2019年2月20日水曜日

やっぱり、俺の人生がない。 これは、きつい。

やっぱり、俺の人生がない。
これは、きつい。

ヘビメタばっかりの人生だったな。
ヘビメタで恥をかいてばかりの人生だったな。
これ、他の人には、わからない。

うちでだけ異常な人がいる場合、うちでだけ異常な人がそとの人から悪く言われることはなくて、うちでだけ異常な人にやられている人が悪く言われるんだよな。親父も兄貴も、そとっつらがよくて、うちっつらが悪い。よそのひとには一秒だってやらないことを、うちの人には、一日に二四時間やっても、まるでなにも感じないんだよ。あたりまえだと思っている。だから、「やめろ」と言われると腹を立てる。腹を立ててやりまくる。けど、「やったつもり」がないんだよ。それは、一日に二四時間やってもそうなんだよ。一日に一五時間起きていて、一五時間やったとしても、まるで、「つもりがない」んだよ。やっているさいちゅうでさえ、どれだけ言われても「悪気がしょうじない」。「あたりまえだ」と思っているから。あたりまえの権利だと思っているから、別にどれだけ言われても悪いとは思わない。逆に、「言われたら」腹を立てる。そりゃ、自分がやりたいことを、自分がやりたいかたちでやりたいわけだから、それが邪魔されるとなったら、発狂して腹を立てる。けど、それが済んでしまえば、「腹を立てた」ということも、腹を立てて認めない。それは、「腹を立てた」ということが、その時の兄貴や親父にとって、不都合なことだからだ。気違い兄貴の場合、鳴らしているときに「やめろ」言われたら、不都合なことなんだよ。だから、怒って鳴らし切る。けど、「鳴らし切った」「どれだけ言ってもやめてくれなかった」ということを、言われると、それはその時の気違い兄貴にとって、不都合なことだからおなじように腹を立てて否定する。否定しているわけだから……。デカイ音で鳴らしているときだって、デカイ音で鳴らしているということを、否定して腹を立てて、デカイ音を鳴らし続けるということになってしまう。こういう反応は、気違い兄貴に特有で、つねにそうなるんだよ。ときどき、そういう反応をするというのではなくて、つねに、そういう反応をかえしてくる。自分が鳴らしたい音で鳴らしている時に、「そういうデカイ音で慣らすな」ということを言われると腹を立てる。もちろん、無視して、頑固に鳴らすわけで、ゆずらない。けど、「言われたのに」……「ゆずってやらなかった」という気持ちもないんだよ。だから、それの繰り返しになる。気違い兄貴は、気違い親父とおなじでやりたいとなったらやりたいわけで、本人が自動的にやっていることを、やめさせられるとなったら、発狂して怒る。手がつけられない状態なんだよ。殺して静かにさせないと、絶対に、静かにならない。気違い兄貴が「ゆずってやった」としても、それは、もとの音と聞き分けることができないほどうるさい音なんだよ。自分のやりたい音でやりたいということに、気違い的なこだわりがあるのだから、絶対にそういう線*1では、ゆずらない。要するに、効果的に、ちゃんと違いがわかるように、静かにしてくれない。最大限譲歩して、こういう状態だ。たいていの場合は、譲歩をまったくしないまま、鳴らし続ける。気違い兄貴のなかでは、「この音でならしていい」ということになっているで、気違い親父がこだわりの方法にこだわるように、こだわってそうする。で、そういうときの態度全般が、よそのひとにはわからない。だから、やられた人が困る。ずっと困り続ける。まるまるしたくなる。

気違い兄貴や、気違い親父が発達障害なのに、まるで、俺がコミ障であるように言われる。どうしてかというと、他の人には、気違い兄貴や気違い親父の意地がわからないからだ。「そんなの言えばいい」と考える人は、「エイリさんがちゃんと言わないからだ面だ」と考える。そういうふうに考えるやつは、エイリさんがコミ障で、「いいたいことをちゃんと言えない人だからそうなるんだ」と思っている。そういう前提がある。

こういうことは、他のことにも成り立っている。


*1普通に効果があるレベルではという意味。たとえば、ヘビメタをフォークギターぐらいの音まで落として鳴らすということは絶対にない。普通のレベルまで落としてくれなかったら、意味がない。
わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。