2019年1月27日日曜日

「こんなのたいした音じゃない」「なんだなんだ」と言って、あらがえるわけだよ



起きて、お湯やお茶や紅茶だけ飲んだ。
そろそろなにかを食べるべきだ。
起きたとき、インターネットが不通だったが、いまはなんとか動いているみたいだ。しかし、かわりばえしない毎日だな。
かわるわけがないか。基本的に、ヘビメタ騒音で「いたんで」いる。くるしいんだよ。他の人には絶対にわからないけど。これがどれだけ俺の行動を制限しているか? 俺のハッピーな経験を阻害してきたか? 気違い兄貴はまるでつもりがないのだけど、ぜんぶ、やっている。この「ぜんぶ」というのは本当に全部だ。可能な限り、デカイ音で、可能な限り長い時間、可能な限り長い期間、ヘビメタを鳴らしている。限界まで鳴らしている。なのにまったくつもりがないという気違い的な認知。そして、そういう認知しかない、毎日。毎日がつらいんだよ。毎日。だれに言ってもわからないとは思うけど、ぼくは毎日つらい。いまでもつらい。眠る前、ヘビメタ騒音のことを考える。考えると言うよりも浮かんでくる。ともかく、つらい。他の人にはわからないだろうけど。

他の人は「いろいろとやりようがあったのではないか」と思うかもしれないけど、最善の道でこれだ。気違い兄貴が不通に静かにしなければ……つまり、よその家にいるつもりで静かになければ……どの道を通っても、失敗する。できない。これも、言霊信仰者は「失敗する」というから「失敗したんだ」など言って、攻撃してくる。既にヘビメタがはじまっていた。気違い兄貴が気違い兄貴モードでヘビメタを鳴らしていた。そして、気違いだから、どれだけなにを言っても、不通に不通の声が届かない。気違い兄貴に言っておくけど、気違い兄貴の態度は、親父の態度とおなじだから。気違い兄貴は、親父にどれだけ腹を立てたんだよ。その気違い兄貴が腹を立てた、親父の態度で、ヘビメタを鳴らしてたんだよ。弟にどれだけなにを言われても、親父の思考、親父の感覚、親父の態度で、否定して、自分がやりたいことを一〇〇%、通した。そして、まるでやったつもりがないのである。これも、親父の感覚だとそうなる。気違い親父はとりつかれたように、気違い的な主張をしていたけど、気違い親父はそれら全部を覚えてない。「やってない」つもりだ。「やった」と言われたら「やってない」と怒っておしまいだ。やり方が、やりたいことを通しているときとおなじだ。こんなもの、やったつもりがないのだから、責任を感じるわけがないだろ。本人は、まったくやったことがないと思っているのだから。「そんなの、なんだ」と言ってやり通しているときとおなじ態度で「やってないやってない」と言ってしらをきる。しらをきるというよりも、本当に、否定しているときはやってないつもりなのである。否定しているときだけ、気になるのである。だから、いわれて否定していないときは、なにも考えてない状態なのである。なにも感じてない状態なのである。だから、その状態でやっていることが、わからない。自分にとって不都合なことを言われたら、怒って否定する。気違い兄貴だってやっただろ。あんなにデカイ音でずっと鳴らしているのに、「デカイ音で鳴らすな」と言われたら、「こんなのたいした音じゃない」「なんだなんだ」と言って、あらがえるわけだよ。それは、親父が「このハンダゴテは使えない」と言われたときの態度とおなじなんだよ。まっーーったくおなじ。知らないのは本人だけだ。本人だけは、二四時間中二四時間知らないままなんだよな。だから、そういう毎日が続いても、知らないままだ。そういう毎日が何十年間続いても、本人は、毎日やっていることを知らないということになる。正直に言えば、こういう感覚は、やられた人じゃないとわからないだろう。こういう感覚が成り立っている人間がいるということが、他の人、ヨソの人にはわからない。なので、ぼくがへんなことを言っていると、ヨソの人は思う。「そんなのいえばいい」「言えばちゃんとわかってくれる」「ちゃんと言わないからだめなんだ」。普通の人は、普通の人だから気違いじゃないけど、解釈がちがうんだよ。どうして解釈がちがってくるかというと、現実認知に差があるからだ。うちの状態なんて、うちの人にしかわからない。これが問題だ。
わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。