2019年1月11日金曜日

「おカネがある」と言うことで、「おカネがある」状態になるか? 答えは、ビック・ノー


いまの仕事をかえずに、副業もしない場合は、どれだけ「おカネがある」と言っても「おカネがある」状態にはならない。「おカネがある」と言うことで、「おカネがある」状態を「召喚」することができるか?

「おカネがある」と言うことで、「おカネがある」状態になるか?

答えは、ビック・ノー。

そんなことにはならない。

『カネがある』『金が出てきた』『おカネが入ってきた』『私は、おカネがある状態で満ちたりている』と繰り返して言ってもおカネがある状態にはならない。

「おカネがないと言うから、おカネがない状態になる」……あるいは、「おカネがないと言うから、お金が逃げていく」というようなことを言う人は、そういうふうに言うだけの理由がある。こういうことを言う人は、『まにうけた人(信者)』『情報を売りたい人(コンサルタント)』『ものを売りたい人(店主、アフィリエイター)』の三タイプに分かれる。

人間は言霊に弱いので、言霊を利用した理論にはだまされやすい。どうしてそうなるかというと、大人になっても幼児的万能感が残っているからである。

人間には「呪文を唱えれば、そうなる」「呪文を唱えれば、現実世界で呪文が意図したことが現実化する」というような幼児的な万能感が残っているのである。だまされやすい人は、そういう世界観に片足を突っ込んで生きているのである。

なので、そういうことを言われると『本当にそのとおりだ』と思ってしまう場合がある。ネガティブなことは一度でも言えば、現実化してしまうのに、ポジティブなことは、何万回言っても現実化しないということに疑問を持たないと、だめだ。

実際には、確率やそれまでの状態が、『いまの状態』に影響を与えている。なので、言及されるのは、いまの状態だということになる。なので、くるしい人は「くるしい」と言ってしまう。おカネがない人は「おカネがない」と言ってしまう。しかし、それは、『いまの状態』を言っているだけなので、未来においておカネがないことの原因にはならない。これを、まず理解しないとだめだ。

ものを売りたい人というのは、アフィリエイターとかネット商店の経営者だ。あるいは、実店舗の経営者だ。誘導したい「なにか」がある。「『カネがない』と言うから金がない」という理論を展開したあと、なにか行動を起こさなければならないということを言うはずだ。この、なにか行動を起こさなければならないと語りかけること……そう思わせることが、その人たちにとっては必要なのである。

『カネがない』と嘆いている人たちに、行動を起こさせたい人が、「『カネがない』と言うからカネがないのだ」というような話しをする。『カネがない』と言うからカネがないのだというような話しをする目的は、その話を聞いた人、あるいはその話を読んだ人に、行動を起こさせたいと思っているのだ。


本当は、「『カネがない』と言うからカネがないのだ」と言ったあと、「カネがあると言えば金がある状態になる」というようなことを言えばいい。「カネがあると言えば金がある状態になる」……それでおしまいであるはずだ。

しかし、それではおしまいではない。『おカネが出てくる』と言ってもおカネが出てこない人に対して、ある行動を起こさせようとする。それが、自分のセミナーに参加することであったり、開運商品を買うことであったりするというわけだ。

あるいは、「金が出てくると言えば金が出てくる」という情報を商品にしてもいいわけだ。「カネがあると言えば、カネがある状態になる」……これは、カネがない人にとっては、ものすごく価値がある情報だ。けど、『おカネがある』『おカネがある』『おカネがある』『おカネがある』『おカネがある』『おカネがある』『おカネがある』『おカネがある』と言い続けても、たいていの場合は、カネがない状態が続く。

そりゃ、紙の椅子に座っていて、もともとの賃金や給料が少ないから、カネがない状態が続く。どれだけ『おカネがある』と熱心に何万回、言っても、カネがない状態が続く。なので、おカネがない人は、どうして、「カネがある」と言っても金がないままなのだろうかと不思議に思ってしまうのだ。

その場合、欠乏があるということだ。知りたいと思っているわけだ。だから、「おカネがある」と言ってもなかなか金が出てこない人たちにむけて、情報を売るということが成立する。本当は、「カネがある」と言えば金が出てくる……でおしまいなのである。

