2019年1月21日月曜日

何万回「やめろ」と言われても、まったく関係がないつもりで「やりきる」


世間は、クリスマスイブらしい。他の人のブログを見て、気がついた。あーー、ぜんぜん気がつかなかったよ。

ぼくの頭にはヘビメタ騒音の悪夢が色濃く残っていて、ずっと、それとたたかっている。たたかっている状態だ。ヘビメタ騒音のクリスマスなんて、めちゃくちゃに決まっているだろ。あしかけ一五年ヘビメタ騒音以降のクリスマスなんて、ひえひえで、さみしくて、憂鬱で死にそうな気持ちになってすごしているに決まっているだろ。どれだけ、気持ちを盛り上げようとしても無理なんだよ。ヘビメタ騒音以降、他人は、とげとげだ。これがわかるか? この意味がわかるか? 気違い兄貴のやつ自分が夢中になってやっているだけで、やっているあいだどれだけ何回、「やめてくれ」ということを言われても、わからないんだよな。言われたことになってない。一日に一四時間こだわりつくして、絶対にゆずらないで、頑固に、自分が満足できるデカイ音で鳴らしていても、本人は、一四時間、ずっと静かにしてやったのとおなじ気持ちでいる。あるいは、最初から、鳴らしてないのとおなじつもりでいる。最初から鳴らしてないので、ヘビメタ騒音がなんなのかわからないといった気持ちとおなじ気持ちでいる。そりゃ、たとえば、自分がヘビメタを一日に一分も鳴らしてないのに、「ヘビメタ騒音を鳴らすな」と言われたって、頭にクエスチョンマークが浮かんだ状態になるだけだろ。一四時間鳴らしてないのに、『兄貴が一日に一四時間も鳴らすからつらかった』と言われたって、『なにを言っているんだ?」と思うだけだろ。それとおなじなんだよ。それとおなじぐらいに、関心がない。『関係がない』と思っている。気違い親父とおなじように、気持ちがくっついてないんだよね。やりたいときは、自分がやれればいいわけで、それ以外のことは一切合切、関係ないわけ。「やめろ」と言われたら、それは、やりたい自分にとって不都合なことだから、無視しておしまい。この無視が、普通の人間の無視じゃなくて、『言われた』ということも、無視して、なくなくっちゃっている状態なんだよな。だから、次に『兄貴が一四時間鳴らしてたから、うるさくてこまった』と言われたら、自分の行為と関係があることを言われているように思えない。思うことに失敗する。自分人関係がないことを言われている』『自分が、自分に関係がないことで文句を言われている』というような『胸くそ悪い気分』になる。で、胸くそ悪い気分になったら、無視しておしまいなんだよ。だから、永久これが繰り返される。何万回言ってもおなじだ。自分に関係がないことで文句を言われているような気にしかならない。で、もうひとつの自分は、やりたいことは絶対の意地で自分が思ったとおりにやりたいわけだから、まったく無視して、自分がやりたいように、思った通りに夢中になってやる。それが、九三デシベル付近の音で、ヘビメタを鳴らすということであれば、絶対の意地でそうする。だから、そうしているのだけど、「そうしている」というつもりが、いつもない。ヘビメタを鳴らしているということ自体や、エレキギターを弾いているということ自体は認識しているけど、ほかの家では絶対にあり得ないほど大きな音でヘビメタを鳴らしているということ自体や、ほかの家では絶対にあり得ないほど大きな音でエレキギターを鳴らしているということ自体は、認識してない。そういう認識のまま、大きな音で鳴らしているとき、「ヘッドホンをしてくれ」とか「静かにしてくれ」ということを言われると、怒って無視する。それは、親父が怒って無視したのとおなじなのである。兄貴に、『ハンダゴテが使えなかった』という都合が悪いこと……その時!の親父にとって都合が悪いこと……を言われて、怒っている親父とおなじなのである。で、自分が怒ってしまえば、それでおしまいだ。感情が切れている。自分が怒って『無視すれば』あったってないことになってしまうのである。だから、まったく気にしないで、その行為を続けることができる。その行為を続けているのだから、続けているわけで、また、言われる可能性があるのだけど、言われるまでは、まったく言われなかったのとおなじ気分でやりきることができる。で、つぎ、言われたときもまったくおなじ反応で切り返す?!!! ……おなじ反応しかしないので、何万回「やめろ」と言われても、まったく関係がないつもりで「やりきる」ことができるのである。「やりきったら」それがどれだけ長い期間でも、やってないのとおなじなのである。一五年間こだわりつくして毎日やったことでも、「やった」と言われたら「そんなんじゃない!!そんなんじゃない!!」と親父のようにいいきることができるのである。兄貴は……。兄貴は親父とおなじだから、その時不都合なことを言われたら、その時、否定しておしまいなのである。まったくなにも残らない。反省なんてするわけがない。なんてたって、「やってない」と思っていることなのだから、反省できるわけがない。「そんなんじゃない」のだから。

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。