2019年1月22日火曜日

Aさんは働けない人だと思えば良いのである



事実上働けない人のことについてちょっとだけ書いておく。事実上働けない人は、本人の経験から、『自分は事実上働けない』と思っている。

そして、これは、あたっている。

正解だ。

しかし、事実上働けない人でも、他の人から見ると『働けるように見える場合』がある。他の人から見れば、その人は働けるのに働かずにサボっている人なのである。

日本人であれば、『働けるのに働かないのはケシカラン』と思っている。なので、その人に向かって「働けるのに働かないのはケシカラン」「働けないなんていうのは、甘えだ」と言うことになる。そういう言葉が、実は、その人を追い詰める。どうしてなら、『事実上働けないから』だ。

他の人たちは、その人が実は働ける人だと思っている。めんどうくさいから、AさんとBさんとCさんに登場してもらおう。Aさんは、自分が事実上働けない人間だと思っている。そして、それは正しいとする。

しかし、Bさんから見ると、Aさんは働ける人間に見える。その場合、Bさんは、Aさんにはっぱをかけたり、働くように促したりする。

Cさんは自分が事実上働けない人間だと思っている。そして、それは正しくないとする。ようするに、Cさんは「自分が事実上働けない人間だ」と思っているにもかかわらず、働ける人間なのである。

Bさんから見ると、AさんとCさんの違いはない。AさんもCさんも「自分は事実上働けない」と言っているけど、Bさんから見るとAさんもCさんも、本当は働ける人間に見える。

しかし、自分は事実上働けないと思っているAさんの認識は正しく、自分は事実上働けないと思っているCさんの認識は間違っている……とする。

その場合、Aさんは、Bさんから説教をされて、針のむしろの上にいるような気分になる。実際、ぼくから見ると、Bさんは、Aさんを言葉の針で刺していると思う。Aさんにとっての現実というのは、だれからも、針で刺される現実なのだ

だから、Aさんがそとに出た場合、針の上を歩いているような状態になる。右からも左からも、Bさんのような常識的な人が、針をつきだしてくるような状態になる。

なので、非常に生きにくくなる。

どうしてなら、Aさんの場合は「事実上自分働けない」という認識が正しいからだ。実際に、働けないので働かないだけなのだけど、BさんやBさんに類似している人たちは、それを認めない。

BさんやBさんに類似している人たちにとっては、Aさんは働けるのに働かない人間だ。だから、言葉の針で刺してもいいということになる。いや、むしろ積極的に刺すべきなのである

しかし、それが、……そういう現実が、Aさんにとっては「たえられないこと」なのである。なので、Aさんは自殺したいと思うだろう。しかし、BさんやBさんに類似した人たちは、Aさんがそれほどくるしんでいるとは思ってない。

ここに、認知・認識の差がある。

なので、もし、BさんやBさんに類似した人たちがAさんの自殺をとめたいなら、Aさんに対する認識を変える必要がある。Aさんが言うようにAさんは働けない人だと思えば良いのである。BさんやBさんに類似した人たちがAさんは働けない人だと思えば、Aさんの自殺は食い止められる。簡単なことじゃないか! Aさんは生きやすくなる。

思うだけなら、ただでしょ。自殺対策に金がかからない。もちろん、Aさんが働けない人間なので、生活保護をもらう場合や障害年金をもらう場合は、金がかかる。けど、それは、しかたがないことだ。

CさんとAさんの区別をどうするかという問題がある。それは、まあ、医者に任せてもよいけど、本人が働けないと言っているのであれば、すべて働けないということにしておいたほうがよいと思う。

働いていると、働いていないだと、二値で考えることになるけど、実際には、少ない労働量であるにもかかわらず、たくさんの金をもらっている人たちがいる。それは、実際の給料だけではなくて、将来の年金や恩給も含んでいるとする。

つまり、たとえば、一〇〇の労働に対して、一〇〇の収入があるのではなくて、人によって、一〇〇の労働をしているにもかかわらず一〇しからもらえない人もいるし、一〇〇の労働をしているだけなのに、一〇〇〇〇ももらっている人がいる。

なので、かならずしも、働いている人はよくて働いていない人は悪いということは言えない。実際には、二値ではないのに、二値であるかのように言っている。

『働く』と『働かない』という二値で考えてしまうといろいろな誤解が生まれる。そして、働いた人は、将来の年金や恩給に関しても、働いたのだからもらって当然だと考えてしまう。

しかし、量を考える必要がある。もし、働き(労働量)に対して高すぎる賃金をもらっている人は、実は、働いていないにもかかわらずおカネをもらっている人とおなじ立場にたっていることになる。あるいは、かかる公的なおカネが、働いてない人にかかるおカネをこえてしまう。

なので、本当に公的なおカネ(財源)を圧迫しているのは、だれなのかということを考えなければならない。

あとは、生活保護の医療扶助は上限を定めるべきで、浮いた金を、より多くの人に配分するべきだ。あとは、自衛隊の恩給と高級な公務員の共済年金を減らすべきだ。ディフェンスシステムにお金をかけて、歩兵の数は減らすべきだ。ともかく、兵器システム側にシフトするべきで、自衛隊の人員を減らすべきだ。


わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。