2018年7月27日金曜日

「人をバカにするのもいい加減にしろ」と絶叫したくなるような譲歩なんだよ!!!

親友に「いいかげん、どうにかならない??」って訊かれたとき、俺がどういう気分になったと思っているんだ?

長すぎる。気違い兄貴、おまえ、あたりまえのようにならしてたけど、あたりまえじゃない。毎日が、異常だ。毎分毎秒、異常だ。毎時間、毎分毎秒、異常な音で鳴らしてた。

「うちだから」やっただけだろ。

よそじゃ一分だって弾けないだろ。よそじゃ一分だって鳴らせないようなデカイ音だろ。そういうデカイ音で鳴らしてたんだよ。そういう異常な音で、ずっと鳴らしてたんだよ。入試だろうがなんだろうが、絶対の意地で、すべての時間、自分が鳴らしたい音で鳴らしてたんだよ。そういうデカイ音で鳴らしても、問題がないという気持ちのまま、こだわりつくして鳴らしてたんだよ。



全部の時間!! 例外なく!



すべての時間、例外なく!! 気違い兄貴が普通に!!!



鳴らしてた!!!



鳴らしてないときがない。全部の時間、気違い的にデカい音で鳴らしてあたりまえ。それが、うちの状態だった。毎日毎日、何年間も何年間もずっとずっと、そういう状態だった。そんなんで、いいわけがないだろ!! 



親父とおなじで、まったくわかってないだけなんだよ。



ハンダゴテ事件の時、兄貴が学校で恥をかいたということを、親父が絶対の意地で認めなかっただろ。俺が「鳴らさないでくれ」「これこれこういう理由でこまるからやめてくれ」と兄貴に言いに行ったとき、兄貴の態度は、親父の態度とまったくおなじだった。



怒ってはねのけて、一切合切なにもかも認めない。デカイ音で鳴らしていると言うことも認めないし、俺が兄貴の音で困っているということを認めない。俺が兄貴のヘビメタ騒音のせいで、学校で恥をかいて困っているということを、親父のように命がけで認めない。発狂して認めない。



認めなかったということもまったくわかってない状態だから、なにもしてないつもりのままなんだよ。兄貴はハンダゴテ事件の日、ずっと腹を立てていたけど、親父と接触して、話をしてたのは二〇分間だ。



気違い兄貴が二〇分間で、ヘビメタをやめてくれたときがあるか?



気違い親父が怒鳴って、兄貴が怒鳴って、絶叫していたけど、親父と兄貴の怒鳴り声をたした音の、何十倍、何百倍の音で、一時間、二時間、三時間、四時間、五時間、六時間、七時間と普通に鳴らしていた。



一秒もゆずってくれなかった。一秒でもゆずってくれたら、特筆すべき日なのである。休みの日なんて、朝の一〇時から夜の一一時一一分までずっと鳴らしてた。



それであたりまえだ。普通だ。普通の日なのである。



入試の前の冬休みだって。一三時間ぐらいずっと鳴らしてた。それであたりまえだ。まったく悪いことをしたと思ってないんだよね。「静かにしろ」と言われたら、怒っていた。怒ってはねのけて、それでおしまいだ。親父とおなじように、「なんだぁ!!そんなの!!」という気持ちになるだけなのである。自分にとって不都合なことを言われたら、「なんだ!!そんなの!!」と怒ってはねのけてしまえば、それでおしまいなのである。

一切合切記憶に残らない。

そのあと、当の行為を続けてやったとしても、まったくやってないつもりなのである。当の行為をやり続けているときは「やめてくれと言われなかった」という認知が成り立っている。だから、どれだけ文句を言われても親父のようにまったく関係がないつもりで、ヘビメタ騒音をデカイデカイ音で「おしつける」ことができる。押しつけているあいだじゅう、まったく押しつけているつもりがないのである。これも親父とおなじ。



これ、ほんとう、「なんだ!!そんなのぉ!!」と怒ってはねのけたらまったく、関係ないひとになってしまうんだよな。そして、関係ない人として「おしつける」。けど、押しつけたつもりなんかはないんだよ。ちなみに、「これこれこういう理由でこまるからやめてくれ」と言われたといいう記憶もない状態だ。「そんなことはなかった」という気持ちになっている。それは、一日に何十回いわれてもおなじなんだよ。一日中、何回も何回もヘビメタ騒音のことで、もめていても、おなじなんだよ。「一回も言われたつもりがない」まま、鳴らし続ける。

それであたりまえだ。

自分が本当に一〇分間でも、我慢させられたとなったら、ものすごい剣幕で怒る。「そんなのはゆるせない」という気持ちになって一一分目から、ガンガンガンガンガン、気違い的にデカい音で鳴らしまくる。そうやって、一日に一三時間四〇分鳴らしたとしても、鳴らしたたつもりがないままなんだよ。その日、かりに三〇回もめていたとしても、一回ももめたという認知がいないんだよ。

何回もめても親父とおなじで、永遠に一回目が繰り返される。一回目が終わったら、カウントが〇(ゼロ)にもどる。だから、二回目言われるときは、二回目ではなくて、はじめて言われたという気持ちになる。三〇回目もおなじだ。だから、どれだけ何回言っても、「そんなことは言われなかった」という認知のままだ。そのくらい、ずれている。



これ、ほんとうに、わかる人、いるのか? こういう人間といっしょにすごしたことがある人しかわからないのではないか? 



