2018年11月8日木曜日

自分が思いついた「やってやりたいこと」しかやってやらない


本人のなかでやってやりたいことをやってやれば、それで、本当に一〇〇%やってやったことになってしまうというような性格傾向がある……親父と兄貴には。ようするに、勝手に「やってやりたいこと」を思いついて、それしかしない。

相手が「やってくれ」と真剣に頼み込んでいることは絶対にやってやらないのだ。相手が「やってくれ」と言っていることを、気違い的な解釈で誤解して、「自分が思いついたことを」やってやるということになる。

相手にしてみれば、「それを」やられると、もっともっとこまるわけで、ぜんぜん解決にならない。むしろ、やっかい事が増えた状態だ。こまった状態なのに、さらにこまった状態になる。こういうことが、おこってしまう。

ハンダゴテ事件の場合、親父の「やってやりたいこと」が、「自分の物置からハンダゴテを出してやる」ということだった。で、ハンダゴテを出してやったら、それで、終わりなのだ。もし、「これじゃない」「これは使えない」と言ってくる相手がいるとしたら、その相手が悪いということになる。「使えない」ということを絶対の意地で認めない。自分がよくわかってなくても、絶対の意地で認めない。最初から!!事実とは関係なく、親父のなかでは、使えるハンダゴテだと決まっているのである。で、それを、相手がくつがえすことはできない。

「ちゃんとやってやったのに」→「相手ががたがた文句を言ってくる」……ということで怒る。やってやりたいことは、物置にあるハンダゴテを持ってきてやるということであって、それ以外ではない。気違い兄貴は、当時、中学一年生で金を儲けるわけにはいかなかった。※親父に頼むしかない※のである。

だから、親父が首を縦に振らなければ、「ちゃんとした」ハンダゴテを学校に持っていくのは不可能だということになる。そして、親父は、(兄貴が)学校にちゃんとしたハンダゴテを持っていけない状態を、作り出している。そういう状態を頑固に押しつけている。

もちろん、発狂して頑固に、「使えないハンダゴテだ」ということを認めなくても、「押しつけている」とは(親父は)思ってない。これも、言われればわかることではなくて、※その場では※どれだけ、「親父がそういう態度で使えないハンダゴテを押しつけるのでこまる」ということを相手(ここでは兄貴)が言ったとしても、「そういう態度で使えないハンダゴテを押しつけて、相手をこまらせているということ」は……「使えないハンダゴテだということを認めない」のと同様に認めない。

この「みとめなさ」は「いのちがかかったみとめなさ」だから、普通の人が考えるような「みとめなさ」ではない。全力で、命をかけて否定するわけで、本当に、殺人的な心的エネルギーが投入されている。なので、そういうことを、認めるか認めないかについても、殺人的な「いじ」がかかっている。

兄貴がやって欲しかったことは、「金を渡してくれ」ということだった。要するに、金をもらったら、それで、自分でエレクトロニクス用のハンダゴテを買ってくるから、金をくれというのが兄貴が要求したことだった。

で、気違い親父が出してきたハンダゴテがちゃんとエレクトロニクス工作に使えるものであればよかったんだけど、そうじゃない。で、その場合、ちゃんと兄貴が説明しているのだから、『このハンダゴテではだめだ』ということを親父が認めればいいだけの話だ。普通の親だったら、……あるいは、普通の大人だったら絶対にわかる話しなのである。学校に持っていくハンダゴテを買うのだから、悪いことに金を使うわけじゃない。

……ヘビメタ道具を買うという悪いことに金を使うわけじゃない。ヘビメタ道具を買うのは悪いことである。その道具を使って、他の家では絶対にあり得ない騒音を出し続けるという前提で買うのだから、人を刺すためにナイフを買うのとおなじで、悪いことだ。

