2019年1月17日木曜日

たまたま起こったことなのか、繰り返し起こったことなのか 悪意はあるのかないのか


あー、言いたいことはいろいろある。おもにヘビメタ騒音とヘビメタ騒音その後についてだけど。これが頭のなかをまわっている。




俺がどういう気持ちで生きてきたと思っているんだ? 気違い兄貴! どれだけのことがしょうじたと思っているんだ? 気違い兄貴! おまえ、本当に無視して、頑固に鳴らしてたな。

一日中、すべての時間、鳴らしてたな。俺が、どれだけ「やめてくれ」「これこれこうだから、静かにしてくれ」といっても、無視して鳴らしてたな。これ、ただ単に無視するだけじゃなくて、言われたということで、一瞬、怒る。怒ったあとは、完全に関係がないひとになってしまう。

これ、気違い兄貴にわかるように言っておくと、気違い兄貴が「ハンダゴテではじをかいた」と気違い親父に言ったときの態度とおなじだから。親父のハンダゴテのときの態度や反応(二回)と、兄貴のヘビメタ騒音のときの態度・反応(数万回)はおなじだから。

「これこれ、こういうことで、こまった」「これこれ、こういうことではじをかいてこまった」……こういうことが、その問題を引き起こしている当の本人に……つ・た・わ・るということが、永遠にないんだよ。

うちの特徴のひとつ。うちで、よくあることの特徴のひとつ。

普通の人の常識を無視して、気違い的なことにこだわって、絶対にゆずらないでやりきるやつが、普通の人なら絶対に簡単に理解できることを、意地になって認めない。腹を立てて認めない。

で、そのあと、押し切るわけだけど、本人は押し切ったというつもりがないんだよ。まったく関係がないひとになってしまうから。これが他の人にはわからないんだよな。ちなみに、本人もわからない。

本人が一番わかってない。

けど、かならず、そうなる。何万回でも何十万回でもおなじシーンが繰り返されてしまうのである。じゃあ、何十万回も言われた方は、何十万回も言われたという意識や認識があるかというとないんだよ。

意識も認識もない。普通にやりきる。いつもおなじなのである。たまたま、意地を張って怒ったというわけではないのである。これも、ヨソの人にはわからないんだよな。

そして、認知療法家は、たまたま起こったケースを使って、気にするのはおかしいという理論を展開する。

たとえば、本当にいたずらで、背中を押されて、プールに落ちた人がいるとする。その人が、それ以降、水をおそれていたとする。で、たまたま起こったことをずっと気にするのはおかしいという例に使う。

相手の悪意だって、相手には本当に悪意がないということになっている。実際そうなのだろう。この、プールサイドに座っていたとき、親に背中を押されて、プールに落ちたあと、水恐怖症になった子供の場合はそうなのだろう。

けど、それと、うちのあれは、ちがう。

ぜんぜんちがう。

たまたまじゃない。

それから、親や兄貴に悪意はない。人格として、性格として、常にそういうふうに反応しているだから、本人が意識するようなかたちでは悪意がない。けど、どれだけ言ってもやめてくれなかった。何十万回言われても、おなじ反応をした。おなじ行動をした。……これが重要!!

親や兄貴が、精神病質者である場合と、いたずら心?がある親や兄弟の場合はちがう。やった方を第一者、やられた方を第二者だとすると、第一者が普通の人なのか、精神病質なのかでちがいがある。

水恐怖症になった子供の場合は、その子が「もう、プールサイドで背中を押すのはやめてくれ」と言ったら、そのあと、その親はプールサイドで背中を押すことは一回もなかったわけだろ。ぜんぜんちがう。

こういうちがいも認めずに「おなじだ」としてしまう認知療法家?や認知療法家もどき、認知療法家信者は、もうちょっと、いろいろなケースについて考えた方がいいよ。

「どのみち、そんなものだ」と考えている。「どっちにしろ、かわらない」と考えている。こういう、あほな考えが、どれだけ人を傷つけるのかわかってない。頭がおかしい家族にやられた人は、傷つく。

おなじだと言われれば、傷つく。ちがうからね。話しの根本がちがう。たまたまの話しと、繰り返される話しをおなじようなものだと考えてしまう。たまたま発生したことと、第一者の性格が原因で繰り返し発生したことを、区別してない。どっちだっておなじだと思ってしまう。



   *   *   *


ともかく、そとに出たいので、背中を押してくれ。
これまた、ヘビメタ騒音以降の「みち」をとぼとぼ歩くことになるんだけどな。すべてのことが亡霊のようだ。

しかし、他の人にはまったくわからないのだろう。本当に、どれだけやられて、どれだけ反抗して、どれだけ疲れ果てたか。まわりのやつらの反応は、それぞれ、頭にくるところがあるけど、かりに、まわりの人が理想的な反応をしたとしても、気違い兄貴が、あの意地でヘビメタを鳴らしている状態が続くかぎり、無理だった。

で、七年続いた時点で、終わっている。七年続いた時点で終わっている……これも、他の人にはぜーーんぜん、わからないことなんだよな。

他の人はヘビメタ騒音とヘビメタ騒音に関連した出来事について、軽く考えすぎている。まあ、わからないのだからしかたがないのだろうけど、それにしても、ひどすぎる。『ヘビメタなんて関係がない』と言ったやつの●●●●●●●●●●●●●●●。

まあ、こういうことを言えば言うほど、ひとがはなれていくわけだけどな。うまく考えられている。気違い兄貴が、親父のまねをして、俺を孤立させるために、気違いヘビメタを鳴らし続けたんだな。

気がつかないで鳴らし続ける。

気がつかないで鳴らし続けるということには、そういう意味がある。もちろん、いまのは冗談で、気違い兄貴が考え抜いて、そうしたわけではない。「やったってやってない」という態度を貫き通したわけじゃない。

本当に、病気だから、そういうことを、そういう態度でしていたというのが本当のところだろう。けど、意図せずにやったことであるにしろ、相手がこまることを、発狂的な意地でやり続けて、なおかつ、発狂的な意地で「やっている」ということを否定し続けたことには、かわりがない。実際にやりきったというのは、意図してやったのとおなじだ。

そういう効果がある。

やられた方にそういう効果を及ぼす。

けど、これ、心理学者を含めて、どれだけの人が理解できるんだ?


まあ、心理学と言っても、臨床系じゃない心理学者がいることは理解しているよ。そんなのは、当然だ。けど、子供の発達障害がご専門の心理学者がどの程度、俺の言っていることが理解できるか、わからないところがある。信用してない。
わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。