、まったくいわれたつもりもないという状態になっている。これ、ほんとう、どれだけ言っても、伝わらない。認めない。頑固にやり切る。聞こえてないわけじゃないんだよ。怒って、からだを真っ赤にしてやりきるわけだからさ。言われたということも、言われた内容もわかっているから、そういうスイッチが入る。

   *   *   *

兄貴は親父のように「やってやる」と言ってやることがないのだけど、自分がやる気になってやることに関しては、親父とまったくおなじ態度になる。親父とまったくおなじやり方になる。どれだけ「やめろ」と言われても、一回も「やめろ」と言われたことがないというような認知が成り立っている。主語? 親父も兄貴も。だから、気違いが気違いの意地を通して、ぜんぶがぜんぶ思い通りにやって、「まったく、ぜんぜんやってない」と思っている状態が成立してしまう。そういう毎日なんだぞ。そういう頭がおかしい人間が、毎日、横で、デカイデカイ……よその家じゃ一秒だってあり得ないようなデカイデカイ音で、ヘビメタをずっと鳴らす。どれだけ、「やめろ」と言っても鳴らす。これだって、他の人からみれば、納得がいかないヘンなことなのであって、俺がへんなことを言っているように、他のやつらは思うわけだよ。そういうしくみがずっと成り立っているんだよな~~ 親父の時から。俺が〇歳の時から。みんな、ほんとうにわかってない。



2018年6月16日土曜日

世の中、つまんない よのなか、つまんない

うわっ、てなった。

つかれた~~~



ジュースを買いに行くかどうかまよっている。

最近、そればっかりなんだけど、ほんとうにそうなんだ。

今日は寝る前にジュースを飲んだから、一日一本という決まりをやぶることになる。どうするか??



世の中、つまんない

よのなか、つまんない



どこに行ってもつまんない。

仮にだよ……いま、バンコクにいるとする。で、なにかかわるか?

かわらない。どこにいても、ヘビメタでやぶけたからだがかわらない。

2018年6月15日金曜日

パソコン的にはいい時代になったと思う

パソコン的にはいい時代になったと思う。

さて、どうするか?



ほんとうに、パソコンとインターネットのおかけで、家にいながら仕事をすることができるようになった。通勤……これがね。わけあってだめなんだよ。(「騒音サイコパス」に通勤できなくなった理由が書いてあります。)



こういう時代になったということは、時代が俺に味方をしているということだ。だから、これからも、時代が俺に味方をするかもしれない。

   *   *   *


発狂してはねのける


   *   *   *



ヘビメタ騒音でものすごくいやな思いをした。どうやっても、払拭できない。そりゃ、すべての時間……家にいるすべての時間、気違い兄貴のヘビメタを聞かされるわけだからさ。その時間は、勉強もできないし、好きな本も読めないわけだからさ。そして、その時間のせいで眠れなくなり、俺が「遅刻するな」と文句を言われることになる。「せいで」というのは、ほんとうにやってみればわかるけど、ヘビメタ騒音が原因で、どうしても眠れなくなる。精神がおかしくなる。あの、鳴り終わったあとのしんどい状態が、やられてないやつらにわかるはずがない。やられてないやつらは、どんなにいい人でも、それがわからない。どれだけ俺のことを心配してくれる人でも、そこのところがわからない。だから、「なんとか、遅刻しないようにしてくれ」と言われる。なにも知らないやつは、どうして俺が遅刻しているのかわからないし、俺が「ヘビメタ騒音のせいで遅刻してしまう」ということを説明したやつにしても、そいつが、ヘビメタ騒音のことについて理解していなければ「そんなのは、甘えだ」と言ってくることになる。で、そういうことの一つ一つが、ぼくの人生を週末へと導く。特に、「そんなのは、甘えだ」と言ってくるやつとは、険悪な仲になる。そいつはほんとうに、ヘビメタ騒音を俺とおなじ時間、俺とおなじ音量で経験したわけじゃない。毎日それが続くということが、自分の体験を通してわかってない。わかってないだけのバカなんだよ。けど、世間では、そのバカが多数派だ。そういうことになってまう。なんたってって、ヘビメタ騒音をあの頻度で、あの時間の長さ、あの音のでかさで「実際に!!!」やられた地球人は、俺だけなのだから。ほんとうに心配してくれる人だって、一〇年も一一年も一二年も続けば、「いいかげん、どうにかなってくれ」と言い出す。「そんなのは、甘えだ」も「いいかげん、どうにかなってくれ」も俺をくるしめる。鳴っているんだからな。ダイヤ君、鳴っているんだよ。まるまる荘に出たときだって、風呂に入る時間と飯を食う時間は、気違い兄貴のヘビメタ騒音があの音量で、鳴っていた。俺を一〇年も一一年も一二年もくるしめていたヘビメタ騒音がおなじように鳴っていた。「飯を食うときは静かにしろ」と気違い兄貴にどれだけ叫んでも、気違い兄貴が、気違い的な意地で……親父の意地で……親父みたいな態度で……言うことを聞かないで鳴らしまくる。絶対に、一〇分間だろうがやめてくれなかった。この、融通が利かない状態があるんだよ。これも親父とおなじなんだよ。「ほんのちょっとでいいから、いまだけはやめてくれ」とどれだけ真剣に怒鳴っても、まったく通じないんだよ。ほんとーーーにわかってない。それで、ゆずってやったつもりなんだからな。いつも毎日そうだよ。そんなことで、いいわけがないだろ。入試前日のことばかり言っているけど、二日前、三日前、一瞬間前、二週間前、俺がどういう気持ちでいたと思うんだよ。一ヶ月前、二ヶ月前から、「もうじき入試だからやめてくれ」と何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も、ずっと言ってたんだよ。気違いだから、わからないだけだろ。言わなかったわけじゃないんだよ。俺がどれだけ真剣に言っても、気違い兄貴が親父の態度で、はねのけて、一切合切聞こうとしなかった。これだって、「そんなのは、お兄さんと話し合えばいい」と言っている人たちには、まったくわからない態度だ。気違い親父の態度ではねのけている人は、気違い親父の認識で、認識してないんだよ。現在進行形ではねのけたとき、はねのけたということが本人にわかってない。はねのけた瞬間だって、はねのけた一秒後だって、否定して「はねのけた」ということがわかってない。相手が言っていることを否定して、認めずに、自分がやりたいことをやり続けたというのがわかってない。やり続けているのにわかってない状態だ。やり続けているのにわかってない状態でやり続ける。で、寝る時間がきたら寝るわけだけど……これは、本人が「眠るつもりになったから」だ。相手の都合は一切合切関係がないのである。だから、どれだけ言われても、絶対になおさないという状態がずっと続く。毎日続く。だから、やっているのに、本人は「やってないつもり」だ。本人はやってないつもりのまま、やりきる。「やめろ」と言われたら、発狂する。発狂してはねのける。発狂してはねのけたら、そもそも、「言われた」ということになってない。そういう状態なんだよ。そういう状態の繰り返しなんだよ。うちにいるときは、常にそういう状態が成り立っていた。だから、常に、そうしてた。これは、他の人にはわからない。(俺のことを)自分のことのように本気で心配してくれた人だってわかってない。人付き合いとか……根本的なところから、ヘビメタ騒音で崩れていく。他の人には、人付き合いと、ヘビメタ騒音が結びつくと言うこと自体がわからない。だから、「そんなのは、いいわけだ」「いっくら鳴ってたって、それで人付き合いが悪くなるなんてことはない」「人のせいにするな」などと言ってくる。けど、実際にやられてみればわかるよ。あの態度で、一三年間も、一四年間も、一四年と四ヶ月も……ずっとずっと。

