2019年1月13日日曜日

本人がまったくわかってないところも親父とおなじだよ。

まあ、そうは言ってみたものの、つまらない。





まあ、ぼくが書きたいのは、ヘビメタ騒音でぼくがどんな気持ちになって生きてきたかなんだよね。



けど、アニメのストーリーに関しては、もう、本当に、定番プロットが決まっているようなところがあるんだよな。



まあ、どうでもいいや。



しかし、俺のいのちをどうするかな??

どうするかなーー

終わっているんだよな~~

ヘビメタを三年間毎日やられた時点で終わっている。眺めに考えて一四歳のときにはもう、ぼくの人生は終わっている。あとは、ヘビメタ騒音のことで人に誤解され、軽蔑され、下に見られる人生だ。



こんなのはない。



なんかの大会に出場するために、朝早い時間にあつまるというシーンを見ただけで!ものすごく憂鬱になる。



なにをするときも、気違いヘビメタが鳴っていて、弱っていた。これ、鳴らされてない人はまったくかわらないみたいだけど、本当にこたえる。



本当にこたえる。



前の日のヘビメタ騒音がこたえる。朝、ヘビメタが鳴ってなくても、夜からこたえている。深夜も、早朝もこたえている。



で、力がない状態で行くということになる。もし、ヘビメタがなかった場合の力が一〇〇だとすると、気違いヘビメタにやられて、なんかの大会に出るとすると、六から一五ぐらいの力か出ない。一番よくて、一五とかそういう状態になる。



どれだけ緊張して、どれだけ気張って、どれだけはずかしい姿を見せることになるか? できない姿をみんなに見せることになるか? 兄貴のヘビメタさえなければ……。兄貴のヘビメタさえなければ……。



前の日、一日だけヘビメタ騒音にさらされたわけじゃなくて、前の日も、その前の日も、一〇〇日前も二〇〇日前も、ずっとヘビメタ騒音にさらされているからだ。つもっている。この「つもっているじょうたい」が他の人にはまったくわからないんだよな。そりゃ、経験したことがなければわからないのだろう。話しを聞いただけでは、わからない部分がある。



たとえば、ぼくは、いま一一〇歳じゃない。で、一一〇歳の人が、『からだが弱くなって働けない』と言ったとしよう。『わかいときは、そりゃ元気だったが、いまはからだがしんどい』と言ったとしよう。



その場合、ぼくはわからない。わからないからわからない。ぼくがヘビメタ騒音やられる前の一一歳の時に「からだきつい」とか言われても、わからない。「そんなものかな」と感じるだけだ。「そんなんだろうな」と感じるだけだ。



で、一一歳の時ぼくの感じが、まさに、ヘビメタ騒音を受けてない人の……鳴らされてない人の……感じ方なんだと思う。



ヘビメタ騒音が三年間毎日つもったときのしんどさなんて、他の人にはわからない。たぶん、一一〇歳の人よりしんどいと思う。そのくらいしんどいのに無理をして、がんばっていた。『無理をしてがんばっていたならそれでいいじゃん」ということにはならない。

音を鳴らされているわけだから……よくない。がんばったから、そのあとずっと、治らないままなのだから……よくない。



しかし、がんばらずに、学校に行かなかったとしても、ヘビメタ騒音が鳴っているなら……おなじだ。学校に行った場合とおなじになると思う。



本当に、浴びてしまったら、どれだけつらいか……。他の時間、どれだけ明るく振る舞おうと思っても、元気がない状態になる。



みんな本当はそうなのに、……やられればそうなるのに……俺には元気になることを求めてくる。『暗い顔をするな』『覇気がない』『元気を出せ』と言ってくる。そういうことを言われて帰ってきたら、ヘビメタがドカスカ、ガンガン鳴っている状態だ。どれだけ、「やめろやめろ」と叫んでも……兄貴の部屋まで行って怒鳴っても、絶対に一秒もやめてくれない。



気違いだから絶対にやめない。これ、親父とおなじなんだよな。あんなに意地になって鳴らしてたのに、鳴らしているつもりがないのかよ? あれだけ、意地になってゆずってくれなかったのに、ゆずってやらなかったつもりがないのかよ? 本当に気違い。



どれだけ『こまるからやめろ』と言っても、一秒も静かにしてくれなかったのが気違い兄貴だ。毎日毎日、デカイ音で鳴らすことにこだわりぬいて、一秒も、静かにしてくれなかったのが、気違い兄貴だ。



