2018年9月24日月曜日

けど、実際にそうしている。



まあ、アクセスのことなどは考えないで、書きたいことを書いてしまおう。書きたいことというのは「つまらない」ということだ。本当につまらない。なにもする気がしない。正直言って、体調が悪い。起きているだけで、つらいんだけど、横にっていてもつらいんだよね。とことん、ヘビメタで人生がなかった……そう思う。この感覚……この世のこの感覚……こりゃ、だめだ。どうしたって、こうなるんだよ。舞値にやられちゃったら……。毎日やられてわかいときの時間をうばわれれば……。あの、親父のような態度でやられたら……。本当に、気違い的な意地で、やりきるのに、気違い的な感覚で「やってない」と本気で思っているんだぞ。そういう毎日なんだぞ。そういう気違いが、横の部屋にすんでいて、壁のすぐうしろで、ばかでかいスピーカーが、ばかでかい音を出しているんだぞ。気違い親父とおなじで、本人がやっているのに、本人はまったくつもりがないという状態が「つねに」成り立っている。こんなの、ない。で、やることが、常識外れなんだよ。「よそ」じゃ絶対にあり得ないことなんだよ。しかも、本人はスイッチが入っていて、殺されなければ、どれだけ言われたってやるのに、本気で「やった」と思ってないんだからな。本人は「そんなの知らなかった」みたいな態度でずっとやりやがる。何万回怒鳴り込んでも、そういう態度がかわらない。
そうすると、スピリチュアルな人からも、攻撃を受けるんだよ。「現実は自分がつくっている」なんて、言ってくる。これは、間違っている。ベットで寝ている障害者が、ナイフで刺されて死ぬという事件があったけど、その刺されて死んだ障害者に関しても「現実は自分がつくっている」なんて、言うのかよ? これ、自分でひどいことをしているというのがわからないのかね?
ともかく、なんて言うのかな? 感覚がずれた人にやられると、一般の人は常識を押しつけてくるし、スピリチュアルな人は非常識なことを押しつけてくるんだよ。一般の人の常識というのは、間違った認識に立った間違った解釈だ。常識に従った解釈は、非常識な家で成り立っている現実を説明できない。だから、間違っている。間違っているけど、「関係がない」常識的な人にとっては、ちょっとだけ思ったことが、自分にとって正しいことであるわけで、ずれた「いえ」で成り立っている非常識なことをちゃんと理解しようとは思わない。動機すらない。ちゃんと理解してあげる、理由がない。自分の中にある「常識」を壊してまで、相手が言っている「へんなこと」を信じてあげる必要性がない。だから、俺が「これこれ、こうで、ちがうんですよ」と言ったあとも、常識的な人は「そんなことはない」と思っている状態が続く。で、それとは関係なしに、気違い兄貴が、気違い兄貴モードで、頑固に、絶対的な意地で、絶対的にうるさい騒音を鳴らす。デカイ音で鳴らすことにこだわりきって鳴らす。けど、気違い兄貴本人は、気違い兄貴の感覚に基づいて「デカイ音で鳴らしているつもりがない」という状態が成り立つ。毎日毎時間、ずっとそうやって、「つもりがないまま」鳴らし続ける。どれだけ「やめてくれ」と言われても、無視して鳴らし続ける。けど、鳴らしたつもりがない。ずっと鳴らしているのだけど、鳴らしているつもりがない。本人がずっと、そういう感覚を持っているのであれば、現実を無視して、ずっと、そういう感覚を持っているのである。これが、腹立たしい。親父もおなじなんだよ。大家である親父がおなじ感覚の持ち主。しかも、気違い兄貴がそういう感覚を持つことになった理由を、つくっている。何千回も、兄貴と同じようなことをした。気違い的な意地でやっているのに、本人は「まったくそのつもりがない」という感覚を持っている。これは、「感覚」だけなんだけど、持っている。そういう感覚を持っているということに関しては、無頓着なんだよ。「そんなことはない」ということになっている。本人の意識的な感覚では「そんなことはない」はずなのである。けど、実際にそうしている。

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。