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2018年6月14日木曜日

別に助け船を出してくれたわけじゃない

親父だけだったらどうにかなったけど、一一歳の時にはじまったヘビメタ騒音で完全に崩れた。どれだけがんばってもだめな状態になった。しかも、他の人から俺が悪く言われる。これがどうしても納得、できない。これ、ほんとうにこまるんだよ。他の人はわかってないだろうけど。親父ひとりだけだってたいへんなのに……人から誤解されてたいへんなのに……気違い兄貴が、親父以上に気違い親父。親父以上に頑固。親父以上に無視する。親父以上に話が通じない。親父以上に無頓着。どれだけなにを言ってもほんとうに通じないんだよな。

   *   *   *

ところで、むかし、俺がおばあちゃんのうちで、親父が理由がないことで怒る」ということを言ったら、おばあちゃんが否定して、「理由なしに怒る親なんていない」「親を批判するなんて……そんなのはよくない」と言ったわけだけど、それを聞いてたときの親父の態度が問題だ。

あれだけ、普段、理由がないことで怒り狂っているのに、「そうだそうだ」と言って首を縦に振ってたのである。ありえない。ほんとうに、自覚がないんだな。親父の養父や養母が親父にどれだけひどいことをしたのか知らないけど、あれはない。あれはほんとうに狂っている。あれだけ、あっちこっちに、気違い的ないちゃもんをつけて、怒り狂っているのに、まるで、「つもり」がないんだな。あんなのない。

ちなみに、お母さんは、別に助け船を出してくれたわけじゃないんだよな。「エイリがいっていることの方が正しい」とおばあちゃんに言ってくれたわけじゃない。家に帰って、おばあちゃんの発言について、ぼくが思ったことを言ったとき、お母さんは「おばあちゃんは、わからない」と言った。「古い人だからわからない」という意味だった。おばあちゃんは、父親とも母親とも血がつながってないんだけど、たしかに考え方が古いタイプで「家父長的な家」というものを重視するタイプだったから、「理由なしに怒る親なんていない」「親を批判するなんて……そんなのはよくない」「そんなことを言うなんて悪い子だ」と思ったのだろう。お母さんはやっぱり、家の問題を外に出さないようにする傾向があるなぁ。その時はまったく気がつかなかったけど。

ちなみに、兄貴がその時どういう態度でどういうことを言ったかというと「ばっかでぇ」「そんなのわかるわけがないだろ」「よその人に、そんなのがわかるわけがないのに、おばあちゃんにうったえかけるのは、ばかだ」というような内容のことを言ったんだよ。

気違い兄貴だって、別に、俺をかばってくれたわけじゃないからな。気違い兄貴はそこのところを理解したほうがいい。自分が、ハンダゴテや自転車のことでもめているとき、俺が兄貴に助け船を出さなかったということについて、不満を持っているかもしれないが、俺は、「あれはないよな」と思ってたわけで、別に、バカにしてない。

   *   *   *

気違い兄貴よ。おまえは、親父だ。強情な親父だ。血相を変えて、夢中になってやったことを認めない親父とおなじだ。全部おなじなんだよ。ヘビメタのやり方が親父とおなじなんだよ。「やったってやったと認めない」というのが、親父とおなじなんだよ。本人は本当にやってないつもりでいるというのも、親父とおなじだ。全部、親父とおなじ。

親父に一回やられただけで、どんだけ、腹を立ててたんだよ。ヘビメタ騒音が一秒鳴っているというのは、気違い親父と一回もめたぐらいの、精神消費量がある。精神がズタボロになる。腹が立って腹が立って、しかたがない状態になる。一回のことなのに、一日中、腹が立って腹が立ってしかたがない状態になる。一回で!!