まあ、この話は抜きにして、元の話を続けると……使えるハンダゴテか使えないハンダゴテかということを見わけるのは本当は、簡単なことなんだよ。三角と丸を見分けるのとおなじぐらいに簡単なことなんだよ。それに、(エレクトロニクス工作用に使うハンダゴテを)知らないのであれば、知らないのだから、『絶対に使える』『だいじょうぶだだいじょうぶだ』と主張しなければいい。

現実は、絶対に使えないハンダゴテなんだけど、※親父の妄想のなかでは※、※絶対に使えるハンダゴテ※なのだ。で、そういうところで、スイッチが入ってしまうと絶対にゆずらない。何万回言っても、絶対に認めないということになる。そういうことが、他の人にはわからないから『ちゃんと説明しなかったおまえ(兄貴)が悪い』ということになる。

親父の頭のなかでは、「使えるハンダゴテ」でなければならないので、他人(相手が)どれだけ説明しても、頭の中で、最初に決めた答えが、かわらない。相手の説得によって、最初に決めた答えがかわるということが、ない。けど、そういう頭の構造を持っているということは、家族以外の他人にはわからない。あとは、親父自身がわかってないところがある。

で、兄貴もまったく親父とおなじで、自分がやってやりたいことしかしない。そして、それが、相手にとってどれだけ意味がないことであったとしても、相手にとって意味がないことだということを、認めない。相手が、必死になって、どれだけ、説明しても、(親父のように)怒るだけで、認めない。本人が認めなければ、どれだけ言われても、言われたことにならないのである。本人が認めなければ、どれだけ「事実」であったとしても、本人のなかでは、「事実ではない」ということになる。

こういうしくみも、親父と瓜二つ。まったくおなじなんだよ。兄貴は、ハンダゴテ事件や他の事件で、おやじこそういうことを、何万回もやられて、そういうことをやられたときの悔しさやいらだちがわかっているはずなのに、俺には、そういうことを、親父の態度で何十万回もやった。何十万回もやるわけだよ。

自動的にそうなる。

毎日、自動的にそうなる。
毎日、自動的にそうしている。

親父が兄貴にやってきたそういう、きちがい行為の回数を一〇〇だとすると、兄貴がヘビメタ騒音だけで俺にやったきちがい行為の回数は、一不可思議ぐらいの値になる。自分がやられて、頭にきたことを、俺にそのままのかたちでやり返す。やりまくる。

もちろん、そのままのかたちなので、本人のなかでは、何万回、何不可思議回繰り返しても、一回もやったことにならないのである。親父と頭の構造がおなじなので、自分がやりたいことを(自分が相手にやってやりたいことを)やってやったら、それでおしまいなのである。

で、その「自分が相手にやってやりたいこと」というのが、相手にとっては、許しがたいことなのである。「自分が相手にやってやりたいこと」というのは、相手の話を聞いて「勝手に自分が思いついたこと」なのである。で、その「勝手に自分が思いついたこと」というのは、相手にとっては、かならず、意味がないことなのである。相手にとっては、かならず、屈辱的なことなのである。

それは、どうしてかというと、相手が本当に要求していることは、がぜん無視して、逆にこまることを押しつけてくるということになるからだ。

で、これが最初から「きまっている」のである。

親父のハンダゴテのように、決まっている。親父は、ハンダゴテを買うお金を出したくなかった。だから、親父が物置からハンダゴテを出してきたときには、そのハンダゴテは現実を無視して、使えるハンダゴテだということになっていた。(親父なかでは、なっていた)。

で、どれだけ言っても、それは、くつがえらない。親父がやってやりたいことは、家にあるハンダゴテを出してやるということであって、新しいハンダゴテを買うために金をやるということではないから!! 新しいハンダゴテを買うために金をやるというのは、死んでもいやなことなのである。最初から、死んでもいやなことなのである。

だから、現実には関係なく、家にあるハンダゴテは絶対に使えるものでなければならないのである。現実には関係がないので、どれだけ相手が説明しても無駄なのである。兄貴がやりたいことは、「どデカイ音で思いっきりヘビメタを鳴らしたい」ということなのである。

