2018年9月9日日曜日

水俣病と鬱病 おなじ病名内のグループについて(広い意味で病名)


水俣病の人が「だるい」「しんどい」「つかれた」と言っているとき、水俣病の人が、本来こだわる必要がないことにこだわっているから、そういうふうに言っていると思う人たちもいるかもしれないけど、そうじゃない。

そりゃ、なんの理由もないのに!!「だるい」「しんどい」「つかれた」ということに、こだわっている人もいるだろう。単なる自動思考で「だるい」「しんどい」「つかれた」と感じる人もいるだろう。その人たちはこだわる必要がないことにこだわっていると言える。

しかし、脳細胞が破壊されて「だるい」「しんどい」「つかれた」と感じている人は、そう感じるだけの理由があるからそう感じているのである。原因がある。原因は、何回も言うけど「水銀の毒」で、脳細胞が壊されたからだ。「水銀の毒」がその人をして「だるい」「しんどい」「つかれた」と感じさせ、その人をして「だるい」「しんどい」「つかれた」と言わせているのだ。

ちゃんと、根拠がある。原因がある。

ただ単に、自動思考をして「だるい」「しんどい」「つかれた」と感じているわけではないのだ。そうであるならば、自動思考をやめれば、だるさがとれて、しんどくない状態になって、つかれを感じない状態になる。自動思考ではなくて「水銀の毒」でつらいと感じている場合は「水銀の毒」が体から出ていって、すでにおかされた脳細胞にとってかわる脳細胞が神経の枝を伸ばさなければならない。もう、すでにおかされてしまった脳細胞(有機水銀と結びついてしまった細胞)は元に戻らないだろうけど、新しい脳細胞が育つかもしれない。

もちろん、最初から水俣病だとわかっていれば、その時点で鬱病と診断されることはないだろう。しかし、普通に鬱病だと診断するとき、医師は、すべての他の可能性を排除しているわけではない。つかれに関しては、内臓の検査などをしてからではないと診断できないと言ってくれる医者もいるだろう。しかし、たとえば、慢性疲労症候群の可能性をはっきりと否定した後に、鬱病だと診断する医者がどのぐらいいるだろうか? 

未知の毒で脳の神経細胞がおかされていたとしても、いちいち、脳の神経細胞の状態を確認した後、診断するということはない。シナプス間隙のセロトニンの量やレセプターの数を確認した後、たしかに、シナプス間隙のセロトニンの量が少ないから、トランスポーターに働きかける薬を使いましょうと提案するわけではない。

というわけで、いちおう鬱病という診断を受けた人のなかにも、いろいろな人が含まれている。これは、たとえば「はらいた病」という名称の『広い意味で病気』だと思われている病気のなかに、「ただ単に気分で腹が痛くなった人(自己暗示で腹が痛いと思っている人)……(1)」や「腹をほんのちょっと殴られたので腹が痛い人……(2)」や「盲腸で腹が痛い人……(3)」が混じっているということになる。

言っておくけど、「はらいた病」なんてありません。ここで、説明をしやすくするために、ぼくがかりにつくった『広い意味での病気』です。
言いたいことは、たとえば、気分だけで腹が痛くなったもとはらいた病患者が、自動思考をやめたら「はらいた病」が治ったと言っている場合、そのひとにとっては、それは事実なのだけど、「はらいた病」に含まれている人すべてにそれが当てはまるわけではないということだ。


けど、「はらいた病」は「はらいた病」としてくくられているので、「はらいた病は自動思考をやめれば治る」ということを、「もとはらいた病患者」が言い出す場合がある。実際、医者ではない「はらいた病カウンセラー」や「はらいた病臨床士」が「はらいた病は自動思考をやめれば治る」「はらいた病の原因は自動思考だ」と言っているので、カウンセラーが言ったことを、そのまま、真実だと思い込んでしまう「もとはらいた病患者」も出てくる。

このばあい、単に「はらいた病患者」と言った場合、「はらいた病患者」ではない人が含まれることはないので、ただ単に「はらいた病患者」と言っても、それは、「すべてのはらいた病患者」と等価になるという問題がある。これは、言葉の問題だ。普通の人は「例外」があるような感じがしている場合ですら、「例外」については、特に言及しないので単に「はらいた病患者は、どうのこうの……」と言うことになるだろう。

しかし、盲腸である「はらいた病患者」は、自動思考をやめても「はらいた病」が治らない。「雑菌」でくさった部分(炎症を起こしている部分)を取り除かないと、盲腸は治らない。しかし、盲腸で「はらいた病」になっている場合も、「おなじはらいた病」で腹が痛いということになってしまう。

もちろん、実際には盲腸が「はらいた病」としてくくられるということはない。これは、「たとえ」の話をしているのだ。「はらいた病」とおなじことが「鬱病」で起こっている。ちがう原因で「鬱病」になっている人たちが「鬱病」というカテゴリーでくくられてしまっているために、ただたんに「気分で鬱病になっているもと患者」が、そうではない患者に、間違った前提に立った助言をおこなうことになる。

助言を否定されれば、「気分で鬱病になっていたもと患者」だって、いい気分はしないだろう。なので、溝ができるのである。また、「気分で鬱病になっているもと患者」は「鬱病はあまえ」などと言ってしまう。そうすると、一般人は「ああっ、鬱病はあまえなんだなぁ」と思ってしまうだろう。