兄貴のヘビメタは一秒で、親父とのもめごと一回相当なんだよ。親父とおなじ態度で、やりやがったからな!! 親父がきちがい行為をするときの態度とおなじ態度で、兄貴はヘビメタを鳴らしやがった。あれ、親父の態度だから。親父とおなじ精神構造を持っているから、まったくやったつもりがないんだろ。頑固に、気違い的な意地でやったことだ。やってないわけじゃないぞ!!

どれだけ言っても、なにも通じないんだよ。特に、ヒトコト言えば通じることがまったく通じない。普通だったら、ヒトコト言えば通じることが、何万回言ったって、通じない状態になる。「やりたい状態」だと、そうなるんだよ。

考えてもみろ、気違い親父は、うちでは、爆発したかったんだよ。いちゃもんをつけて、あらがえってあらがえって、怒り狂って怒り狂って、攻撃して攻撃して、憂さを晴らしたかったんだよ。だから、荒れた。

けど、本人はまったくなにもしたつもりがないんだってよ。

気違い兄貴は、ヘビメタを「どでかい音で」鳴らしたかったんだよ。だから、ヘビメタを「どでかい音で」鳴らしたという気持ちがしょうじないんだよ。どでかい音で鳴らしたいからこそ、どでかい音で鳴らしたという感覚がしょうじない。

だから、一日に一四時間鳴らしても、そんなつもりがないままだ。入試の前に一二時間鳴らしても、そんなつもりがないままだ。本人は、協力してやったと思っている。これは、親父の態度だ。まったく役に立たないこと……逆に迷惑に感じることを、やって、協力してやったと思う。

……まさしく、親父の態度だ。親父の感覚だ。どれだけこまると思うんだよ? どれだけ!!!

で、兄貴は、自分がやったことで相手が困っているということに対する「にぶさ」が並みじゃない。それだって、命がけで否定して、絶対に認めない。「なんだ、そんなのぉ!!」と逆に怒り狂ってしまう。これが、普通の態度だ。普段の態度だ。うちにいるときは、常にこういう、親父みたいな態度だった。

「こまるからやめてくれ」と言われたら、かならず、ふくれてふくれてふくれて、一切合切認めずに、やりきるのである。

自分がやっていることで相手が困っているということが、一切合切わからない。

これは、ほんとうに通じない。

どれだけそういう態度が頭にくるものか、気違い兄貴は、気違い親父にやられているからわかるよね。親父が、兄貴にそういうことを一回やったとしたら、兄貴は、俺に、そういうことを一〇〇〇回やっている。

そのくらいの差がある。

気違い兄貴が、こだわってこだわって、こだわってこだわって、気違い的にでかい音でヘビメタを鳴らした。俺がどれだけ真剣に「こまるからやめてくれ」と言っても、兄貴は、俺が(兄貴の騒音で)こまっているということを認めなかった。認めなかっただけで、兄貴がやってないわけじゃないんだ。

これ、気違い兄貴のなかでは、まったくやってないのとおなじなんだろうな。これも、親父とまったくおなじ感じ方だ。これも、親父とまったくおなじ態度だ。やり方だ。そういうやり方で、やりきるんだよ。そういう態度でやりきるんだよ。相手が真剣に言ってるということがわからない。自分がやりたいことがちょっとでもおかされたら、もうそれで、切れて、怒り狂って、なにがなんでも認めないという態度で乗り切る。
やりきる。認めないまま、発狂して、やりっぱなしになるんだよな。

反省なんてするわけがないだろ。

親父だって兄貴だって、その時やりたいことは、……自分がやりたいことは、一ミクロンたりとてゆずりたくないわけだからさ。実際に、一ミクロンだってゆずらないんだよ。ゆずらずにやりきる。押し通す。

けど、本人のなかではそういうふうに理解されているわけじゃない。認知されているわけじゃな。本人のなかでは、「ゆずってやった」「協力してやった」と認知されているんだよ。これは、実は、時間差がある。ゆずらされそうになったら、怒り狂って絶対にゆずらないわけだけど、あとで「ゆずってくれなかった」と言われると、その言葉の反対の言葉を叫ぶんだよ。

「ゆずってやった!ゆずってやった!!」とね。

そうすると、本人がその時点で「ゆずってやった」と思う。思うことになる。だから、時間差がある。最初のゆずることが必要な時点では、ゆずってやるつもりなんてまったくないから、相手の都合を無視して自分がやりたいことをやりきる。これはもう、一ミクロンだってゆずってやらないことに、命がかかっているような状態だからな。

こういう状態が、他の人にはわからないんだよ。だから「話し合えばいい」なんて言いやがる。けど、違うんだよな。まったく間違っている。ゆずってやった」と言い張るときは、今度は、ゆずってやらなかった」ということが、兄貴や親父にとって不都合なことだから、一〇〇%否定しているだけなんだよ。一〇〇%爆発して、一〇〇%ゆずらない。これは、考えてみれば、「ゆずってくれ」と言われたときの態度とおなじなんだよ。「ゆずってくれなかった」と言われたら、「ゆずってやった!!ゆずってやった」と言ってゆずらないんだよ。

それは、事実とは関係がないわけ。

統合失調症患者の妄想とおなじで、事実とは関係がない。自分が、不都合なことを言われたということが、耐えられないだけ。だから、言われた途端に発狂して正反対のことを言う。たとえば、「静かにしてくれなかった」と「よその人」の前で言われたら、それは、兄貴にとって不都合なことなんだよ。だから、それも認めない。しくみはおなじ。親父が、おばあちゃんの前で「そうだそうだ」と言って首を縦に振ってたのとおなじ。ぜーーぶおなじなんだよ。兄貴のやっていることは……。親父とぜーんぶおなじなんだよ……。兄貴のやっていることは!!

