2018年11月24日土曜日

兄貴の「ゆずってやった」は、親父の「ちゃんとやってやった」とおなじなんだよ


さっきもそうだけど、動けなくなっちゃうんだよな。ヘビメタ騒音のときの憂鬱が襲ってくる。

なんかいろいろやりようがあるように思うかもしれないけど、実際に、あの頻度で、ずっと鳴らされていると鳴ると、手の打ちようがない。どれも、ふさがれてしまう。戦略戦術ともに、最低になる。からだが動かないときの憂鬱な気持ちといったらない。しかも、本当に、鳴らされている生活だと、どうにもならない。糸口さえない。糸口さえつかめない。それが、あの頻度で、ずっと鳴らされるということだ。これ、本当に、気違い兄貴が、一日に三時間でもちゃんとヘッドホンをして静かにしてくれたらだいぶちがうんだけどな。それから、緊急のときには、一〇分間でも、ちゃんと静かにしてくれたらちがう。一〇分間も静かにしてくれなかった。こっちが、どれだけあせって、「これこれを探すから、静かにしてくれ」とか言っても、ちゃんとヘッドホンをして、探しているあいだ静かにしてくれると言うことがなかった。融通が利かない。気違い親父おなじなんだよな。気違い兄貴は気違い親父とおなじで、融通が気ない。もう、頑固に一秒だってゆずらない状態で鳴らしている。で、そういう融通が利かない状態でずっと、相手が言うことを無視して鳴らしてきたということが、まるで!!!!!!わかってないんだよな!!! これも、親父とおなじなんだよ。『そんなの知らない』『そんなことはやってない』と怒ったら、もう、それでおしまい。まったく関係がないひとになってしまう。こっちがピンチでこまっているとき、『ピンチでこまっているからやめてくれ』と言っても、一秒だって静かにしない態度と……『静かにしてくれなかった』と言われて『そんなのは知らない』と怒っている時の態度がおなじなんだよ。まったくおなじ。時間入れ籠(入れ子)構造。どうしてピンチかというと、気違い兄貴のヘビメタ騒音が前の日も、前の日も、三〇日前も、三〇〇日前も鳴ってたから、ピンチになっているんだよ。そういうことがまったくわかってないんだよな。親父とおなじでぇ!!! 親父とおなじでぇ!!! 本当に!!!まったく!!!!なにもわかってないんだよな!!! そういう毎日だ。そういうことが、普通に成り立つ毎日だ。いつもいつもそういうことが普通に成り立つ毎日だ。そうではない日がない。そうでない状態がない。かならず、融通が利かない。かならず、融通が利かない状態で、気違い兄貴が夢中になってヘビメタを鳴らしている。鳴らしていたら、途中で中断して、一秒でも我慢してやるつもりと言うのは、ないんだよ。だから、一秒だって中断して、ちゃんとヘッドホンをして静かにしてくれると行こうとがない。だから、ずっと鳴らしているのに、気違い兄貴は気違いだから? あるいは、気違い兄貴は気違い親父とおなじだから、ずっと、そうしているのにもかかわらず、自分がそうしているというつもりが一切合切わかない。やりきれるかぎりは、ずっとそうなんだけど、ずっとそうである限りは絶対にずっとそうであるということを、認めない。そりゃ、ずっと認めないんだよ。一年、三六五日中三六五日認めない。二四時間中二四時間、絶対の意地で認めない。そして、一日、二四時間中、二四時間、融通を利かせて、一分間我慢して静かにしてくれるということがない。たとえ、一分間でも自分が、本当に我慢するのは、絶対やってやりたくないのである。だからやってやらない。「だからやってやらない」のに、「やってやらなかった」という気持ちや認知がしょうじない。しょうじるのは「やってやった」という気持ちや認知ばかりなのである。これは、親父とおなじだから!そうなっているだけだ。気違い兄貴は実際に「やってやった」から「やってやった」という認識を持っていると……自分で思っているかもしれないけど、そういう認識自体が、問題なんだよ。それは、親父とおなじ認識システムの問題を持っているからできることなんだ。これを「やってやったからやってやった」と思っているんだよ。気違い兄貴は、事実やってやったから……「やってやったのになんだ」という気持ちがしょうじたんだと思っているわけだよ。そんなことが成り立つなら、気違い親父だって、『ちゃんとハンダゴテを出してやった』ということになる。親父の「ちゃんとやってやった」という認知が正しいということになる。けど、「やられた」気違い兄貴はそう思ってないだろう。「やってくれなかった」と思っているわけだろ。おなじなんだよ。兄貴にわかるように言っておくと、おなじ。気違い親父とおなじように、「やってやった」と思っているだけなんだよ。「ゆずってやった」「譲歩してやった」というのは、客観的には全部嘘なんだよ。こっちは、強烈にこまることしかおしつけられていない。『譲歩』じゃなくて『強烈にこまること』なんだよ。兄貴の譲歩は、親父のハンダゴテとおなじなんだよ。兄貴の「ゆずってやった」は、親父の「ちゃんとやってやった」とおなじなんだよ。

   *   *   *

兄貴の譲歩は、トラブルを引き起こすことでしかない。実際、客観的にはまったく静かにしてない。気違い兄貴は、親父とおなじなので、入学試験の前の日に一二時間、めちゃくちゃにデカイ音で鳴らしても『譲歩してやった』と思える性格なんだよ。だから、まったく気にしないで、入学試験前日も、二日前も、三日前も、三〇〇日前も、九〇〇日前も、鳴らしていたよ。一日に一秒もゆずってくれなかった。これが真の姿だ。気違い兄貴は、親父のように自分の真の姿がわかってない。正反対の姿を思い浮かべている。どうして、正反対の姿を思い浮かべることができるかというと、親父とおなじ脳みそだからだ。親父とおなじ認知システムだからだ。客観的には正反対のことを……意地になってやっているのに……『譲歩してやった』『ゆずってやった』と思える気違い認知システム。現在進行形でそうだからな。あんなにデカイ音で鳴らしているのに、『普通の音だ』と客観的な事実を無視して言うのは、使えないハンダゴテを『使える使える』と客観的な事実を無視して言うのとおなじことなんだよ。それも、あしかけ一五年毎日、通している。親父だって、ハンダゴテに関しては二日しか通してないのに、兄貴は、あしかけ一五年間通している。『通している』というのは、ここでは、おなじ態度でずっとやり続けることだ。

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。