気違い兄貴は、そんなにデカイ音で鳴らしたつもりがないらしい。あんなデカイ音で鳴らしておいて、『そんなにデカイ音』で鳴らしたつもりがないとか、本当に気違い。



兄貴、兄貴に言っておく。おまえは、親父とおなじ。本人がまったくわかってないところも親父とおなじだよ。

わからない」となったら、わからないわけで、どれだけ言われたってわからない。比喩でなくて、一〇〇〇〇回言われたってわからないままなんだよ。永遠に「そんなんじゃない」つもりのままだ。やっているときから、何回言われても、本人にはまったく関係がないことを言われてるような認識しか成り立たないんだよ。一瞬を抜かして。一瞬、わかって怒るけど、怒ったあとは本当に、まったく関係がないつもりでやり続ける。だから、どれだけ言われても、その都度怒って無視するだけで、つもらない。二秒後には言われたということがわからない状態になってしまうので、まったく気にしないでやり続けることができる。で、それを一〇〇〇〇回繰り返しても、時間が経てば……一〇〇〇〇回目言われたあと二秒でも時間が経てば、まったく言われなかったということになる。だから、一〇〇〇〇回目言われたあと、一日、時間が経てば、もう、本人にはまったく関係がないことになってしまう。自分がやってないことで文句を言われているような気持ちになってしまう。「やってないやってない」とさわぐ。気違いだからまるで悪気がないままそういうことをする。そういう嘘を言う。なおさら、一年、一〇年と時間が経てば、「そんなんじゃない!!そんなんじゃない!!」ということができる。まったく自分がやってないのに「やったと言われて迷惑をしている」という気持ちになることができる。そういう状態で、鳴らしているときは、どれだけ言われても鳴らしていた。なにも矛盾してない。わかってないのは、キチガイ兄貴と、気違い親父と、普通の人だ。常識的な人は、そういう人がいるということを認めなかったりする。認めなければ「そんな人いるのかな?」と思って、俺が言っていることを信じない状態が続く。そういう人は兄貴が嘘をついているのではなくて俺が嘘をついていると思っているわけだ。腹立たしい。

腹立たしいに決まっているだろ。けど、俺が怒った顔をすれば? 『ただ単に、『そんな人いるのかな』と言っただなのに、そんなふくれた顔をするのはおかしい』と言いやがるんだよ。『障害児みたいなやつだ』と思うわけだよ。

けど、な。兄貴よ! 気違い兄貴が気違い的な意地でヘビメタを、鳴らさなかったら、俺とそういう人たちのあらそいもない。気違い的な意地で執着して執着して、自分が思ったとおりの音で鳴らそうとしたから、あるいは、実際に鳴らしたから、そういうことになる。俺と、常識的な人のあいだで争いが始まる。気違い兄貴の態度がわからない人は、気違い兄貴のような人がいるということについて疑問をもつんだよ。気違い兄貴だって、気違い親父のことを常識的な人に話したら、わかってもらえなかったという苦い経験があるはずだ。そういう苦い経験が、気違い親父ではなくて、気違い兄貴が、ヘビメタをデカイ音で鳴らすことにこだわりぬいたから、しょうじているんだよ。俺の身に生じている。俺の人生の中で、人をかえて、ずっとしょうじている。気違い兄貴が、そういうことについてまったくわかってないのは、親父とおなじ脳みその構造を持っているからだ。まったく無頓着。「やってないやってない」「ゆずってやったゆずってやった」と言えば、それで、すんでしまう。まったく気にならないことになってしまう。それは、鳴らしてたときからずっとそうなんだよ。俺が、俺にとって大事な日、あるいは、大事な日の前、『ヘビメタを鳴らさないでくれ』とさんざん言ったのに、無視して、すべての可能な時間、気違い的にデカい音で鳴らした。だから、鳴らしているんだよ。けど、気違い親父とおなじ脳みその構造持っているから、それがわからない。意地になってやったことは、ぜんぜんやってないことなのである。現在進行形で!! 言われれば、「なんだそんなの!」と顔を真っ赤にして怒り狂って、はねのけてオシマイなんだよ。はねのけたら、もう、ないんだよ。本人のなかにはまったくないんだよ。だから、安心して?無視して、その当の行為をやり続けることができる。やり続けているのだからやり続けているのに、所定の時間まで気違い兄貴の気がすむまでやり続けているのに……とちゅうでやめてやったことなんて、一回もないのに、「譲歩してやった」「ゆずってった」「そんなことはやってない」と思っている……思っている状態になってしまう。その日のうちに「そんなことはまったくやってない」と思っている状態になってしまう。本人が気のすむまでやって、一一時一一分にやめたなら、もう、一一時一二分から、一日中「そんなこと」はやってないと思っている状態になってしまう。晴れ晴れだ。まったく気にしてない。まったく気にしてない状態ができあがる。けど、俺は大事な日の前、そういうやり方で、最低六時間四五分、ヘビメタを浴びせられて、つらかったよ。その日が日曜日なら一二時間以上鳴らされてつらかったよ。
わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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「公開バージョン」はもとのバージョンの一部を文脈に関係なく削除したものなので、段落と段落のつながりがおかしい場合があります。(少し不自然な場合があります)。ご了承ください。

死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。