2018年6月13日水曜日

「あのときのあれはない」

「あのときのあれはない」という気持ちが宙を舞う。どうしたって、浮かんでくるよな。あのときのあれはない」。

ヘビメタ騒音だよ。あのヘビメタ騒音が連続しているときの気分は、ない。で、今朝もそうだったんだけど、あまりにも繰り返されすぎたので、特殊な雰囲気が……。特殊な感情が浮かぶんだよ。たとえば、夜ずっと起きていて、朝の六時ぐらいに、居間にいると、あの朝の感じを思い出す。三年間ずっとヘビメタをやられ続けて、自信がない状態で試験を受けに行った時のことを思い出す。その朝を思い出す。その朝の雰囲気が、濃厚、なんだよ。消しようがない。全部の記憶に、ヘビメタ騒音がくっついている。居間の通りに道になっていて立てる場所から見た部屋や窓……の光景が、全部、死にたい気持ちになって、せめてくる。ヘビメタ騒音というのは、そういう騒音だ。あれを、気楽にやったのか。どれだけ言っても、親父のように無視してやりやがって……。

2018年6月12日火曜日

整理整頓ができない

ほんとう、整理整頓ができないんだよな。

これも、ひとつずつ、克服していくよ~~



もともとの能力がなくてできないわけではなくて、ヘビメタ騒音生活で疲れ果てて、鬱になってできなくなったわけだから。憂鬱で動けない、破滅的な気持ちになって動けないという時間が、長い。



むかし書いた文章……(たぶんみんなが知らないウエブサイトに書いていた)……文章を読むと、ほんとうにその頃とかわりがなく、涙が、まなこにたまるような感じになる。泣きはしないけど、涙腺がゆるむ。粒になって落ちないけど、目がうるむ。



ほんとうに僕がどういう気持ちで暮らしてきたか?



レベルが高い?掲示板で話をしていて、エイリさんは、……。ともかく、いろいろなところで、僕の話がわかるひとと話しをすると……最終的には、学歴のことでみじめな思いをすることになるんだよな。あのとき、どういう気持ちになるかわかるか? 「いや、ただ趣味で研究しているだけです」と言うときの気持ちがわかるか? 相手は、最低で大学院生だ。


臨床心理学が置き忘れている重要なことを言っている

ヘビメタ騒音のことを出すと、あんまり、うまくいかないんだよな。けど、売りたい。けど、売りたい。けど、言いたい。けど、言いたい。



そういうことだ。



そういうことだって起こり得る世の中なんだよ。これが、わかってない人が多い。



臨床心理学が置き忘れている重要なことを言っているんだよ。これが、わかってない人が多い。さらに、共同幻想とこの世の認知について(つまり、主観客観問題について)ものすごく重要なことをといっているんだよ。

そりゃ、俺が死んだって、他の人にはどうでもいいことで、なおさら、兄のヘビメタ騒音で人生がないなんてことは、どうでもいいことだ。けど、僕は書かなきゃならない。僕が書いていることがただのグチに聞こえる人は、哲学も臨床心理学もまったくわかってないね。

だれでも持っている自分勝手な部分が突出しているにすぎない

やっぱり、ヘビメタ騒音で人生がない。きつい。死にたい。どれだけ、きつい生活だったか。どれだけ苦しい生活だったか。気違い兄貴、おまえのヘビメタ騒音で、ずっと生きているあいだくるしかった。鳴っている最中も、鳴り終わったあとも、きゅーーっと死にたくなるほどつらかったぞ。毎日毎日、ずっとつらかった。そういう中学三年間、高校三年間だ。その合計六年間のあいだに、働く能力をなくした。一定の時間に起きる能力をうしなった。常に、憂鬱な状態になった。常に、腹立たしい状態になった。常に、鬱病で死にたい状態になった。まるまる荘(アパート)に出たあと、ほぼ一日中、動けない状態で、布団の上に横たわっていた。あの時、医者には行かなかったけど、行ったら、鬱病の診断を受けていただろう。ともかく、小六の半年、中学の三年間、高校の三年間の合計六年と半年の影響がでかすぎる。これは、どれだけやっても、払拭できない。気違いヘビメタを体験してない人は、「過去のことは過去のことだから、関係がない」「過去のことは過去のことだから、気にするな」と言うが、俺はあのあとずっとだるいんだ。あのあとずっと死にたいんだ。あれは、過去のことじゃない。いま、だるい。いま、しんどい。いま、つかれている。ほんとうにあの究極の生活をしたあと、からだがおかしくなって、もとにもどらない。どうしても、くるしい。

他の人にはわからないんだよ。そういう、六年と半年を経験してないから。そして、そのあとも、ずっとヘビメタが、毎日、午後一一時一一分まで続いたんだぞ。一〇分だろうが、途中でやめてくれるということがなかった。こういうところの意地、頑固さが親父とおなじなんだよ。親父そっくり。実際にやっていることは、親父とおなじことだからな。本人はつもりがないけど、つもりがないのも親父とおなじだ。つもりがないことは、やってないことだと考えているのも、親父とおなじだ。そういうふうに、まったくやってないつもりで?ずっとやりやがる。やっているときの意地が、すごい。まさしく気違いの意地だ。けど、気違いの意地で、気違い的な意地でやったということを、無視してしまうのである。無視したら「やったってやってない」のとおなじなんだよ。そんなの、どれだけ本人に言ったってわからない。

