2018年11月10日土曜日

俺の、いまの症状は、そういう地道な努力の結果なんだよ

(省略)

だから、おなじ製造ラインでつくったものにしても、差があるのは事実だ。けど、霊の差はないんじゃないか。結論としては、中古ならわかるけど、新品だとわからない。中古の場合なら、「霊」とかそういうことにこだわる人がいるというのはわかるけど、新品だとなぁ~~。新品なら、その人の「霊」やその人の精神状態の方が影響を与えそうだけどなぁ。

つかれて、注意力散漫な状態で買ったものがあるとする。その場合、注意力散漫な状態が一ヶ月以上続いているのであれば、その日に注意力散漫な状態で蒔いてしまった、トラブルのタネが開花するときもあるだろう。問題なのは、疲れ果てて注意力散漫になっているという状態だ。(買ったもののせいじゃない)。俺は、ヘビメタ騒音で注意力散漫な状態で暮らしていたから、よくこまっていたよ。

そして、ヘビメタ騒音で疲れ果てて注意力散漫な状態になっているわけだから、その注意力散漫な状態で、トラブルが発生すると、とてつもなくこまったよ。トラブルが発生してしたあと、家に帰って、そのトラブルの原因になったヘビメタをまた、聞かされてしまうので、際限なくこまったよ。ものすごくこまった。こまった。

どうしてなら、ヘビメタ騒音が一日に何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も続く状態というのが続いているからだ。そういう状態で、発生したトラブルに対応しなければならなくなる。こういうことが、一四年も、一五年も続いたらどうなるよ? 学生時代を通して続いたらどうなるよ? 二〇歳の時、すでに、九年間そういう状態が毎日続いてたらどうなるよ?

「ヘビメタ騒音のせいにするな」と他人から言われる……言われやすい状態だ。けど、本当に、ヘビメタ騒音が原因なんだよ。ヘビメタ騒音が鳴っていて、鳴っているあいだ、怒って疲れる。どれだけ、怒らないようにしても、責め立てるように、がんがんがんがんがん、ヨソの家では絶対に一分だってあり得ないようなばかでかい音でヘビメタが鳴っている。これが、どういうことだかわかるか? わからないと思う。

そりゃ、そういう一日を「実際に」経験した人じゃないとわからない。それから、そういう一日が、五〇〇〇日(以上)続いた人じゃないとわからない。これ、「そういう話しを話しとして聞いた人」と「実際に経験した人」ではちがうんだよ。量がちがう。体験がちがう。聞いてわかった人の理解というのは、聞いてわかっただけの理解だから、理解の質がちがう。話しとして理解しただけだから……。

この体験の差が、どこまでもどこまでも、俺と他人の人間関係に影響を与える。ヘビメタ騒音はそういう呪いなんだよ。誠におそろしいのは、ものについている「霊」じゃなくて、現実の人間(兄貴)がやったことだ。気違い兄貴にしたって、よその家じゃ一分だって鳴らせない、ヘビメタ騒音を、うちでは、すべての可能な時間鳴らしてたんだからな。こんなのゆるせるか? やられて、影響を受けないなんてことはないんだよ。影響を受けないように、あるいは、ヘビメタ騒音にうち勝つように、どれだけの努力をしたと思っているだ?


他の人は、そういうことがまったくわかってない。聞いて理解しただけの人はそういう、俺の地道な努力がまったくわかってない。俺の、いまの症状は、そういう地道な努力の結果なんだよ。

それでも、「気にしないように努力すればいい」「過去のことは現在のことに影響を与えない」などと言いやがる。これが、どれだけ、失礼なことかわかってない。ああっ! そういうところも、溝があるよ。でっかいでっかい溝があるよ。ふっかいふっかい溝があるよ。ヘビメタ騒音一時間で、他の人が一生のなかで経験する「いやなこと」をすべて経験しているような状態だ。いてもたってもいられない。

だれもが、おなじ経験をしたら、ヘビメタ騒音が原因で、いろいろなトラブルに見舞われることになるだろう。それは、「俺だから」ではないのである。けど、おなじ経験をしてない人にはわからない。本当にヘビメタ騒音が原因でこまっているのに、他の人は、ヘビメタ騒音の影響を過小評価する。どうして過小評価するかというと、経験してないからだ。経験すればわかる。

