2018年7月31日火曜日

財布の中に五〇〇〇円もあると考えるか? それとも、財布の中に五〇〇〇円しかないと考えるか?

給料日まであと一〇日あるとする。財布のなかには五〇〇〇円しかないとする。そして、銀行口座にも金が入ってないとする。電気代、水道代、ガス代は考えないとする。家のなかに食べ物は残ってないとする。要するに、あと一〇日間、五〇〇〇円で、生きていかなければならないとする。

その場合、財布の中に五〇〇〇円もあると考えるか? それとも、財布の中に五〇〇〇円しかないと考えるか? が重要になる。

もし、五〇〇〇円もあると考えると、「うひぉ~~、五〇〇〇円ある。よし、今日は外食しよう。えーっと、あれとこれとあれを頼んで、合計三〇〇〇円か。三〇〇〇円ならどうにかなるな」と一日で三〇〇〇円を使ってしまう。次の日は「よし、二〇〇〇円残っている。五〇〇円のラーメンを食べに行こう」と思って、一食で五〇〇円使ってしまう。「一五〇〇円残っているから、だいじょうぶだ。次も六〇〇円の生姜焼き定食を食べよう」と思って、六〇〇円の生姜焼き定食を食べてしまう。「おっ、九〇〇円ある。よし、九〇〇円で、ケーキを買って帰ろう」と思ってケーキを買ってしまう。これで、お金がなくなってしまう。まだ、二日目だ。八日残っている。二日目には〇円になっている。

その後のその人の行動と結果。

三日目に「人に借りればいいや」と思って、友達のところに金を借りに行った。けど、そうやって借りた借金がすでにあるので、友達は、「金を返してくれたら、金を貸してやる」と言って金を貸してくれなかった。三日目は腹をすかしてすごした。四日目、五日目、六日目となにも食べずに横になってすごしたので、だんだん体が衰弱した。七日目、八日目は『腹がへったが、俺はだいじょうぶ』『動けないけど、なんとかなる』とポジティブに考えて、寝ながらすごした。実は、もう、動く元気がなくなっていた。そして、九日目あたりに意識を失った。あとで発見されたときは、もう死んでいた。



……こういうことだってある。



一方、「財布の中に五〇〇〇円しかない」と考えた人は、「一〇日で五〇〇〇円ということは、一日に五〇〇円しか使えないな」と考える。「一日に五〇〇円しか使えないということは、一食一二〇円にして一日に四食、食べて、残りの二〇円はとっておこう」と考えて業務用ストアに行く。そして、いろいろな安い食材を買って、帰ってくる。一食一二〇円の食事でも腹がいっぱい。じゅうぶんな栄養がとれる。そして、飢えずに、一〇日目をむかえる。



……こういうことだってある。



「……しかない」と考えるか「……もある」と考えるかは、単純な話しではないのである。よく、コップに水が半分残っているとき、「半分しかない」と考えるのはネガティブな考え方でよくないが、「半分も残っている」と考えるのは、ポジティブな考え方でよいということが言われる。半分も残っていると考える人は、ポジティブだからよく、半分しか残ってないと考える人はネガティブだから悪いということが言われる。「……もある」と考えるポジティブな人は「元気なよい人」で、「……しかない」と考えるネガティブな人は、「暗くて悪い人だ」というようなイメージでとらえられてしまう。こういう、ステレオタイプ!



躁鬱病(双極性障害)の人は、躁状態のときは、ポジティブなのである。躁鬱病患者の躁状態の時の行動を考えれば、「ポジティブである」あるいは、「ポジティブに考える」ということが、それほどよいことではないということがわかる。あるいは、ポジティブであるということは、いつもいつもよい結果をもたらすとは限らないということがわかる。





ポジティブなのは、かならずよい結果をもたらす、というイメージを植えつけようとするのは、やめたほうがいい。ネガティブなのは、かならず悪い結果をもたらすというイメージを植えつけようとするのはやめたほうがいい。猫も杓子も『そういうこと』ばかり言って、そういうステレオタイプを押しつけてくる。『ポジティブはいい』『ネガティブは悪い』というようなステレオタイプを生産しようとするのはやめたほうがいい。『ポジティブなら、かならずよい結果が待っている』『ネガティブならかならず悪い結果が待っている』というステレオタイプを生産しようとするのはやめたほうがいい。



もうちょっと、いろいろな側面について考えたほうがいいよ。

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。