気違い兄貴は、あれだけずっと毎日もめていたのに、俺がまるまる荘に「出なければ」ならなかったか、理由がわかってない。気違い兄貴のヘビメタ騒音を避けるために、まるまる荘に、俺が「出なければ」ならなかったんだよ。ほんとうに、気違い兄貴は、そういうところがわかってないだろ。親父とおなじなんだよ。自分が原因になっているということがまったくわからない。そりゃやっているときは、やっているときで、頑固に認めないでやりきるだけで、どれだけなにを言っても、なにもわかってない状態だからな。ともかく、はねのけて自分がやってしまえば、それでいいわけで、夢中になってはねのけてやるけど、本人が夢中になってはねのけてやっているということがわかってない状態だ。これは、一回や二回、説明してわからなかったいうことじゃなくて、何万回、何十万回説明したってわからないんだよ。ぜんぜん関係ないと思っているわけだから。意地になって、はねのけて、わからない。絶対の意地でやりきるし、絶対の意地で、「わからない」。わからなかったから、本人の主観としては、まったくやってないのとおなじなのである。
そうやってやりきって、自分が原因になっていることがわからない。親父とおなじなんだよ。自分の行為が原因で、相手が困っているというのが、わからない。どれだけ、わかるように説明されたってわからない。そんなのは、意地になって認めないわけで、発狂して認めない。発狂して、「怒り飛ばせば」それで、もう、まったく自分が関係ないことになってしまう。毎日毎日、その繰り返しだよ。気違い親父は、毎日、わけのわからない気違い的なことで、怒り狂って、「わけのわからない気違い的なことで、怒り狂った」ということを、絶対の意地で認めない。兄貴は、毎日、よその家では絶対にあり得ないようなデカイデカイ音でヘビメタを鳴らし続けたのに、よその家では絶対にあり得ないようなデカイデカイ音でヘビメタを鳴らし続けたというと事態がわかってない。そして、その騒音で俺が困ったと言うことがわかってない。そりゃ、親父とおなじで、どれだけ言われたって、わからないのである。わかってしまったら、自分がヘビメタをやめてやらなければならなくなるのだけど、それは、ぜったいにいやなのだ。だから、絶対に認めてやらないし、絶対に理解してやらない。絶対にわからない状態で、頑固に押し通してやりきる。そして、そういう状態でやりきったことは、絶対に「やってないこと」になってしまのである。「そんなんじゃない」「そんなのやってない」「なんだなんだ」と怒ってしまう。「やった」と言われたら、やってない」と正反対のことを言う。で、「やってない」と言い切った一分後に、ものすごくでかい音でヘビメタを鳴らしたって、まったく気にしない状態なんだぞ。一分前に、あれだけもめたことをやって、まったく気にしない状態だ。いや、気にして気にして、意地になって鳴らしている。ほんのちょっとでもゆずりたくないんだよ。すべて!自分が思ったとおりにやりきることに、命がかかっている。これも親父とおなじだ。

それから、ちょっと別次元の話になるけど、精神異常者は、普通の人間でも持っている部分を極端に持っているにすぎないという言い方をする人たちがいるんだよ。「だれだって、自分勝手なところがある。異常に自分勝手な人は、だれでも持っている自分勝手な部分が突出しているにすぎない」……と言うわけさ。これは、実は、自分勝手な部分が突出した人に「やられた」人は、「自分勝手な部分が突出しているだけなのだから、ゆるしてやればいい」という考え方が含まれている。異常に自分勝手な人は、だれにでもある自分勝手な部分か突出しているにすぎないのだから、異常に自分勝手な人にやられた人は、しかたがないと思えばいいということを暗示している。ふさげた話しだ。

2018年6月9日土曜日

朝の気分

やっぱり、起きたときのしんどさが並みじゃないな。あれで、起きる時間が決まっていて、もう一度眠るということができない状態だと、二、三日で死ぬな。小便のために何回も起きているんだよ。これがそもそも問題なんだけどな。小便に起きたとき、そのあと続けて、起きていられるかというと、起きていられない。起きたあと、覚醒状態を維持することはできない。

けど、トライをしたりすることがあるんだよ。けど、その時の気分が気違いヘビメタにやられていたときの気分、そのままなんだよ。体の状態がヘビメタ騒音にやられて起きたときとおなじなんだよ。ヘビメタ騒音にやられていた前半七年間ずっと、毎日、寝不足の状態で起きていた。ヘビメタ騒音を浴びてしまうと、ヘビメタ騒音が終わったあとも眠れないという状態になる。この状態の時、からだが冷えて?気持ちが冷えて!死にたい気分になる。



あの起きている状態が、鬱病のピークのような状態なのだ。気違いヘビメタ騒音に六時間以上さらされると、そういう状態になるので、僕は毎日そういう状態になっていた。で、こういう言ってみれば、きびしい、つらい状態で生きてきたのだけど、……小六のころから生きてきたのだけど……よその人には、たるんで遅刻しているようにしか見えないんだよ。そういう、世間とのズレがずっとあるんだよ。



そして、「遅刻をするからヘビメタを鳴らすな」と言っても、……兄貴に言っても……兄貴は怒ってはねのけるだけだから、記憶に残らない。兄貴が、親父に「ハンダゴテで恥をかいた」と言ったときとおなじだ。親父が「なんだ、そんなの!」と言って怒り狂う。



で、怒り狂ったら「終わり」なんだよ。兄貴もおなじなんだよ。自分が鳴らしてない時間のことについて言われているわけだろ、……宿題ができないからやめろと言われも、やめないやつが……自分が鳴らしてない時間のことについて言われても、やめるわけがない。



