2019年3月23日土曜日

「そうしてやろうと思って」意識的にやっていることではないからこそ、問題がある

睡眠リズムがボロボロなんだけど、今日は、午前三時ぐらいに起きた。眠ったのはいつだかわからない。たぶん、午後六時ぐらいだと思うけど七時になってたかもしれないし八時になってたかもしれない。

今日は、ATMで振り込みをしなければならないので、セブンイレブンに行った。帰りに安い自動販売機まで歩いて行って、炭酸ジュースとバナナジュースを買った。なんか、オレンジの炭酸飲料が飲みたくて、八〇円で売っているのはそこだけなので、そこで買った。しかも、わざわざ、コの字型に遠回りをした。これは、自動車が多い道をちょっとでもさけるためなのであ~~る。まあ、散歩だからね。わざわざ、遠回りをした。午前五時ぐらいだと、自動車もそんなに多くない。けど、走ってはいる。

ぷらーっと、歩いていると、まるで、夕方のような気分になった。夕方のやなぎ荘の気分なんだよな。あるいはまるまる中央図書館の付近を歩いているような気分になった。朝は、街の感じが夕方っぽい感じになるときがある。まあ、実際には「のどかな夕方」で夕方の方が自動車も歩行者もバイクも多い。

普段、モニターばっかり見ているので、遠くの景色を見ると、目がなんかおかしい感じがする。焦点が合わないような感じといった方が正確か?


ぼくの柳荘時代はヘビメタ騒音時代なので、なんとも言えない破綻した気持ちと、もやもやした気持ちがつきまとう。風景に、雰囲気につきまとう。時間の雰囲気につきまとう。まるまる中央図書館だって、ヘビメタ騒音で汚染された図書館だ。けっこうくるしい。ヘビメタ騒音がその時点で八年間毎日積み重なっていて、自宅浪人だったので、ずっと、ヘビメタ騒音が毎日、積み重なっていた時期だ。くるしい。この、家にいる時間は勉強することができないという破滅感や不安は言いようがない。

気違い兄貴は、気違い親父とおなじだから……頭の作りがまったくおなじだから、どれだけなにを言われても、「言われたときだけ」真っ赤になって怒っておしまいなんだよ。〇・一秒で忘れる。それに、怒っている最中も、「自分がやっていることを邪魔するな」ということで怒っているわけで、「相手がこまる」ということは、いっさいがっさみと認めてないのである。

ともかく、夕方の風景にしろ、朝の風景にしろ、ヘビメタ騒音にまとわりついた、不愉快な感覚がある。不安な感覚がある。気違い兄貴の無視のしかたが親父とおなじなんだけど、無視している以上は、どれだけやったって、やったことになってないというのもおなじだ。

どれだけこだわってこだわって、夢中になってやりきっても、やりきった途端に「やってない」ことになってしまうのである。あるいは、夢中になってやりきっているあいだ、その当の行為をやっている気持ちがなのである。

それは、その当の行為というのが、相手にとっての当の行為だから、相手にとっての当の行為を、一切合切認めなければ……どれだけ「うるさいからやめてくれ」「こまるからやめてくれ」と言われても、相手が「うるさいと思っている」ということと、相手が「自分の騒音でこまっている」ということを認めなければ、(どれだけやたっって)やったことになってないのである。本人のなかでは、現在進行形でやったことになってない。

だから、まるで悪いと思ってないのである。「悪い」と思う気持ちがまったくない。「悪いことをしている」「迷惑をかけている」と思う気持ちがまったくないのだから、どれだけ長時間鳴らしても、まったく悪いと思わない。鳴らしている瞬間瞬間、悪いと思わないわけだから、一日に一四時間やっても……こだわりつくして絶対にゆずらないで一四時間鳴らしても、まったく、悪いと思わないのである。

悪いと思うことに失敗する。

そういう毎日なんだよ。

だから、毎日そういうことをやっても、まったく、つもらない。やっている方にはつもらない。毎日、何十回「こまるからやめてくれ」と言われても、「相手がこまる行為をしているつもりがない」ままずっとやり続ける。

だから、それをあしかけ一五年間毎日続けても、「ぜんぜん」反省しないのである。ぜんぜん「かかわりがある」とは思えない。自分がやった行為だとは思えないのである。

だから、「こういうふうにした」「こういう音で鳴らした」ということを言われると……一五年目、あるいは一六年目に言われると、「鳴らしてない」「そんなんじゃない」と言い出す。

これも、親父がこどもを毎日、きちがい的な理由で虐待していたときとおなじなんだよ。親父だって、毎日毎日、わけがわからないきちがい的な理由で怒りまくっているのに、本人は「まったく」そのつもりがないわけだから。ゼロたすゼロはゼロなんだよ。最中からやっているつもりがないから、一五年間毎日やったって……家にいるときは、本人が眠っている時間と、風呂に入っている時間を除いて……すべての時間やってたとしても……「ぜんぜんやったつもりがない」ということになる。「ぜんぜんやったつもりがない」ということは、本人の主観としては「ぜんぜんやってない」ということと完全にイコールなんだよ。

これは、親父も兄貴もおなじだ。兄貴が親父のコピーなんだよな。兄貴がヘビメタ騒音でやったことは、親父が、いまできちがい的な理由で怒り狂っていたことのコピーなんだよな。やり方がおなじなんだよ。

やりきっちゃえば!都合が悪いことは認めない状態になる。これは、やっている最中に都合が悪いことを認めないというのとおなじだ。兄貴だったら、気違い的にデカい音で鳴らしているということをまず認めない。

「こまるからやめてくれ」と言われたら、頑固にそのまま鳴らしまくるけど、そのまま鳴らしているということを認めないということとおなじだ。鳴らしている時点では、「相手がこまっている」ということと「デカイ音で鳴らしている」ということを無視して認めないのである。それは、言い方を変えれば「不都合なことは認めない」ということなのである。

現実を無視して、認めない。

認めなかったら、本人のなかではやってないことになっている。だから、やっている最中からそうなんだけど、やり終わったら、今度は「そういうふうにしていた」ということが不都合なことになる。だから、「そういうふうにしていた」ということも、命がけで、否定して認めないということになる。で、本人が、怒って!!……これ、やっぱり、まっかな顔をして怒るわけだけど……本人が怒って!!否定したら、もう、それで終わっている。本人のなかではそれで終わっている。

最中も、やり終わったあとも「不都合なことは認めない」。最中も、やり終わったあとも「自分にとって、認めると不都合なことになることは命がけで認めない。で、感情の爆発があって、爆発的に怒ったら、本人のなかでは終わっているのである。そうやって、現実を無視して、「認めたら不都合なこと」をやりきる。だから、どの時点でも反省せずにやりきるということになる。どの時点でも、「やってない」ということになる。本人の主観としてはやってないというとになる。

だから、時間がずれているだけで、やっていることがおなじだということになる。不都合なことは、意地でも認めない。認めてしまったら、自分が損をすることは、気違い的な意地で現実を無視して認めない。そうしてやったことは、やったということを認めない。これは、無意識的な過程で「そうしてやろうと思って」意識的にやっていることではないのである。だから!問題なんだよ!! これ!!

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わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。