2019年1月20日日曜日

●フローとストック 言霊と開運財布と社会構造


●フローとストック 言霊と開運財布と社会構造

「カネがないと言う※から※カネがないのだ」ということが真実であれば、「カネがあると言えば、カネがある状態になる」ということも、高確率で真実であるはずだ。

言霊が成り立つなら、どんな場合でも言霊は成り立つ。ヒトコト言えば、そうなる。「おカネがない」と言うときにだけ、言霊が成り立って、「おカネがある」と言うときは、言霊が成り立たない……なんてことはない。

おカネがあるかどうかは、「収入と支出」と「いままでにどれだけおカネをためたか」で、決まる。「あるある」と言うこと、あるいは「ないない」と言うことで決まるわけじゃない。おカネがある状態というのは、「おカネがある」「おカネがある」と口癖のように言うかどうかとは関係がない。

おカネがあるかどうかは、「収入と支出(フロー)」と「いままでにどれだけおカネをためたか(ストック)」で、決まる。

収入は高ければ高いほどよくて、支出は低ければ低いほどいい。

長期にわたって、収入が支出を大きく上回っていれば「おカネがある」状態になる。

まあ、「収入と支出」はフローで「いままでに貯めたおカネ」はストックだ。

もしかりに、収入と支出がイコールであれば、おカネは貯まらないということになる。もしかりに、支出が収入を大きく上回っているいるなら、それは、問題だ。ストックがある場合は、ストックが減っていくということになる。また、ストックがない場合は借金をするということになる。

なので、おカネを貯めるには、長期間にわたって「収入の方が支出を上回っている状態」を維持すればよいということになる。これだけ!!


「おカネがある」「おカネがある」「おカネがある」と呪文のように繰り返していても、収入と支出がイコールか、あるいは収入よりも支出が上回っていれば、おカネがない状態になる。

「おカネがない」と言っている人は、長年、実際におカネがないから、おカネがないと言っているのである。「おカネがない」と言うことがおカネがないことの原因ではないのだ。

逆に、「おカネがある」と言っている人のところにおカネが実際にあったとしても、「おカネがある」「おカネがある」ということ自体は、おカネがある理由ではない。

もしかりに、「おカネがある」と言っている人のところに、おカネがあるなら、その人は収入の方が支出を上回る状態を何年間も何十年間も維持してきた※から※、おカネがあるのだ。おカネがある人のところに、おカネがあるのは「支出よりも収入が上回る状態を維持してきたから」にすぎない。

まあ、例外的に宝くじに当たった場合も、カネがある状態になる。この場合は、短期間だけど「支出よりも収入が、大きく上回る状態を維持してきた※から※カネがある状態になったということだ。

いずれにせよ、「あるある」とか「ないない」と言っていたからではなくて、実際の収入と支出の差が「ある」状態と「ない」状態の差を生み出したということが肝心だ。そっちに注意をむけなければならない。

宝くじに当たった人でも、そのあと浪費して、ストックを使い切ってしまえば、おカネがない状態になる。宝くじを当てた人が金持ちなのは、宝くじを当てたからだ。「あるある」と言った※から※ではない。

「宝くじが当たる」「宝くじが当たる」「宝くじが当たる」と言ったにもかかわらず、宝くじが当たらなかった人は、おカネがないということになる。

なのであれば、「宝くじが当たる」「宝くじが当たる」「宝くじが当たる」と言ったかどうかは、宝くじが当たるかどうかにはまったく関係がないということになる。

宝くじを当てて……おカネがある状態になったとしても、ストックを使い切れば、おカネがない状態になってしまう。それは、貯めたおカネ、あるいは、あるおカネを使い切ってしまうという行動が原因だ。「おカネがない」と言ったから、おカネがなくなったわけじゃない。

けど、おカネがなくなってしまったのであれば「おカネがない」と言う回数は増えるだろう。それは、お金を使うときに、あるいは、お金を使おうとしたときに、そう感じるからだ。「おカネがない」と言う※から※、おカネがない状態になるのではなくて、おカネをストック以上に使ってしまったから、おカネがない状態になるのだ。

どうしてこんなことがわからなくなるか?

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。