「なんだ!そんなの!!」と気違い親父のように怒ってはねのけておしまいだ。自分の騒音と俺の遅刻の因果関係を認めるということがあり得ない。で、そういう状態ではねのけたことは……兄貴も親父も……記憶として一切合切残らないんだよね。



だから、そういう出来事があったあとに「こういうことがあった」とこっちが言った場合、親父や兄貴は「そんなんじゃない!そんなんじゃない!」と怒り狂うわけ。



で、その時も、怒ってしまったら、それで終わっているわけ。怒った途端に、切れて、記憶がなくなっている状態なんだよな。自分が※はねのけたら※、それで、一切合切関係がない状態になっている。関係がないから、やってないのとおなじなんだよ。言いにくいけど。



ともかく、「なんだ!そんなの!」と相手の言っていることを受け付けずに、怒り狂ったら、「そんなのやってないこと」になっている。同時に「自分には一切合切関係がないこと」になっている。「なっている」というのは、そういうふうに認知してしまうということだ。

だから、どれだけそういうことで※もめても※、※勝てる限り※、※一切合切もめてない※というような認知が成り立ってしまう。「勝てる限り」というのは、そのまま、自分がやりたいことを押し通してやれる限りにおいてということだ。



こういうことが、よその人には一切合切わからないんだよな。そうなると、やられた人間が、やった人間と世間の人間とのあいだにはさまれるということになる。「うち」でやった人間がせめられるのではなくて、「うち」でやられた人間が、世間からせめられるということになる。「うち」で非常識なやり方でやられた人は、こういう、ポジションにおちいる。

これは、ほんとうに凡庸な?世間の人にはまったくわからないことだ。それこそ「そんなことはない」「そんなの人、いない」という前提に立って「ともかく、遅刻をするな」「ともかく、宿題やってこい」と言ってくる。「朝起きれないなんていうのは、甘えだ」と言ってくる。けど、そういうことを言う人は「うち」でヘビメタ騒音に何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も、何時間も何時間も何時間も何時間も、さらされてない。そういうことが、「毎日」続いているという状態を経験してない。ずるい。おかしい。こんなのはおかしい。

けど、僕はそう思うけど、他の人はそうは思わないだろ。自分が「ずるい」と言われたって、「ずるいわけないだろ」と思うだろう。だから、「ずるい」なんてことは言わないけど、こっちにはそういう気持ちがちょっとは芽生える。そして、だからこそ、必死になって、気違い兄貴に「ヘビメタを鳴らすな!!」と怒鳴りまくっていたわけだけど、気違い兄貴が気違い親父モードで、自分の意地を押し通してずっと鳴らしまくる。そういう気違い的な状態というのが、他の人にはまったくわからない。

だから、そういうことで常に!ズレ!!が生じるんだよ。ズレは毎日、毎日、蓄積していく。ヘビメタ騒音で遅刻してしまうというのだって、何千日も、蓄積しているから、遅刻してしまう日が出てくるんだよ。遅刻したら、なんで遅刻したんだ?と管理者側は聞く。だから、ヘビメタ騒音で遅刻したんだと答える。

けど、そういうふうに答えたとしても、意味がない。管理者側は「ソンナノハお兄さんに言えばいい」「うちのことはうちで解決しろ」というようなスタンスだからだ。精神異常者が、頑固にやっているという場面を想定してない。管理者側のなかでは、「うちのお兄さん」は精神異常者ではないのである。だから、「言えばつたわる」のである。「伝わらない状態」というのを想定してない。どれだけ言っても、伝わらないという状態を想定してない。

   *   *   *

ヘビメタ騒音が鳴らなかった場合の人生……。ヘビメタ騒音がすぐに鳴りやんだ場合の人生……。人生……。人生……。人生……。




2018年6月8日金曜日

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つかれたなぁ。本当につかれたなぁ。

2018年6月3日日曜日

旅行ネタで金を稼ぐいくつかの方法 プラス特殊事情 

俺も元気になったら、旅行記を書きたいと思う。

うーーん。旅行はうまく使うと、ブログのネタになる。

もっと、うまく使えば、旅行費用を稼げるようになるのではないかと思う。女子大生などだと、女子大生というブランドがあるので、うまく使えば有名になれる。たとえば、ブログの読者のところに「とめてもらう」というような企画で、とめてくれる人を募集しながら、旅をするというようなことができる。

もっとも、危険はある。けど、ある程度、読者が多い女子大生なら、その女子大生をとめてあげたときに、どうこうするというのはないだろう。だって、書けるわけだから。こういう場合は、人は善意満開になるわけで、やましいことをしようとは思わない。自分のところにとめてあげて、なるべく、いい思いをして帰ってもらおう(次のところに出発してもらおう)と思うはずだ。

けど、これは、すでに述べたように、ある程度有名で読者数が多くないと、問題が生じる可能性がある。だから、旅行をはじめる時点である程度度有名で読者数が多い状態でなければならない。

肝要なのは、そこでの交流がそのままコンテンツになるということだ。

旅先での人との交流が、そのまま優良なコンテンツになる。これは、けっこう強い。おじさんが、孤独に旅をして、旅先の人との交流がそんなにないという場合とは違う。善意満開である人との交流……これは、気持ちのいいコンテンツで、求められるコンテンツだ。

この女子大生の旅を安全に行うには、やはり、すでにある程度有名である必要がある。旅行企画の前に、多数の読者を獲得している必要がある。要するに、女性の場合、ちょっとしたメディア力の持ち主でないと、安全性が確保されない。