親友に「エイリがどんな目に遭ったか知っているけど……」と前置きされて、「どうにかならない?」と言われたときの気分がわかるか? 知っている人に言われたということがデカイ。デカすぎる。デカすぎるんだよ。「なにも言えなくなってしまうだろ」と言ってたけど、「ヘビメタ騒音にやられても立ち直ってくれ」ということ以外の話しはいくらだってできるだろ。

本当に気違い兄貴。気違い兄貴がこだわりきって、鳴らした騒音のせいでひどい目に遭っているよ。親父がこだわったハンダゴテのせいで、…『見分けがつかないバカ』のように言われたり、『ちゃんと説明ができないバカ』のように言われて、腹が立って傷ついただろ。(兄貴が、友達から、「これが使えると思っているなんておかしい。そんなこともわからないなんておかしい」と言われたということ。兄貴が、先生や友達から「お父さんにちゃんとハンダゴテのことについて説明することができないバカだ」と思われたということ。)

当の親父は、まったくそんなの知らないだろ。どれだけ言ったって「言われなかった」と思っているよ。

まさしく、それが、気違い兄貴の状態なんだよ。気違い兄貴の態度なんだよ。あれだけ昂然と、やっていることを無視してやりやがって。なにもやったつもりがないんだからな。どれだけ意地に鳴って相手が言っていることを否定したか、本人がまったくわかってない。これ、本当、言われなかったわけじゃなくて、言われたけど、本人が(相手の言っていることの意味を)よく認識する前に、頑固にはねのけたから、本人の主観としては(言われた内容について認知してない)状態なのである。

けど、無意識的にはもちろん、認知しているんだよ。どうしてなら、「怒った」からだ。怒るという反応があるということは、相手が言っていることが一時的な意味では?わかったということだ。わかったから、「なんだ!そんなのぉ!!」と興奮して、否定するのである。

わかってなかったらそういう反応があるはずがない。

「そんなの、なんだぁ」と怒り狂っているときは、自分がやったことが原因で、相手が(他人から)悪く言われたということがわかっているはずなのである。一瞬はわかったはずなのである。

で、一瞬はわかったのだけど、……これは、意味がわかったというわけで、自分が本当にその原因になっているということは、認めたわけじゃない……ただ単に、相手が言っていることの意味がわかったということだけだ。けど、「自分が不都合なことを言われた」というのは、わかるのである。もし、相手が困ったということを認めると、自分の行動に制限ができてしまうのである。兄貴なら実際に音を落とさなければならなくなる。あるいは、ヘッドホンをしなければならなくなる。……そんなのはいやだ!!! という、気違い的な、発狂的な、第一優先の無意識があるんだよ。

だから、はねのけてしまえば、そのあとのことについては一切合切考える必要がなくなるのである。これは、意地を通してやり続けるためには必要な行為なのである。「そんなの、なんだぁ」と叫んだ瞬間に言われたことを忘れてしまう……言われなかったことにしてしまう……というのも、意地を通してやり続けるためには必要な行為なのである。

問題なのは、それが意識の過程にのっているわけではないということだ。要するに、本人はまったくそのつもりがないまま、ひたすらそうするということになってしまう。

「なんだぁ!!そんなのぉ!!!」と叫んだあとは、なにも言われなかったことになってしまうで、本人は、夢中になってその問題行為をすることができるのである。

これは、叫ぶことが「なんだぁ!!そんなのぉ!!!」じゃなくて、「やってないやってない」でもおなじだ。

「やってないやってない」と叫んだあとは、その当の行為(やってないと言った行為)を夢中でやり続けることができる。それでも、「言われたことになってない」ので、相手を傷つけているつもりはまったくないのである。ようするに、相手が「こまるからやめてくれ」といったことを、そのまま続けても、まったく心が痛まない。相手が「こまるからやめてくれ」と言ってきたという記憶がなくなっている。相手は、なにも言わなかった……言ってこなかったという記憶のまま、その当の行為をやり続ける。

夢中になって、もちろん、「自分が思ったとおりのやりかたで」やり続けるのである。そりゃ、「自分が思ったとおりのやりかたでやる」ということに、気違い的なこだわりがあるので、ほんのちょっとでもゆずらない。

