2018年9月1日土曜日

認知療法家の認知はゆがんでいる(1) 理由と症状 『理由なんてどうでもいいんです』という決めつけ


ちなみに、「認知療法家は原因を重視しない」と言った場合の原因というのは、たとえば、「どうしてゆがんだ認知が生じたか」ということは問題にしないということだ。けど、いちおう、鬱病は『ゆがんだ認知』によって引き起こされると考えているのである。


ところで、鬱病の症状のうち『憂鬱な気分』に関しては、いろいろと考えなければならない要素が多すぎるので、鬱病の症状のうち『つかれ』と『だるさ』について考えてみよう。

水俣病によっても『つかれ』や『だるさ』が生じる。しかし、いまは水俣病の原因がはっきりとわかっているので、水俣病によって『つかれ』や『だるさ』を感じている場合は、鬱病で『つかれ』や『だるさ』を感じているのではなくて、水俣病によって『つかれ』や『だるさ』を感じしていると診断される。

水俣病というのは、有機水銀が脳細胞を壊すことによってしょうじる病気だ。ちゃんと、原因がわかっている。

原因がわかっている場合は、原因がわかっているので、『原因はどうでもいいのです』なんてことは言われない。しかし、認知療法家は『原因はどうでもよい』とする特殊な考え方をするので、原因は考えない。

ところで、いまは、水俣病の原因がわかっているけど、原因がわかってないときがあった。そのときは、当然『水俣病』というような病名もない。理由はわからないけど、『だるさ』『つかれ』『痙攣』『記憶障害』などの症状がでる患者が出現した。

このときは原因がわかってないので、鬱病だと診断される場合がある。だって、他の病気で鬱病と診断できるような鬱状態になっているわけではない人が、鬱病のグループにいれられるわけだから、そうなる。要するに、はっきりした原因がわかっているグループとはっきりした原因がわかってないグループにわけられるのである。

そのうち、はっきりした原因がわかっているグループは、ひとまず、鬱病ではないと診断される。もっとも、かさなることはある。鬱病と他の病気は排他的ではないのでかさなることがある。(鬱病は狭い意味では病気ではない。単極性の感情障害だ。『病気』ではなくて『障害』だということをまず理解しておかなければならない。)

ちなみに、精神科医や心療内科の内科医は、鬱病を脳の機能障害と考えている。精神科医や心療内科の内科医にとっては、性格とかそういうことは、一切合切関係がないのである。レセプターやトランスポーターや神経伝達物質がこれこれこうだから、鬱病になると考えているのだ。

けど、これも、実は、よくわかってない。いろいろな仮説はあるけど、みんな仮説の状態にとどまっている。これこれが理由で、鬱病になるということは、まだわかってない。

医者は、『ちょっとしたことを、重大なことだと考えて憂鬱になる性格』が問題だとは思ってないわけだ。あるいは、医者は、『なんでもないのに、自動思考で憂鬱になるから、鬱病になる』とは考えてない。

認知療法家は『認知のゆがみ』や『自動思考』を鬱病の原因だと考えている。認知療法家が「原因は関係がありません」「原因を探すのはやめましょう」と言う場合は、「自動思考をする原因について考えるのはやめましょう」「認知のゆがみが生じた原因について考えるのはやめましょう」と言っているだけだ。

しかし、ほんとうは、認知療法家にとってみれば、鬱病の原因は『認知のゆがみ』なのである。なので、認知療法家は、認知療法家で鬱病の原因を考えている。ちゃんと、原因を考えている。そして、すべての鬱病患者の認知はゆがんでいると考えている。だから、鬱病患者の認知のゆがみを修正すれば鬱病は治るのである。


ここで問題なのは、まだ、病名がついてない水俣病で、だるくてつかれている人が『自動思考で憂鬱になるような性格だから鬱病になる』と言われて、『自動思考を修正する』ようにしても、まだ、病名がついてない水俣病で、だるくてつかれている人の『だるさ』や『つかれ』がとれるわけではないということだ。

しかし、自動思考を修正して鬱病が治ったと思っている「もと鬱病患者」は、自動思考を修正すれば鬱病が治ると思っているので、「自動思考の修正すれば鬱病は治る」と、まだ、病名がついてない水俣病になってしまったので、だるくてつかれている人にアドバイスしたりする。

「認知療法家がそう言ってた」「自分もむかしつかれやすくてからだがだるかったけど、自動思考をやめたら元気になって、やる気が出た」というようなことを言ってしまう。

けど、『自動思考』でつかれてだるくなっている人と『有機水銀』でつかれてだるくなっている人』はちがう。両者は決定的にちがう。

有機水銀でつかれてだるくなっている人』が『自動思考』を修正しても、有機水銀が体から出ていかないかぎりは、つかれてだるい状態が続く。

もともと、原因がちがうので、アドバイスにならないのである。腹をぶたれて腹がいたくなった人が、盲腸(急性虫垂炎)で腹がいたくなった人に対して、『湿布をしておけば治る』と言っているようなものだ。「自分だって腹が痛かった。けど、湿布をしたら治った。だから、あなたも湿布をすればかならず治る」と言っているようなもの
だ。けど、盲腸は湿布をしても治らない。どうしてかというと、原因がちがうからだ。原因を考えるということは、このように重要なことなのだ。


原因を考える必要がない場合は、『自動思考』や『認知のゆがみ』だけで、鬱病になっている場合だけだ。はっきりした理由はないけど、からだ全体に症状が出ている場合だけだ。

はっきりした理由がないけど、からだ全体がだるいと『感じてしまう』ときはある。そういう場合は、『原因を考える必要はない』と考える人たちが考え出した療法が効くことがある。

しかし、それは、はっきりした理由がない場合に限られる。『弱い理由』『はっきりしない理由』でただなんとなくそういう気分がするという場合に限られる。やはり、はっきりした理由がある場合は、そういうことでは、治らない。

認知療法家は『理由なんてどうでもいいんです』というところからはじまる『自動思考』をどうにかしたほうがよいのではないかと思う。『理由なんてどうでもいい』という決めつけがあるので、はっきりした理由がない人にしか効かない。はっきりとした理由がある人は対象外なのである。認知療法の対象外。認知療法は、はっきりとした理由がある人にもちいても、意味がない。ほんとうに、『気分だけでそうなっている人』にしか通用しない。

それから、くわえて言っておくと、『理由なんてどうでもいい』と考えているということは『理由なんてどうでもいい』という価値観をもっているということだ。つまり、価値観中立的ではない。しかし、認知療法家は、さも価値観中立的であるようなことを言う。価値観中立的、あるいは、価値中立的であるようなふりはやめたほうがいい。たいへん強い価値観をもっている。まるで、どの価値観にも傾いていない中立的な価値観を採用しているように説明することがあるが、ちゃんと、こういう価値観をもっている。『理由は関係がない』『理由を考えるのは無駄だ』『理由を考えるのは非効率的なことだ』という価値観をもっている。これは、中立的な価値観ではない。価値観から切り離されたところに『認知療法』が中立的に存在しているわけではないということは、頭のかたすみにおいておかなければならない。


わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。