なんてたって「もと患者」が言っているのだから、わりと信憑性がある。「気分で鬱病になっているもと患者」が「自分もそうだった」などと言った場合、「おなじ鬱病患者というカテゴリーにくくられている患者」は抵抗できなくなってしまう。

これは、「気分で、はらいた病になっているもと患者」が「自分も腹が痛かった」と言っているのとおなじなのである。「気分ではらいた病になっているもと患者」が盲腸で「はらいた病」になっている現はらいた病患者に、「自分も腹が痛かったけど、『いたくないいたくない』と声に出して言ったらいたくなくなった。

だから、あなたもおなじだ」と言っているのとおなじだ。「うそだと思うかもしれないけど、『いたくないいたくない』と言ったら治った。だから、これは真実だ。『いたくないいたくない』と言うことは、はらいた病にきく。はらいた病は「いたくないいたくない』と言うことで治る。それなのに、どうしてあなたは、『いたくないいたくない』と言わないのか? 治りたくないのか? そんなのは甘えだ」と言ってしまう場合がある。

けど、何度も言うけど、雑菌が原因で「はらいた病」にかかっている人は雑菌の問題が解決しなければ「はらいた病」は治らない。有機水銀でつかれている人は、有機水銀の問題をどうにかしないと『疲れを感じた』ままだ。

しかし、かりに、『鬱病だ』と間違って診断されている場合は、『運動をすればいい』とか『認知のゆがみをただせばいい』というようなことを言われてしまうのだけど、有機水銀の問題をどうにかしないと運動をしても認知のゆがみをなくそうとしても、全体的に感じる「つかれ」の問題が解決しない。

その場合、長期にわたって「つらいつらい」とか「つかれたつかれた」と言うことになるだろう……有機水銀で『鬱病』状態になっている人は。その場合、言霊主義者から「『つらいつらい』と言うからつらいんだ……つらくないつらくないと言えばつらくなくなる」と助言を受けることになるだろう。「『つかれたつかれた』と言うから、つかれたままなんだ。元気だ元気だと言えば元気になる」といった助言を受けることになるだろう。
その場合、有機水銀で『鬱病状態』になっている鬱病患者が「『つらくないつらくない』と言ってもつらいままだ」とか「『元気だ元気だと言っても、元気にならない」とかということを言うと軋轢が生じる可能性が高い。そりゃ、だれだって自分が正しいと思っていることを『否定』されたら、腹が立つからなぁ。多くの、助言をした言霊主義者が腹を立てて「そんなことを言うから、だるいままなんだ」「そんなことを言うからつかれたままなんだ」というようなことを言うかもしれない。

多くの助言をされた有機水銀で『鬱病状態』になっている鬱病患者は「事実だるいからだるい。事実つかれているからつかれている。事実『元気だ元気だ』と言っても元気にならなかったからそういった」と言う可能性がある。

実際、有機水銀で『鬱病状態』になっている鬱病患者は、有機水銀が原因で「つかれを感じる状態」になっているので、「元気だ元気だ」と言っても元気にならない。言霊主義者は完全に誤解している。

こころみない場合は、「嘘だと思ってやってみろ」と言われ、こころみたあと正直な報告をすれば「そんなことを言うからつかれたままなんだ」と言われてしまう状態におちいっている……有機水銀で『鬱病状態』になっている鬱病患者は。これは「そういうステータスにおちいった」ということだ。もうちょっと強い言葉で言うと、「そういう身分になった」ということだ。

さらに悪いことには、有機水銀で、だるくて動けない状態でいれば、いろいろな不安が襲ってくる。「こんなにだるいんじゃ仕事ができない」と思ったりするだろう。この「こんなにだるいんじゃ仕事ができない」というのは、間違った思考ではないのである。むしろ現実に対応している思考だ。仕事ができないほどだるいのであれば、仕事ができないと考えるのが普通だ。ゆがんでない。

むしろ、仕事ができないほどだるいのに、仕事ができると考える方が、ゆがんでいる。現実を受けとめてない。現実を否認している。記憶障害が強くなり、記憶障害によって引き起こされる「だめエピソード」増えれば、自分が仕事ができるのかということについて不安になってもしたがない。また、体のふるえが強くなっていったら、やはり、『仕事ができないんじゃないか』と思ってしまう。前は、まっすぐ歩くことができたのに、まっすぐ歩くことができないようになれば、やはり、『仕事ができないんじゃないか』と思ってしまう。

この不安は、なんとなく自動思考で不安になっているのとはちがう。なんとなく自動思考で『仕事ができなくなってしまうのではないか』と不安になっている場合は、その自動思考をやめれば『仕事ができなくなる』現実を避けることができる。

しかし、有機水銀でだるくて動けない場合、『仕事ができなくなってしまうのではないか』という不安は、自動思考やめることでは、『仕事ができなくなる』現実を避けることができない。

やはり、有機水銀が体から出ていくことが必要になる。『できないことが増えていく』ということは、不安でしょ。いままで経験したことがない疲労、どれだけ休んでも治らないだるさが積み重なれば、不安になったり憂鬱になったりする。できないことが増えていけば、不安になったり憂鬱になったりする。記憶障害でトラブルが増えれば、不安になったり憂鬱になったりする。その場合、鬱病と診断される要素が増えてしまう。

有機水銀を摂取したあとそういう状態がずっと続けば、憂鬱(鬱状態)や不安もずっと続くことになる。この鬱状態や不安は、ほんとうはそうなる理由がまったくないのに、単なる自動思考で鬱状態や不安になっている場合とはちょっとちがう。






わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。