「入試だからやめてくれ」と言われれば「なんだ、そんなのぉ」という気持ちになって、一分間ですらゆずらずに鳴らしてた。ゼンブガゼンブ、兄貴にとっては「なんだ、そんなのぉ」と思うような理由なのである。これは、親父になにを言っても、通じないのとおなじだ。

兄貴よ! 親父にどんな理由を言っても、ぜんぜんわかってくれなかっだろ。あれとおなじ態度で、ヘビメタを鳴らし続けた。



兄貴が、親父とおなじで、当の本人(問題行為をしつこくやる人間だから)やったということがわかってないだけなのである。ほんとうはこだわりつくして、ゆずらずにやったのに、「やってない」「ゆずってやった」と思っている。



親父だってそうなんだよ。



親父のそういう態度で、兄貴は、腹を立ててきたんじゃないのか。親父の態度で一四年間毎日気違いヘビメタをすべての時間、異常なデカイ音で鳴らして、絶対にゆずってくれなかった。それが、兄貴だ!! 兄貴は親父のようにまったくわかってない。自分がやったことがまったくわかってない。



正反対のことを言う。やったことは、「やってない」。ほんとうはゆずってないのに、「ゆずってやった」。親父と、とことん、おなじ。全部おなじ。



親父の最大限の譲歩は、家にあるハンダゴテを出してやるということだったんだけど、兄貴の最大の譲歩は、兄貴がゆずりたいぶんだけゆずるということだった。「それでいいだろ」ということなのだ。



いいわけがないだろ。「親父のハンダゴテ」以上に意味がない譲歩なんだよ。親父のハンダゴテ以上に迷惑な譲歩なんだよ。親父のハンダゴテ以上に、腹が立つ譲歩なんだよ。腹が立ってしかたがない、屈辱的な譲歩なんだよ。「そんな譲歩があるか!! 人をバカにするのもいい加減にしろ」と絶叫したくなるような譲歩なんだよ!!!



兄貴は、「こんくらいゆずってやればだいじょうぶだな」と思って、ゆずってやった音が、もとの音とおなじぐらいにデカイ音だということを認めなかった。それから、もとの音が異常にデカイ音だということも認めてない。最初からそういう状態だ。できあがっている。親父とおなじなんだよ!!!



何度も言うけど、ヘビメタが大好きな!カオ君がおどろくような音で鳴らしていたわけで、兄貴はデカイ音で鳴らしていた。それなのに、デカイ音で鳴らしているということ自体を認めなかった。鳴らしているあいだ認めなかった。鳴らしている期間のあいだずっと十数年にわたって、認めなかった。



普段、鳴らしている音は、「大丈夫な音」なのである。「こんなの普通の音」なのである。気違い兄貴がゆずった音というのは、その音とほとんどまったくかわらない音だ。俺の部屋で聞き分けることができないぐらいに微妙な変化しかない。



そういうデカイ音で鳴らして、「ゆずってやった」「ゆずってやった」と思っている。「ゆずってやったから、もうだいじょうぶだ」と試験前の冬休みだというのに、そういうデカイ音で、一日に一三時間三〇分ぐらい鳴らす。いいわけがないだろ。あの二週間、俺がどういう気持ちで「すごした」と思っているんだ? あの二週間、俺がどういう気持ちで「いきていた」と思っているんだ? しかも、鳴っていたのはその二週間だけではなくて、三年と四ヶ月以上、毎日鳴っているんだぞ。

   *   *   *

兄貴よ! ぼくがどういう気持ちで生きていると思っているんだよ。気違い兄貴の譲歩は親父の譲歩とおなじ。やられたら、やられただけ、こまる譲歩だ。腹が立って腹が立ってしかたがない譲歩だ。そういうことをして、「ほんとうに譲歩してやった」と思っているのが兄貴だ! 親父とまったくかわらない。自分が親父にされたことを考えてみる。親父が譲歩してくれたか? 親父の譲歩は、やってもらうと助かる譲歩だったか? 親父の譲歩なんてやってもらっただけ、くるしくなって、死にたくなるような譲歩なんだよ。トラブルしか生み出さない譲歩なんだよ。兄貴の譲歩もそうだ。兄貴の譲歩で、トラブルがいっぱいしょうじた。

気違い兄貴よ! 気違い兄貴のヘビメタ騒音で俺がどれだけ恥をかいたか。はずかしい思いをしてきた。兄貴のヘビメタ騒音は親父のハンダゴテとおなじなんだよ。親父のハンダゴテ事件は二日で終了したけど、兄貴のヘビメタ騒音事件は、五〇〇〇日たっても終了したなかった。これが、すべてだ。これがすべてを物語っている。どういう態度で鳴らし続けたと思っているんだ。そして、それをどういう態度で(いま)否定していると思っているんだ。親父とおなじなんだよ!! 兄貴はとことん!親父とおなじ。親父とおなじだから自分がやったことがまったくわかってない。〇(ゼロ)だと思っている。一〇〇%こだわりつくして、毎日やったことが、「ゼロ(やってないこと)」であるはずがないだろ。そういう感じ方自体がおかしい。そういう認知自体がおかしい。やっているときは、そういう感じ方、そういう認知で、やり通したたんだよ。それで俺がどういう、どういう目に遭って、どういう恥をかいてきたと思っているんだ??
わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。