2018年7月6日金曜日

全部そういうふうに、繰り返されてきた こんな人生でいいわけがない

やっぱり、ヘビメタ騒音でだるい。ヘビメタ騒音で憂鬱だ。ヘビメタ騒音で死にたい気分だ。これ、言ってしまうと、あれだけど、ぼくは相当に気違い兄貴のことをゆるしている。これがわかってない人間が多い。殺してないということがどれだけすごいことかわかってない人が多い。気違い兄貴がやったことの『総量』が、わかってない。もし、自分がやられたら、それはわかるのだけど、やられてないからわからない。それは、俺の事情を知っている人でもおなじだ。他人ならわからない。別の個体ならわからない。こういうことを書けば書くほど嫌われるわけだけど、長いこと、我慢しすぎた。もう、戻れない。もう、治らない。ヘビメタ騒音がはじまってから一年が限界だったんだなぁ。気違い兄貴のやつは、親父とおなじように自分が血相を変えて、命がけで、毎日常にやってたことがわかってない。わかってない」だけで、やってないわけではないのだけど、気違い兄貴の主観としては、わかってないのとやってないのはおなじなんだよ。だから、まったく悪いと思ってない。やったとも思ってない。けど、最初から、そういうやり方だった。やっているさいちゅうも、そういう感覚が成り立っていて、現在進行形で無視できた。現在進行形で、現在やっていることがわからないという状態だった。そして、現在進行形で「やってないこと」になっていた。だから、ほんとうに、本人は「やってない」つもりのままなのである。じゃあ、やめてくれるのか? ヘッドホンをしてくれるのかというと、それは、もう、親父が怒り狂うように、やめてくれない。一秒だろうがヘッドホンをするのはいやだから、ヘッドホンをしない。ヘッドホンをしないけど、『悪気はない』のである。だから、まったく悪気なく、やり続けることができる。そのままデカイ音で鳴らし続けることができる。そのままでかい音で鳴らしているのに、『でかい音で鳴らしてない』という気持ちが成り立っている。言われたときだけ、発狂して、反対のことを言うんだよ。正反対のことを言う。やったなら、「やってない」。やってないなら「やった」。ゆずってないなら、「ゆずってやった」。全部、反対のことを絶叫するわけだよ。そうしたら、本人のなかでは、きれいさっぱり、なくなっている。まず、相手に言われたと言うことがなくなっている。次に、自分が相手の言い分を無視してやったということがなくなっている。次に、自分が相手の言い分を無視してやり続けているということがなくなってしまう。だから、どれだけ言われても、言われたときだけ、正反対のことを叫んで怒って、それでおしまいなのである。そういう反応しか返ってない。で、そういう反応をしておけば、あとで「ゆずってやった」「鳴らしてない」と言うことができるのである。本人は、ほんとうにそういうつもりなんだよ。相手が、それで困った、なんてことは、死んでも認めない。いかなる段階でも認めない。親父とおなじように「なんだ!!そんなのぉ!!」という気持ちになって、怒ったら、それで、自分の関係が切れてしまう。だから、『話し合って解決する』なんてことはできないのだけど、他の人は『自分だったら、話し合って解決することができる』と考えてしまう。『そんなのは、ちゃんと言わないからだめなんだ。俺だったら、ちゃんと言って静かにしてもらう』と思ってしまう。そういう人から見れば、『エイリさんがちゃんと言わなかったから悪いんだ』ということになってしまうのである。全部そういうふうに、繰り返されてきた。で、俺の「からだ」を使ってない人は、一日のヘビメタ騒音がどれだけの影響を与えるかわかってない。一日中鳴っているということが、次の日、鳴ってない時間にどれだけの影響を与えるかわかってない。そういう毎日が一年、二年、……一一年、一二年続いてしまったら、どれだけの『損害』が生まれるかわからない。どれだけの『障害』が生じてしまうかわからない。だから、これもまた、『愚痴を言ってサボっている』『いいわけをしてサボっている』なんて思うわけだよ。
わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。