2018年10月18日木曜日

何万回、言われたって、おなじことをする

俺は、終わっているのだろうか?
なんか、終わっている感じがする。
ともかく、つかれた。
完全に取り残された。
感情がうまく動かない。

ヘビメタ騒音以降、感情がうまく動かない。
ヘビメタ騒音のことをどれだけ言っても、無駄なんだけど、……そうだ。これ、ずっとそうなんだよな。これ、ちがうんだよ。他の人は誤解している。誤解している。ヘビメタ騒音は水銀のようなもので、ずっと影響を与える。摂取してしまったら、ずっと影響を与える。

ボディーに、頭に、人生に影響を与え続ける。

他の人は、可逆的な短時間の騒音しか経験してない。精神病質者による騒音ではなくて、健常者による騒音しか経験してない。家族による、精神病質者的な騒音じゃなくて、他人による精神病質者的ではない騒音しか経験してない。

だから、認知に差ができる。


たとえば、『家』という単語を聞いて、どういう家を思い浮かべるだろうか? おのおの自分が住んでいたような家を思い浮かべるのではないだろうか。お屋敷のような家に住んでいる人?はお屋敷のような家、小屋のような家に住んでいる人は小屋のような家を思い浮かべるのではないだろうか。

『騒音』という単語でもおなじだ。その人が経験したような『騒音』をまず第一に思い浮かべる。その人が経験したことがない『騒音』に関しては、空想で補うしかない。しかし、その空想が、じゅうぶんではない場合がある。もっとも、経験した人でなければわからないということが前提だと、かならず、その空想はじゅうぶんではないということになってしまうのだけど。

ようするに、視たことがないような家を、言葉を聞きながら、想像するということになる。

その想像した家は、実際の家とはちがうのである。実際の家というのは、この場合、だれかが言っている家だ。だれかが、家について記述しているのだけど、その記述は、言葉でしかないから、想像で補わなければならない。しかし、その「想像したイメージ」と、実際の「それ」がちがうのである。

『騒音』の場合、そのちがいがものすごくでかいものになる。そりゃ、ずーーっと、精神病質者にたたられた人じゃないとわからない。精神病質者に騒音で毎日たたられた人じゃないと、騒音生活そのものがどれだけくるしいかわからない。想像もつかない。想像しても、
その想像したものが、実際のものとは、大きく異なる。

それから、気違い兄貴は、「やってないつもり」なんだよな。『鳴らしてないつもり』なんだよ。あるいは『静かにしてやったつもり』なんだよ。これが、どれだけおかしいことか?

普通の人にも、兄貴にもわからない。兄貴に言っておくけど、そんなのは、親父が『ぜんぜん怒らなかった』『理由がないことで怒り狂ったことはない』『常に譲歩してやった』『常に買ってやった』と言っているようなものだぞ。実際には、何年間でもがまんさせっぱなし、なんだけど、本人はまったくつもりがない。

本人はつもりがない。まったくつもりがないままやり続ける。

これが、相手にとってどれだけ残酷なことかわかるか? しかも、何万回も、言われたのに、「つもりがない」状態を維持しているんだぞ。こんなのはない。普通の人は、まさしく、想像もできないだろう。だから、気違い家族にやられた人が、そういうことを正確に記述しても、他の人は、正確に記述している人が『嘘を言っている』と思う。思う人たちがいる。実際には、『そういうこともあるだろうな』と思う人たちもいる。少数だけどな。

ともかく、気違い的なやり方がわからないということになる。「そんなことはない」のである。「そんな人はいない」のである。常識的な人たちにとっては、あるいは、気違い家族にやられたことがない人たちにとっては、「そんなことはない」「そんな人はいない」ということになる。間違っているのだけど、そう思う人たちの方が多い。

あるいは、不遜にも「自分だったら、どうにかできる」と思う人たちの方が多い。これもけっきょく、気違い家族が、「い・え・の・な・か・で」どいう態度で、どういう振る舞いをするかわかってない人たちが勝手に思うだけのことだ。ようするに、事態に対する認識があまいのである。あまいのは、おまえらだ。本当に、「やってないつもり」でやりつづけちゃうんだからな。こんなのはない。けど、そうだ。うちではそうだった。ずっと毎日毎日、何年間も何年間もそうだったんだよ。どうしてかというと、うちにいる限り性格がかわらないからだ。これ、本当に、そういう性格だからそうしているといったたぐいのもので、殺さなければ、「うちでは」やめさせることができない。認知のズレまで含めて、うちの兄なのである。認知のズレまで含めて、うちの父なのである。認知のズレというのは、本人が気違い的な意地でやっていることをやってないと思うような認知的なズレだ。これも、気違い的な意地でやってないと思うわけで、本人がそう思ったら、本人のなかでは終わっているんだよ。だから、まったく気にしないで、その当の行為をやり続けることができる。もちろん、やっているあいだ、まるでそのつもりがないままなんだよ。相手が「やめろ」と言ったあと、「やっている」とは思わない。死んでもそういうふうに思うことができない。自分にとってだけ、都合がいい感覚、思考回路だ。自分とってだけ都合がいい認知回路だ。そういう認知回路を持っていれば、「やってないつもり」で好きなだけやることができるのだから、楽だろ本人は、気がつかないのだから、まったく悪気がしょうじない。気がつかないのだから。何万回、言われたって気がつかない。何万回、言われたって、おなじことをする。気がつかないままおなじことをする。……し続ける。うちでは……。だから本人は、気楽なもんだよ。本当は、気違い的な意地で押し通しているのに、まったくやったつもりがしょうじないのだから、まったく悪気がないまま普通に生活することができる。ちゃんと、自分の意地を通して、やっている……ズッとやっている……ゆずらずにやっている……けど、そんなことはやってない」という認知がずっと成り立っている。こういう、異常なことが普通に成り立ってしまうのが「うち」だ。他の人には、この深刻さがわからない。どれだけ腹が立つことかわからない。どれだけ、不可避的に影響を受けるかわからない。そりゃ、気違い的な意地で毎日、午後一一時一一分まで、ガンガンヘビメタを鳴らされ続けたら、影響を受けるだろ。ちがうんだよ。普通の騒音と。俺の部屋の中心にして考えると、もう、ぜんぜんちがう騒音なんだよ。普通の騒音じゃないんだよ。

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。