2018年11月15日木曜日

体験を通さないと絶対に理解できない

紅茶を飲んだ。
めぞん一刻を見ている。うーん。

俺の人生はなんだったのか?
ヘビメタ騒音生活でなくした力(ちから)のうち、けっこう大きな力(ちから)が、ものごとを楽しむ力(ちから)だ。どうしても楽しくない。もっとも、こういうことだって、「楽しまないやつが悪い」ということになる。そういうふうに言われる。そいつにとってはそうなのだろう。なんてたって、ヘビメタ騒音生活を五〇〇〇日も送ってないからな、そいつは。土台がちがう。まあ、人とくらべてもしかたがないけどね。圧倒的少数だから、ぼくの言っていることは普通の人には通じない。普通の人は……ヘビメタ騒音生活を体験してない人は……その人の基準で「よしあし」を考える。そして、「ようは、こころのもちようで、ポジティブに考えないやつが悪い」と判断する。

けど、ともかく、楽しくない。別の個体だとこういうことに関しては、体験がちがうので意見が一致しないことのほうが多い。体験がちがうと、言うことがちがう。

ぼくにとっても、「楽しめない」というのが切実な問題だということだ。もちろん、「意見する」そいつらは、「楽しめない」という問題を抱えてない。抱えていたとしても、程度が小さい問題だ。威力が小さい問題で、一時的に「楽しめない」と本人が「感じる」状態になっているだけだ。ヘビメタ騒音生活は、長すぎる。

理想像として、なにかに没頭すればいいとか、一生懸命に仕事をすればよいということは言われる。「俺なんて、いそがしすぎて、悩んでいるひまなんてないよ」などといいたくなる人は、それなりによい状態なのだろうと思う。けど、その人たちは経験してないからわからないだろうけど、ヘビメタ騒音プラス日常生活(一定の時刻に通うことが必要な生活)というのは、その人たちが想定しているようないそがしさではない。ちがう。ヘビメタ騒音によって押し出される、いそがしい生活は、「一所懸命に作業をしていると」ヘビメタ騒音のことを忘れてしまうような生活ではない。そもそも、ヘビメタ騒音……の連続で……「一所懸命に作業している」ときも、頭の三割ぐらいは、ヘビメタ騒音のつかれと悪寒にむしばまれている状態だ。つかれて、帰るところが、ヘビメタ騒音が鳴っている場所だというのも、頭がいたい問題だ。本当に、追い詰められる。何千日も続いた場合、本当に追い詰められるのだけど、追い詰められているときの(日常の状態)が他の人にわかるような状態ではないんだよな。だから、常に、「まとはずれ」なことを言われる。この、他人に的外れなことを言われるというのも、兄貴によるヘビメタ騒音問題の一つだ。それは、気違い親父によるハンダゴテ事件が、他の人には理解しがたい問題を含んでいるというのとおなじだ。他の人には理解しがたいというか、根本的にまったくわからない。根本的にまったくわからない人は、間違った推論をする。間違った前提で間違った推論をする。けど、「体験」にかかわることなので、その人たちは、体験を通さないと絶対に理解できない。その人たちは、事実を告げられたあとも、事実を認めずに、不可解な気持ちでいる。自分が持っている間違った認識をあらためることができない。

ともかく、ヘビメタ騒音の「いやな感じ」は、どんなにいそがしいときも、減らない。逆に、つかれたあと、増える。それは、体験から出てきたことだから、体験してない人には、根本的にわからない。わからないひとがわからないレベルで適当なことを言っているにすぎないのだけど、そのひとにとっては、「真実」と言えるものなんだよな。なので、こまる。どうしてかというと、溝があるから。そういうことを巡って、意見に対立ができる。ヘビメタ騒音を経験した圧倒的少数はの俺と、ヘビメタ騒音を経験してない圧倒的多数の他人とでは、圧倒的多数の他人の方が、人数が多いので、圧倒的多数の方が正しいことを言っているように思われる。そりゃ、多数の人(自分の感覚に基づいて)が、どちらが正しいか判断するわけだからそうなる。

   *   *   *

問題なのは、理由はどうであれ「問題を抱えているのは俺だ」ということだ。俺が、くるしい。俺が楽しくなくてくるしい。「つらいなんて感じる間もないほどいそがしければそんな問題は吹っ飛ぶ」とか「楽しい気持ちになろうと努力しないからいけないんだ」というようなことを言う人たちじゃない。その人たちは、楽しんでいるのだろう。ヘビメタ騒音に一四年間もやられなかったから、ものごとを「楽しく思う」機能が破壊されていない。なので、努力や意志の力で「楽しくなる」ことが可能だ。
けど、根本から壊されていると……あるいは、機能不全になっていると……それが無理なのだということになる。そして、機能不全になってこまっているのは「俺」であって、他の人たちではないという問題がある。

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。