まあ、それほど特殊じゃなくても、旅行記はコンテンツになる。たとえ、人との交流がなくても、コンテンツになる。


海外引きこもりの実情報告なども、コンテンツになる。これは海外のほうがいいだろう。「外こもり」というやつだ。むかしは、アジアを格安で旅行する(貧乏旅)の本がけっこう売れた。バックパッカーというやつだ。バックパッカー本もけっこう売れたはずだ。バックパックというものは、日本語ではリュックサックに相当する。「er」で、それを背負っている人という意味になるのだろう。

これも、コンテンツにしようと思えば、コンテンツになる。

これ、プラス「実はビジネスもやっちゃうよ」だとノマドワーカーみたいになる。いずれにせよ、海外旅行はコンテンツになる。超豪華旅よりも、格安旅のほうがうけるけど、超豪華旅でもいいかもしれない。格安旅のほうがうけるのは、「自分もできる」「自分もやるつもりだ」と考える読者が多いからだ。そりあ、格安旅のほうが現実可能性がある。

旅行に、独自の縛りや偶然性を持たせて、コンテンツにするという方法もある。たとえば、ローカルバスしか使わないという縛りや、ダーツやサイコロで行く先を決めるというような方法だ。まあ、テレビでやっていたわけだけど、そういうことも、いまでは、一般人が気楽にできる。

携帯ビデオカメラがあれば、録画してyoutubeなどにアップすることができる。ものすごく気楽に、そういうことができる時代になった。ひとり旅ではなくて、友達同士の旅であれば、カメラ役を交代できるので、いろいろと有利だろう。まあ、ひとり旅はひとり旅でいいところがあるし、行き先や方法によっては、人気が出るコンテンツになる……可能性はある。

あとは、旅行案内人(滞在型)とか滞在先でもの買っておくってあげるサービス業などが考えられる。

まあ、これからは、こういうかたちで、いままでとはちがったサービスを提供する人たちが現れて、一般化するだろう。


もっとも僕は、ヘビメタ騒音で身も心もハンディを背負っているので……。あしかけ一五年間毎日午後一一時一一分までヘビメタ騒音というハンディがない人は、案外できるかもしれない。「あんがい」ね。

滞在型の旅行案内人業務は、ある程度客が来ないと話にならないけど、わりとくるんじゃないかなという気がする。これだけネットが発達していると、「あんがい」ハードルは低くなっていると思う。

まあ、「人柄」などが影響するのだと思う。けど、「自分にはできない」と思わないでトライしてみれば良いんじゃないのという感じがする。無職の若者さんたちや中年さんたちは……。

けどさ……。ヘビメタ騒音を一五年間食らった俺はどうなっちゃうんだよという気もする。こういうところ……たとえば、起業といったことでも、ヘビメタ騒音一五年毎日がきいてくる。「じょうたい」をつくっている。これは、これで、ほんとうにデカイハンディなんだよ。これ……。

人には「自分にはできないと思わないでトライしてみれば良いんじゃないの」と言っておきながら、自分はできないのか? と思うような意地の悪い人もいるかとは思う。「特別なハンディがない人は、案外できるかもしれないよ」ということだ。

常に「疲労」「ヘビメタ騒音の朝の憂鬱」「破滅感」を抱えている俺とは違うだろ。こういうハンディを抱えている人は少ない。まあ、病気でできないという人たちには別に「案外うまくいくかもしれないからやってみれば」とは言わない。俺のようなハンディを抱えてない人で、そういう業務をやりにくい病気を抱えてない人は、案外できるかもしれないからやってみればという話だ。

ネットがすごい。だから、ハードルはさがっている……ということ。いままでは、特別な魅力がある人じゃなければできないことが、たいして魅力がなくても、そこそこ魅力があれば……あるいは、いい人であればできるような時代になったんだと思う。

そうなるとやっぱり、特別なハンディを抱えている人がかわいそうだな。

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2018年6月2日土曜日

実際のハンディのほうがはるかにデカい

起きた。さみしい。



   *   *   *



アニメをちょっと見た。元気をつける?ために、なんか見ようと思って見たんだけど、あんまり、元気は出なかった。



つかれたなぁ。どうするか?



ご飯は、スパゲッティーだ。うまかった。この冷凍スパゲッティーのうまいことうまいこと。俺の好みだ。うまいよな。ご飯には満足なんだけどなぁ。けっこう、起きたときからつかれている。そしてさみしい。このさみしさはヘビメタ騒音で不利な状態でいるときのさみしさだから、根本的な解決はない。



僕がどこに行っても、おなじなんだよ。僕がなにをやっても、おなじなんだよ。

他の人は「しかたがない」とか「自業自得」などと言うけど、押しつけられた量が違う。納得がいかない。だいたい、そういうことを言う他の人は、気違いヘビメタ騒音を一日も経験してない。

あの夜を、一日も経験してない。五〇〇〇日つもったときの、体のだるさを経験してない。どんだけのハンディになるかまるでわかってない。そりゃわからないと思う。けど、その人たちが考えるハンディよりも、実際のハンディのほうがはるかにデカいことは確実だ。はっきりとそう言える。けど、その人たちは、経験してないわけだから、当然それがわからない。

つねに不利な立場に立たされるんだよな。気違い兄貴! おまえ、つねにたたっている。親父なんてはるかに凌駕する量、俺にたたっている。親父が兄貴たたった量なんかはるかに凌駕する量、気違い兄貴はヘビメタ騒音を通して、俺にたたっている。気違い兄貴は、気違い親父のようにわかってないだけ。どれだけの意地で『自分』が押しつけたかわかってないだけ。

