2018年9月12日水曜日

そんなの、小さいときはやられっぱなしになるに決まっているだろ

なんとかなんないか?



そういうふうに言ってしまうと、また問題があるんだよな。



そのしくみは、書かない。書かないけど、あるんだよ。







けっきょく、「どうにかしたい」というようなことを書くと、突っ込まれるんだよな。「溺れる者は藁をもつかむ」ってやつさ。水に浮かぶワラのようなアドバイスをもらうことになる。ワラなんてつかんだって、どうにもならない。「はずれ」だから。けど、ヘビメタ騒音というものがわかってないひとは、わかってないひとの常識でアドバイスをする。そのアドバイスは、ぼくの現実をうらぎったものなんだよ。



はっきり言えば、水俣病になっている人に「元気だ元気だと言えば元気になる」とか「なおるなおると言えばなおる」とかそういうアドバイスをしてもしかたがない。それとおなじだ。あるいは、水俣病になっている人に「あなたは、病気を引き寄せてしまったんだ。自己責任自己責任」と言ってもしかたがない。『引き寄せ』とか『前世で悪いことをしたから』とか『すべての出来事は意味があってしょうじている』というようなことを言って「せめて」もしかたがない。これ、どれだけの人が、これだけの説明でわかるのだろうか? えせスピなんだよね。ほんとうにスピリチュアル的な人はそんなことは絶対に言わない。ちゃんと相手の状態が見える。相手がどういうことを経験してきたのか、ぱーーっとみえるわけよ。自分のことのように一瞬体験してしまうわけよ。だから、「自分はだいじょうぶだった」「自分はそんなことになってない」という立場から、神様目線で、『スピリチュアリズム的なアドバイスをする』ことがない。ちゃんと、受けとめたあとの話しだからね。けど、中途半端というか、よくわかってない人は、無邪気な幼児が●●ている人を見て「あのひと●●ている」と言うような状態で、『スピリチュアリズム的なアドバイス』をしてしまう。こどもが買ってもらったばかりの刀のおもちゃを振り回しているのとおなじだ。幼児が買ってもらったばかりのおもちゃを、ぽーんと人に向かって投げてしまうのとおなじだ。まあ、スピリチュアリズム的なアドバイスというのは、実は、間違った前提に立った間違ったアドバイスなので、「あのひと●●ている」と言うのよりもひどい。ヘビメタ騒音について言うと、常識的な人からも、攻撃を受ける。しかも、この常識的な人の考えていることも、実は間違った前提に立った間違ったことなので、たちが悪い。家の中に、常識的な人が絶対に理解できないことを、常識的な人が絶対に理解できない頻度で、常識的な人が絶対に理解できない時間の長さ、常識的な人が絶対に理解できない強情さで、やる人がいると、そういうことになってしまう。これも必然だ。常識的な人にとっては「そんなの、言えばいい」ですんでしまうことなのだ。「そんなの、言えば静かにしてくれるのだから、静かにしてって言えばいいだろ」という考え方がぬけない。こっちが、どれだけ「言っても静かにしてくれない」と言っても、半信半疑で信じない。『家族なら静かにしてくれるはずだ』というような考えがぬけないので、言われた後もそう思っている……状態が続く。「そんなのは、言えばいい。他の家族がなにも言わないなんておかしい」……そういう考えを持ち続ける。『そんなにデカイ音で鳴らし続ける人がいるかなぁ』などという疑問も、持ち続ける。俺が『いる』と言った後も、そういう疑問を持ち続ける。こういうやつは、話にならない。気違い兄貴の感覚や、気違い兄貴のやり方があまりにも常識外れなので、そういう疑問を持つ方が多数派だという現実ができあがってしまう。俺の立場はどうなる? これ、ほんとうに、催眠術にかかったように、頑固に認めないでやりきるのに、催眠術にかかったように、やったということを認めない。血相を変えて頑固に頑固にやったことがまったくやったことではないのだ。兄貴の頭の中でそういう認知ができあがっている。これは、どれだけ言っても、くずれない。気違い親父とおなじなんだよね。常識的な人は『親のことを、気違いとか……』と思ったりする。これも、常に気違い的な意地で、気違い的な考えにしたがって、気違い的な感覚で、虐待してくる親のことを知らない人は……。知らない人は、無邪気な感覚で、こっちを攻撃してくる。気違い的な意地で、迷惑行為をやりきる人間が近くにいるということが、どういうことなのか、ほんとうにわかってない。しかも、その人間が社会的にいって、生物的にいって親だから、他の人から『親』だと見なされるということの意味がわかってない。そんなの、小さいときはやられっぱなしになるに決まっているだろ。悪気なく、常にエンジンがかかっていて、常に、わけのわからないことをする。わけのわからないことというのは、わけのわからない迷惑行為だ。だいたい理由もないのに、逆上して怒鳴り込んでくるというのがおかしい。常にそういう状態だというのもおかしい。おかしいけど、事実なんだよ。それなのに、常識的な人は「そんなのはおかしい」『理由がないのに、親が怒るはずがない』「子供だからわからないだけだろ」と思ってしまうのだ。これが、自動思考だ。常識的な自動思考だから、常識的な世界では肯定されうることなのだけど、うちの状態をうまく説明してない。間違っている。間違っているということが、根本からわかってない。気違い的な親にやられている人は、気違い的な親の自動思考、自動行為と常識的な人の自動思考の間にはさまって、くるしんでいる。常識的な人はまず、否定から入ってしまうので、うまく理解できない。



わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



人気の投稿

「公開バージョン」はもとのバージョンの一部を文脈に関係なく削除したものなので、段落と段落のつながりがおかしい場合があります。(少し不自然な場合があります)。ご了承ください。

死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。