だから、それに反することは、絶対にできないのである。親父とおなじで、現実を無視してやることに決めていることだから、相手が言っているように「ちゃんと静かにしてやる」ということは、絶対にできないことなのである。だから、相手がどれだけ、「本当に静かにするというのはどういうことか」ということを説明しても、認めない。

親父の態度で親父とおなじように認めない。

「そんな譲歩じゃ、静かにしたことにならないから、ちゃんと静かにしてくれ」と言われた兄貴は、「そんなハンダゴテじゃだめだから、新しいハンダゴテを買うための金をくれ」と言われた親父のように、「そんな譲歩じゃ、静かにしたことにならない」ということを絶対の意地で認めないのである。絶対の意地で認めなかった期間は、一四年と五ヶ月だ。あしかけ、一五年間だ。一五年間毎日、どれだけなにを言われても、こういう基本的なことを、絶対に認めなかった。

命がけで認めなかった。

認めてしまったら、本当に静かにしなければならなくなる。それは、死んでも、いやなのである。だから、発狂して、はねのける。親父のようにはねのける。親父が兄貴の要求をはねのけたように、兄貴は俺の要求をはねのける。親父は何回繰り返しても、実は、兄貴の要求を(自分が)はねのけたという基本的な事実を認めなかったのだけど、兄貴も、(弟の要求)を自分がはねのけたということは、一五年間、認めてない。

毎日頑固にやっていることなのに……一五年間にわたって、気違い的な意地で繰り返し繰り返しやっていることなのに……一回もそんなことをしたつもりはないということになっている。兄貴の認知としては、一回もそんなことはしたことがないという認知なのだ。

で、これも、絶対に認めない。いまだに、何十年経っても認めてないよ。「自分が親父みたいだったなんて、そんなことはあり得ない」「静かにしてやった」と思っているわけだよ。あんな態度で、一五年間、毎日鳴らし切って、そういう認知なんだよ。

こんなやつが、「やっているとき」に認めるわけがない。「やっているとき」というのは、「やりたいとき」なんだよ。「やりたいとき」に「自分の行為で相手が困っているということを認めてしまったら」できなくなってしまうだろ。そんなことは、最初から認めないことになっているから、認めない。

そして、認めなかったということも、認めない。認めなかったというとを認めるということは、あり得ない。そういうふうに、時間階層的に、時間入れ子構造的に認めない。これは、兄貴も親父もおなじだ。まったくおなじ。本当に全部おなじ構造でやっている。脳みその構造がおなじでやったことがまったくおなじなんだよ。ハンダゴテとヘビメタのちがいはあるけどやったことはおなじ。

自分が思いついた「やってやりたいこと」しかやってやらない。けど、そういうことでも、やってやったら、すごいことなんだよ。ものすごく恩着せがましく、まったく役に立たないことを「やってやる」ということになる。まったく役に立たないどころか、こまるんだよ。相手がこまる。兄貴も親父も相手がこまることしか思いつかないし、相手がこまることしかやってやらない。

けど、自分がやってやりさえすれば、それで問題が片付いたと思ってしまうのである。で、「問題が片付いたわけじゃない」ということを、(相手)がどれだけ説明しても、発狂して認めない。そして、認めないということも、認めなかったということも、認めないということになる。やりっぱなし。ごり押しで、やりっぱなし。やり続ける。気違い的な意地で発狂してやり続ける。

だから、実際には、やり続けたのに、今度は、やり続けたということを、発狂的な意地で認めないということになる。一度そうなったら、相手が、その考えを修正するということは、できない。

それは、他の人が、統合失調症患者の妄想を修正できないのとおなじだ。けど、それが、他の人にはわからない。(うちにいる人以外はわからない)。なので、他の人は「家族で話し合えばいい」などという無茶なことを言う。「ちゃんと説明すれば絶対にわかるはずだ」というようなことを言う。「ちゃんと説明しないからだめなんだ」というようなことを言う。けど、それでは、「うちのなか」の現実を説明できない。


わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。