けど、そうならない。だから、そうならない人に向けて、どうすれば、うまくいくかという情報を教える商売が成立する。一度、言霊思考にとりつかれた人は、自分の言い方ではたりないけど、なにかもっと他に方法があるはずだと思ってしまう。これは、破綻している。もう、この時点で破綻している。「おカネがある」とヒトコト言った時点で、おカネがある状態にならなければならないのである。おカネが財布か銀行口座に入ってこなければならないのである。

だから、「おカネがないと言うからおカネがない」という話しからはじまったひとつの話しは、そこで終わらなければならないのである。どうしてかというと、「おカネがある」と言ってもおカネが入ってこないなら、あるいは、おカネがあるという状態にならないのであれば、「おカネがあると言えばおカネがある状態になる」という命題は間違っていたということになるからだ。偽であるということになる。だから、その改良型はだめだということに気がつかなければならない。


儲けたい人は言うだろう。……「『おカネがある』『おカネがある』と口に出して言うことで、おカネがある状態にするにはどうしたよいかということを考えるようになる」と。「考えたら、なにかをしようという気持ちになる。それがたいせつなんだ」と。

……いや、「おカネがある」と言った時点で、おカネがあるようにならなければならないんで~~す。もし、かりに、「おカネがない」と言うことでおカネがないのであれば、おカネがあると言った時点でおカネが入ってこなければならない。

「おカネがある」と言うこと以外に、なんらかの行動をする必要があるのであれば、それは、その行動でお金を稼ぐということなのである。あるいは、その行動で、お金が入ってくることになるのである。ならば、「おカネがある」と実際に口に出して言うことではなくて、その行動を無言のままやったとしても、おカネが入ってくる。あるいは、おカネがある状態になる。

最初に書いたように、「おカネがある」と実際に口に出して言うことに続いて、なんらかの行動を起こさせたいわけだ。「おカネがない人は、おカネがないと言うから、おカネがないのだ」という話をし始めた人は……聞いている人に、なんらかの行動を起こさせたいと思って、「おカネがない人は、おカネがないと言うから、おカネがないのだ」という話をし始めたのだ。

もう、この時点で最初の話しとは、ちがっている。最初の話しは、「おカネがないと言うから、おカネがない。おカネがあると言えば、おカネがある(状態になる)」ということだ。おカネがある状態になるには、おカネがあると言いさえすればよいのである。他のことは関係がない。他のことを出してきた時点で理論的に破綻している。

おカネがある状態にするには、たとえば、開運財布を買わなければならないのである。あるいは、もっと詳しい情報を知るためにその人のセミナーを受けなければならないのである。「信者」以外が、こういうことを言う場合は、かならず、バックヤードに商品やサービスが隠れている。

「『おカネがない』と言うからおカネがない」という話しは、そこにつなげるための導火線でしかない。
幼児的万能感を持っている人は、「『おカネがない』と言うからおカネがない」という話しに納得してしまう。「そうだ」と思ってしまう。なので、『おカネがある』と言えばおカネがある(状態になる)という話しにも納得するはずだ。

しかし、実際には、「おカネがある」と何回繰り返していっても、おカネがある状態にならない。

なぜか? 

「おカネがある」と言う言葉には、おカネを運んでくる力がないからだ。

実際には、そんな力(ちから)はない。だから、『おカネがある』と一〇〇回言っても、一〇〇〇〇〇回言っても、ない人のところにはないということになる。

だから、繰り返しになるけど、欠乏状態が生まれる。

これは「おカネがない」ということに関する欠乏状態ではなくて、お金を増やすにはどうしたら良いかということに関する知識に対する欠乏状態だ。この欠乏状態こそが、「『おカネがないと言うとおカネがない(おカネがない状態が続く)」という話をする! ……本当の目的だ。

もっと詳しい話を聞きたい場合は、お金を出せということになる。お金を出して、私のセミナーに参加してくださいということになる。

けど、ちょっと待って。

本当は、「おカネがある」と言えばおカネがある状態になるんじゃないの?

しかし、「欠乏」状態に陥っている人は、おカネを出してでも、その話を聞きたいと思う。

なので、おカネがない人から、おカネがある人におカネが流れるということになる。矢印の方向は、お金のない人→おカネのある人だ。おカネのある人と書いたけど、「おカネがないと言うからおカネがない」という話しをした人のところにおカネが流れるということになる。

(注解)幼児的な万能感を残して、呪文と空想の世界に生きるのは、悪いことではない。ただ、だまされやすくなる。

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。