そりゃ、気違い親父が『ダイジョウブダ』と無責任に絶叫しているとき、気違い親父はそのことに関係しているつもりがない。それとおなじで、気違い兄貴が『ダイジョウブダ』と無責任にものすごくデカイ音でヘビメタ騒音を鳴らしているき、気違い兄貴は、どれだけ言われても、俺に迷惑をかけている感じがしない。

あくまでも『ダイジョウブナ音』で鳴らしているから『ダイジョウブダ』と考えているのである。だから、どれだけ何回、言われても、『ダイジョウブ』なままなのである。弟が『こまるから静かにしてくれ』『勉強するからヘッドホンをしてくれ』と何回も何回も言ったとしても、弟が自分のヘビメタ騒音でこまっているということを、親父のように認めないのである。

本人はフォークギターぐらいの音で鳴らしているつもり?だから、『ダイジョウブ』なつもりなのである。で、この『本人はフォークギターぐらいの音で鳴らしているつもり』ということだけど、これも、そういうふうに表現するしかないからそういうふうに表現しているけど、なんて言うのかな?

知っているはずなんだよな。

気違い兄貴が、デカイ音で鳴らしたいと思ってなければ、自分の音がデカイ音だということはわかるはずなんだよな。けど、それは、永遠』にわからない。自分がこの家で、自分が満足できるデカイ音で鳴らしたいと思っている限りは、永遠に、そのことがわからないのである。

そういう自己催眠。デカイ音で鳴らしたいと思っている限りは、デカイ音で鳴らしているということを絶対に認めない……こういう態度だ。それが一五年間も続いてみろ。ほんとうに、どれだけのことがこっちの身の上につみかさなるか? そして、それは、他の人には、絶対に理解できないことなのである。おなじことをされた人じゃないと絶対に理解できない部分がある。だから、「ヘビメタ騒音を鳴らされていたにしろ(仮定)これこれはこうだ」というようなを言ってくる。それは、誤解の上に成り立っている間違った意見だ。

   *   *   *

猛烈につかれた。どうしても、ヘビメタ騒音で人生がない。気違いヘビメタにたたられてくるしかった時間が続く。もう、一〇年もやられたら、だめだろ。毎日一〇年間……連続で……夜の一一時一一分まで、その日気違い兄貴がやり始めた時間から、ずっと鳴る。どれだけ「やめてくれ」と言っても、気違い兄貴が、気違い親父の意地でやりやがる。一分だって、一秒だってやめてくれなかった。それが、事実だ。そして、その日の夜、俺は眠れなかった。明るくなるまで眠れなかった。そして、午前七時四〇分には起きて、学校に通っていた。死にたかった。猛烈につらかった。全部が、おかしくなる。負の連鎖がしょうじる。気違いヘビメタが鳴っている限り、負の連鎖を切ることができなかった。そして、もう、一〇年間も毎日やられたあとは、どうやっても、負の連鎖を切ることができなくなった。一四年と五ヶ月目には、鳴りやんだ。けど、もう、遅かった。どうにもできない。

ほんとうに、ヘビメタ騒音でつらいといった場合のつらさが他の人にはまったくわからないのである。「通えたんなら、たいしたことはないんじゃないか」と思ってしまうのである。それで、俺をバカにする。どんだけつもったか? どんだけつもったか? こんなのかかえて生きているのは、ほんとうにバカらしい。




2018年6月1日金曜日

無理の利かないからだになってしまった

起きた。幼稚園のガキどもが騒いでいる。まあ、それはいい。



しかし、どうしたもんだ。



買い物にいこうかどうか迷っている。セブンイレブンのミートソーススパゲッティーを食べたい。あれがうまい。今回なまトマトもあるので、たそうかな。一手間増えるんだよな。切るからね。レンジで六分ぐらいあたためると欄ざく切りのなまトマトは、ふにゃふにゃになる。

それが、また、いいんだよね。



けど、一手間増える。めんどい。



この先どうするかな?

ちょっと考え方を変えるか?



普通の人とはまるで違う一生になっちゃったな。

違うのは別にいいけど、くるしいのはかんべんだよ。

やっぱり人によって背負っているものが違うんだよな。



考え方を変えれば、打つ手はある。あるんだよ。しかし、くるしかった日常の影響を消すことはできない。ようするに、このからだでやっていくしかない。このからだでやっていくということは、仮に考え方を変えて行動を変えたとしても、くるしいからだを引きずって、行動するということになる。で、それがつらいわけだよな。しんどいわけだよな。で、しんどいのを無視してがんばったので、ボロボロになっちゃったわけだからな。無理の利かないからだになってしまった。負の要素が「ヘビメタ騒音」という負の要素だから、他の人はまったく体験したことがないし、わからないということになる。類推が利く部分じゃないのである。類推するわけだけど、その類推は間違っている。まったく見当違いのことを考えている。まったく見当違いの結論を出している。もっとも、体験がないので、その結論が間違っているということには気がつかない。あっていると思っている。それは、俺の話を聞いたあとも、かわらない。案外、自分が出した結論にこだわる。それは、その人の自我に直接関係があることだから、そうなる。けど、間違っている。けど、間違っていることには、気がつかない。どうしてなら、経験がないから。



ともかく、なにをやるにしろ、このからだを使ってやるしかないので、「おなじこと」になりやすい。すぐにつかれてボロボロになる可能性がある。



わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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「公開バージョン」はもとのバージョンの一部を文脈に関係なく削除したものなので、段落と段落のつながりがおかしい場合があります。(少し不自然な場合があります)。ご了承ください。

死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。