気違い的なこだわりを維持して、それでも、ゆずってやったという体裁を整える? ために、まったく無意味な譲歩をする。その譲歩だって、気違い側は、ものすごくやってやったと思っているのだけど、相手にとっては「ふざけるな!!」と言いたくなるような行為なのである。

気違い兄貴だって、気違い親父にやられて、怒ってたのに、自分が弟にやりつけるときは、気違い親父以上にこだわって、気違い親父以上に相手の状態を無視してやりきる。

だから、やっているのだけど……夢中になってやっているのだけど、本人はまったくつもりがない状態なのである。これは、一日に何十回言われたって、一回も言われなかった状態とおなじ状態で夢中になってやりきるということなのである。だから、気違い兄貴は夢中になって、「ヨソじゃ絶対にあり得ないようなばかでかい音で」ヘビメタを鳴らし続けるのだけど、鳴らし続けているあいだ、あたかも「ぜんぜんヘビメタを鳴らしてない」と思っているような状態が続いているのである。

で、一日に一三時間鳴らせるなら、絶対の意地で、一三時間鳴らすし、一三時間のうち一三時間かならず、「ヨソじゃ絶対にあり得ないようなデカイ音で鳴らすのだけど、「鳴らしたたつもりもない」し「そんなにデカイ音で鳴らしたつもりもない」という気違い認知が成り立ってしまうのである。

ああ~~、ちなみに、その日に何十回「やめてくれ」と言われても、まったくなにも言われなかったという認知も成り立っている。一日の終わりは、まったく、迷惑行為をしなかったという認知になってしまうのである。それが毎日繰り返されれば、五一〇〇日繰り返したとしても、一日もそんなことはしなかった。一回もそんなことは言われなかったということになってしまうのである。

そういう、他の人が考えられない気違い的な状態が……気違い的な状態でやる行為が、どれだけ他の人と俺の縁(えん)をさくと思っているだよ? これは、ほんとうにわからないよな。気違い親父が、兄貴のことを心配できなかったのとおなじで、兄貴は俺のことを心配することができない。他の人にくるしめられているならそれでいいけど、俺は、俺は兄貴にくるしめられているんだよ。

兄貴が夢中になって、一日中執着してやっている行為で、こまっているんだよ。兄貴が執着して、デカイ音でヘビメタ騒音を鳴らしているからこまっているんだよ。俺はさんざん言ったぞ。気違い兄貴は、ハンダゴテのときの親父の状態で、否定してわからなかっただけだ。

言わなかったわけじゃないのである。「言わなかったわけじゃない」ということが、(気違い兄貴は)根本からわからないだろ。それは、兄貴の頭が親父の頭とおなじだからだよ。

やってるんだよ!! 意地になってやっているんだよ!! 何回も何回も「やめてくれ」と言われているんだよ!! 現在進行形でやっているとき……現在進行形でやっていた期間……毎日ずっと、そういうかたちで、やりきったことなんだよ。「知らない」わけないだろ。

知らないわけがないのに、へーーきで「そんなの知らなかった」とか言い出すんだよ。それは、当時のそういう態度とおなじなんだよ!!!

当時からそういう態度で、ずっと鳴らしてた。ずっとデカイ音で鳴らしてた。

   *   *   *

俺が働けなくなったのは、ヘビメタ騒音時代に繰り返した、地道な努力の結果なんだよ。俺が一定の時間に通勤することができなくなったのはヘビメタ騒音時代に繰り返した、地道な努力の結果なんだよ。それなのに、俺がちょっと努力すれば働けるようになると思っている人たちがいる。俺がちょっと努力すれば一定の時間に通勤することができるようになると思っている人たちがいる。逆。真逆。どんだけのことが、繰り返されたか。どんだけのことが繰り返されたか、その人たちは、わかってないだけ。自分の体験を通して、わかってないだけ。見立てが最初から間違っている。けど、『他人』であれば……つまり、他の個体であれば、簡単に間違う。そして、その間違いを認めない。その人なかでは、(俺)は『ちょっと努力すれば働けるようになるのに、働こうとしない悪い人間(サボっている人間)』なのだ。こういう、(その人の)自我に根ざした勘ちがい。意見のちがい。見立てのちがい。

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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「公開バージョン」はもとのバージョンの一部を文脈に関係なく削除したものなので、段落と段落のつながりがおかしい場合があります。(少し不自然な場合があります)。ご了承ください。

死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。