2018年9月17日月曜日

架空の事件を考えて、さらに、架空の事件に関する感想を述べてみた(こんな事件が起こらないように、事前に対策について語っておいたよ)


障碍者施設の職員が障碍者を殺してしまった事件というのを、空想の世界で考えて、その空想の世界の事件について感想を述べようと思う。

この事件について詳しく調べるつもりはないので、ちょっとした感想を述べておこう。ちょっとした感想なので、認識が間違っていることもあるかもしれない。私は、犯人の年収は知らない。わからない。そして、彼が働いていた施設で、ひとりの障碍者の生活を維持するのにどのくらいの金がかかっているのかわからない。だから、感じで言ってしまうけど、『自分は働いているのに、金がない。年収が低い。この人たちは働いてないにもかかわらず、金がある生活をしている』というような気持ちが芽生えたんじゃないかなと思う。

こういう気持ちは、働いているにもかかわらず、収入が生活保護をもらっている人たちよりも低い人たちにもあると思う。底辺の仕事は、労働強度が高く、精神労働強度(仮)が特別に高い仕事だ。精神労働強度というのは、ぼくが勝手につくった概念で、詳しい説明は、そのうち、するかもしれない。労働強度は、基礎代謝量と労働時の代謝量だけが問題になるのだけど、精神労働強度の場合は、『気苦労』が問題になる。

だから、主観的な尺度にしかならないようなところがある。精神労働強度が高い仕事では、プライドをずたずたにされるというようなことがよく起こる。底辺の仕事は、ともかく、労働強度も精神労働強度も高いのである。にもかかわらず、もらえる給料が少ない。なので、「ストレスがたまりがちになる」のである。

自分が耐えたくないことに耐え、我慢して、働いているのに、生活保護費よりも収入が低いということになれば、怒るのも無理はない。「自分は働いているのに、さまざまな点で優遇?されている生活保護の人よりも苦しい生活をしている。こんなのは不公平だ」という気持ちになるのではないかと思う。

たぶん、犯人も、同じような気持ちを持っていたのではないかなと、ぼくは思う。根拠はあんまりない。そんな感じがするというだけだ。

この問題に対処するには、介護する方の年収を上げるしかない。たとえば、ひとりの障碍者の生活を維持するのにかかる金が一〇〇だとする。この一〇〇というのは、一〇〇万円という意味ではなくて、単位がない、比較のための数字だ。

ひとりの障碍者の生活を維持するのにかかる金が一〇〇だとすると、障碍者の世話する人にはだいたい、一五〇ぐらいの金が入らないとだめなんじゃないかと思う。まあ、理想だと二〇〇なんだけど。二倍ぐらいは、世話をする人がもらったほうがいい。まあ、理想論だ。

犯人が最初から、殺すつもりで介護の道を選んだのか、あるいは、働いている途中で、そういう気持ちになったのかということだけど、たぶん、働いている途中でそういう気持ちになったのではないかなと思う。これも、『感じ』だ。

たぶんだけど、彼は「たてまえ」や「きれいごと」を真に受けてしまったタイプなのではないかと思う。介護職に就いているのだから、介護に関する教育を受けているはずだ。その教育課程で「たてまえ」や「きれいごと」を教えられた。けど、実際の介護はそういう「たてまえ」や「きれいごと」を吹き飛ばすようなものだった。

だから、自分が思い描いていた理想と現実のギャップが大きくなっていたのではないかと思う。これも、ストレスがたまることだ。まあ、むかしのはなしで言えば、『金八先生』にあこがれて教師になってみたけど、一年後、二年後には、だいぶちがった気持ちになっていたというような感じではないかなと思う。

現場のリアルを無視した「たてまえ」や「きれいごと」をあんまり吹聴しないほうがいいんじゃないかなと思う。真に受けてしまう人がたまにいる。なるべく現場のリアルに対応したようなことを教えたほうがいいんじゃないかと思う。

まあ、これも、無理な話だろう。どうしたって、現場のリアルを無視した「たてまえ」や「きれいごと」を教えることになる。「教育課程」では理想を語ってしまうのだよね。まあ、わかる話だ。「教育課程」でなるべく理想を語らずに、現場のリアルに対応したことを教えましょうというのは、理想論だ。これも理想論。

で、まあ、最後に、言っておくと、彼は仕事を間違えたんじゃないかと思う。彼は「介護」にはまったくむいてなかった。畑違いの仕事に足を踏み入れてしまったのではないかなと思う。

で、まあ、付け足していっておくと、だれもが働く社会よりも、働くことにむいてない人が働かなくてもいい社会をつくるべきだということになる。『働くことはすばらしい』というイメージを吹聴しているから、こんなことになるんだ……とは言わないけどね。そりゃ、ちょっと話しが飛躍しているからね。

けど、ギリケン(ぎりぎり健常者)の問題は考えたほうがいいよ。今回の話しとは、つながりがないけど、ぎりぎり健常者も含めてだれもが、働く社会がいいという考え方を、あらためなければならないところまできている。

(「彼」というのは、「犯人」のことです)。

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彼も無理して働かなければ、こんなことにならないですんだかもしれないんだぞ……とつぶやいておこう。それを、『働くのはすばらしい』『みんな我慢して働いている』『みんなものすごくつらい思いをして働いている』『つらいなんていうのは甘えだ』『くるしいなんていうのは甘えだ』『無職は社会のゴミ』などという考えを流布させるから、彼は畑違いの仕事に足を踏み入れ、畑違いの仕事をしているうちにストレスを限界までため込んで爆発してしまったのかもしれないんだぞ……というのは、我田引水にすぎるか。

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そう言えば、障害者差別にはあれだけ敏感な人たちが、無職差別にはまったく鈍感なのはどうしてなんでしょうかね? 自らすすんで無職差別をしてますしね。就職できなくて追い込まれた若者が自殺したり、『どうせ将来なんてない』と思っている若者が、あーーんなことや、こーーんなことをしてしまったら、こまるなぁ。『無職でも良いじゃないか』ということにておいた方が、いいんじゃないかな。

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けど、看護師が点滴を使って施設利用者を殺してしまうというような問題はどうなんだろうね。あれも、同じような感じがするんだよな。もとは、看護師になろうというような人なのだから、ある程度の理想は持ってたんじゃないかな。職場のストレスをうまく発散できない人が多いのではないかと思う。


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もうひとつだけ言っておくと、たとえば、犯人が精神障害者だったらどうなるかという話しだ。そりゃ、異常なことをしたのだから精神障害者であることがうたがわれる。精神障害者である犯人が障害者を殺してしまったということになったら、どうなるんだろうか。こうなると、いろいろとややこしいことになりそうだな。犯人に精神科の通院歴があったということにしておこう。その場合、どうなるんだろうな?

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もうひとつ言っておくと、こういう事件が起こった場合、「たてまえ」が強化されると思う。もちろん、『教育』のなかで「たてまえ」が強化される。そうなると、ますますこういうやつが出てくる土壌ができるということになる。

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たぶん、利用者が自分の思ったとおりに動かないことにいらだち感じていたんだろうな。キレイゴトの世界で想像していた、反応がなかったんだな。自分がこうしたら、利用者はこうしてくれる……こういう反応を返してくれるはずだというような思い込みが強かったんじゃないかな。手短に言うと、「むいてない」。むいてないと思ったら、すぐにやめるべきだったんだな。

 
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理想を言えば、一日に四時間ぐらい働けば、じゅうぶんに生活できるというような社会が望ましい。

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わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。