2018年10月29日月曜日

本当に「やってない」つもりでいられる


自分の精神状態と体力状態をあらわす指標として、精神ハザードレベルというのを考えたんだけど、精神状態と体力状態はわけたほうがいいのかな? と思い始めた。
まあ、たとえば、精神ハザードレベル4は、やる気がゼロ、頭を使う文章を書くのは無理、デザイン系統の作業は無理、さみしさは10、……。
まあ、10段階評価なんだよね。全部、10段階評価で、しんどさ、やる気、さみしさ、ヘビメタ騒音に対する怒りをあらわそうかな。
「なにか」をやったあと、どういう気持ちになったかということを記録するという心理療法(の一種)があるんだけど、つねに、ヘビメタ騒音で怒っているか、悔やんでいるか、破綻的な気持ちになっているので、意味がないんだよね。

ヘビメタ騒音の『説明できない効果』というのがあって、これが、本当に説明しがたい。おとされていく。まわりの人というか普通の人が理解できな態度で、きちがい行為をし続ける家族がいると、やられた人が「へんなひと」だと思われるんだよな。そして、おちていく。「あいさつ」運動は、デコレーションして書いた架空の話しだけど、あれに似たようなことが、いっぱい、いっぱい、積み重なっていく。それから、「さそいをことわる系」があるんだよ。ヘビメタ騒音が帰ってからずっと鳴っているから、いっぱいいっぱいになって、誘いをことわらざるを得ない。俺がヘビメタ騒音でどんな状態で暮らしているか、普通のクラスメイトには言ってないので、普通のクラスメイトは知らない。まあ、言ってもわからないところはあるんだけどね……。「そんなの、お兄さんに相談すればいい」というような気持ちになるわけだからさ……言われたほうは。
あとは、普通ならできることができなくなって、他の人に迷惑をかけるというのがあるんだけど、これが、なんとなく、うわついた状態なんだよ。ヘビメタ騒音がずっと鳴っている生活というのは、普通の人で言えば、まるで、つねに酔っぱらっているような生活で、注意力が欠けてしまうところがある。この『ヘビメタ騒音がずっと鳴っている生活』という言葉だって、人によっては、たいした問題だとは思わないわけで、そういう人の認知と、ぼくの認知はたいへんに異なるので、それがすでに、一種のトラブルを内包している。

いろいろなことがあるんだけど、こころの壁があって書けない。ともかく、気違い兄貴がずっとヘビメタを鳴らしていた。どれだけ『鳴らすな』と怒鳴り込んでも、静かに『鳴らさないでくれ』と頼み込んでも、一秒もゆずらないで、頑固に鳴らしていた。(けど、気違い兄貴は、気違いなので、『鳴らしたつもり』も『デカイ音で鳴らし続けたつもり』もない状態なのである。『ない状態で』がんこに鳴らし続ける。気違い親父のように、相手が困るとかそういうことは、一切合切考えられない状態になっている。本人が、『やり続けることができれば』いいわけで、本人が『やり続けることができる』以上は相手に対してなにもやってないことに鳴っているのである。まずいことをしているという気持ちがわかない。本人は、悪いことをしているという主観的な気持ちがまったくない。「やっていいいことをしている」つもりしかない。しかし、やっていることが悪いことだという文脈で「やっていた」と言われると「やってない。やってない」ってはじまるんだよな。それは、親父とおなじわけ。で、「やってないやってない」と言って怒って、二階に行って、その行為をやり始めた場合も、まるで悪いと思わないんだよな。「その当の行為をやっている」という気持ちがない。けど、認知症とか統合失調症という(広い意味で)病気ではない。認知に問題があるのはたしかなんだけど、また、ちがうんだよな。どちらかと言えば、やはり『無意識』の方の問題なんだよ。『無意識』の場合はハードウエアの故障はない。脳の機能障害ではない。けど、『無意識』を可能にするハードウエアのしくみは、他の人はちがうのではないかと思っている。無意識はだれにでもあるけど、こういう無意識を可能にする脳のしくみというのは、他の人とちがっていると思う。あまりにも、自分勝手なんだよ。あまりにも、現実を無視しているんだよ。けど、認知自体はあるんだよ。けど、その認知自体が本人にとって「どうでもいいこと」であり、『認める』という行為から、遠く離れている状態なんだよな。もちろん、相手の状態に対する無視というのが、ある。これが頑固で、器質的な部分(脳のハードウエア)の問題もあるんじゃないかなと思っている。ともかく、問題のある無意識で、普通の人じゃないのである。脳の帰納的な障害(器質的な障害)なのか、それとも、純粋にソフトウエアの問題(無意識)の問題なのか、はっきりしないけど、ともかく、普通の人じゃない。普通の人は、ああいう無視はできない。普通の人の場合、どうしても、『頑固に相手の言っていることを無視して、当の行為をしている』という認識がしょうじてしまう。親父と兄貴の場合は、『やるけど、そんなの関係、ない』だからな。そして、「やるけど」の部分がとれてしまう。過去のことになれば、やるけど」の部分がとれてしまう。だから、終わったときには、やってないつもりになれる。そういうところがちょっとちがう。だいぶちがう。『なんだろうがやりたい気持ち』というのが異常に強いんだよ。本当は、絶対にビタイチモンまけられない、こだわりがあること(もの)であるわけ。けど、相手の言い分を無視して「やった」という気持ちがないんだよね。それは、気持ちがないのと同時に『記憶もない』という状態になっている。だから、本当に「やってない」つもりでいられる。なんて言うのかな? 普通の人だとああいうかたちで『無視して』やった場合、『やった』という気持ちが残るんだよ。だから、やったということを『認めない』ときも、意識して、意地になって認めないわけで、本当は『やった』ということを知っている。けど、気違い兄貴と気違い親父は、『やった』ということを知らない状態で『やってないやってない』と激しく主張するところがある。本当に、本人は『知らない』のである。だから、常に、矛盾しているんだよ。

この『知らない』というのは、『まったく関心がないから(知らない)』という意味と『不都合なことを認めたくないから、知らない気分になっている』という意味がある。『不都合なことを認めたくない』というのは「やめろ」と言われたときも成り立っている。「やめたくない」のである。だから、おなじ状態で、現実を無視する。だから、「やったってやってない」という状態になってしまう。

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。