2019年4月6日土曜日

つかれた

つかれた。本当につかれた。

どうするかな。コーヒーをちびちび飲みたい。けど、いま飲めば蕁麻疹が出ることがはっきりしている。もう、雰囲気でわかる。



まじめに言ってつかれた。



けど、ここで寝てしまうと、夜眠れなくなる可能性が高くなるので、横になるわけにはいかない。ちょっと横になっただけで眠ってしまう可能性がある。けど、つかれた。



もう、いいや」という気持ちがまた強くなった。これは波のように襲ってくるな。枯渇しているんだな。体力・気力リソースが枯渇している。いま、人と会ってどうのこうのという気持ちにはなれないしなぁ。おしいれの工事はなるべく早くやらなければならない。ネズラスにやられるわけにはいかないのだ。けど、あそこに入って作業するとなると、いろいろとたいへんなんだよ。作業のあと風呂に入らないとダメだし。



あんまりやりたくない。けど、本当にコーヒーが飲みたい。ああああっ。コーヒー飲みたい。コーヒー。



いま、紅茶を飲んだけど、紅茶じゃないんだー

コーヒー、飲みたい。



やらなきゃなぁ……と思うことは、けっこうある。

人と会う気力がないようなことを言ったけど、気を遣わなくていい、既に同居している、女の子のことは抱きしめたいな。既に同居しているというのが、きもね。そんな人いないけどさ。抱きしめたい。



けど、まあ、ひとりで気楽というか……少なくても相手の生活を稼がなくていい状態は気楽だと言えば気楽だ。あとは、世間的な男性に求められる役割をしなくていいというのは、楽だ。ひとりのことで、いっぱいいっぱいだからね。ヘビメタ騒音以降、もう、いっぱいいっぱいだよ。パンク、破滅している。既に、パンク、破滅している。パンク、破滅している人こそ、さみしいのだ。だから、ジレンマがある。



買い物とか掃除とか作業とか、いろいろとやらなきゃならないことがある。掃除を少しずつでもいいからすすめていかないと、たいへんなことになる。家の掃除がたいへんなんだよ。「これ、どうするんだよ」と思うときがある。皿のセットとか捨てちゃおうかな。あんなの使わない。売るわけにもいかない。ちゃんときれいなセットじゃないからね。食器棚に入っている食器は、使わない。むだな鍋もたくさんある。これは、どうしてそうなってしまったかというと、悲しいお話があるのだ。鍋を巡る……めんどーーな話がある。まあ、それも、一方の主役がいなくなれば、むだなものでしかない。少しずつ、捨てていくしかない。(いや、一方の主役がいても、むだなものはむだなものなんだけどね)。ゴミを捨てられない人はいるからね。俺も、そういうところはある。



ともかく、つかれたな。というのがある。つかれた。



さて、今日は、なにをするかな?

ゼリーとジュースを買いにいかないとなぁ。あとは、長ネギと肉かな。

「もーーつかれた」という気持ちがある。気違いヘビメタにやられた次の日の朝「もーーつかれた」のピークだった。もう、あれ、動くか死ぬかで、しかたがないから、動いただけで、つねに毎日、限界値を超えていた。つねに毎日限界をこえて、不可避的にがんばっていた。そりゃ、死ぬわけにはいかないから、動くしかないのだけど、ヘビメタ騒音でつらい。昨晩のヘビメタ騒音でつらい。昨日の、あかるい時間からはじまった夜の長い長いヘビメタ騒音でつかれた。ヘビメタで眠れない状態というのが、そのまま再現されてしまう。昨日もそうだった。これ、日時を決められると、ヘビメタ騒音で眠れなかったときとおなじ状態になってしまうんだよな。起きれるかどうか心配になって眠れなくなる。遅刻しないかどうか心配になって眠れなくなる。ほとんど眠ってない状態でむりやり動いているときの状態が、想起されて、つらくなる。本当に毎日『死ぬか動くか』を突きつけられて、くるしんでいた。動くしかないから動いているけど、死体に鞭を打って動いているようなものだ。ヘビメタ騒音生活というのは、そういう、つらいことだ。鳴っているときだけ、うるさいと思うようなことではない。けど、普通の人は、そういうことがわからない。もちろん、言えば理解できる人はいるけど、その人が自分の経験として、俺とおなじぐらいのヘビメタ騒音を俺とおなじ時間の長さ聞いたわけではない。そういう経験があるわけではない人だと、やはり、その人が想像するヘビメタ騒音と、俺が経験したヘビメタ騒音のあいだに差があるということになる。あるいは、その人が想像するヘビメタ騒音のつらさと、俺が経験したヘビメタ騒音のつらさが大きく違うということになる。そうなると、言うことが違ってくる。で、そういう認知の差が、……要するに、喧嘩になって現れる。ダイヤともそうだったんだよな。だから、本当に気違い兄貴が、気違い的な意地でヘビメタを鳴らしたから、親友と絶交したということになる。そうするしかない。だいたい、ヘビメタが鳴ってなかったら、俺は、ヘビメタが鳴っているときよりもズッと勉強ができて、親友にも、友達にもいい影響を与えることができたはずだ。ヘビメタ騒音で勉強することができないということが、親友にも友達にも悪影響を与える。俺の勉強のことなのだけど、あんまりいい影響を与えない。気違いヘビメタというのはそういう騒音だ。これが、他の人にはわからない。どれだけのハンディとなって現れるか……。どれだけ、他の人が俺のことを認識するときの指標になるか。ヘビメタ騒音のハンディを抱えている俺は、本来の俺ではない。他の人はみんな、ヘビメタ騒音というハンディを抱えてない。ヘビメタ騒音を抱えている俺は、不可避的に他の人に迷惑をかけるような状態になっている。そりゃ、遅刻にしたって、忘れ物にしたって、試合中のうっかりミスにしたってそうなんだよ。ヘビメタ騒音で全体的な能力が下がった状態になっているから、他の人から見ると、俺がそういう人間だと見える。こういう障害なんだよ。そして、なんて言うのかな? それは、説教をしたくなるようなところなんだよ。たとえば、遅刻は、どうだ? 遅刻をしたら、説教をしたくなるだろ。遅刻をするやつは、遅刻をしないやつよりもだめなやつに見えるだろ。だらしないやつは、だらしなくないやつよりも、だめなやつに見えるだろ。気違いヘビメタ騒音で、身だしなみを整える時間も体力もない。家に帰ったら、午後一一時一一分までずっとひたすら、ヘビメタ騒音が鳴っている状態だ。それが毎日あたりまえだ。休みのは日朝から、夜の一一時一一分までヘビメタがガンガン鳴っている状態があたりまえだ。こんなの、ない。普通の家だったら、一日に一〇分間だってあり得ない音なんだよ。でかすぎるという意味で。気違い兄貴が自分のヘビメタじゃない音を、一〇分間あの音で聞かされたら、一〇分間「うるさいうるさい」と思って頭にくるような音なんだよ。不可避的に頭にきて、気になるような音のデカさなんだよ。不可避的に。けど、気違い兄貴にしてみれば自分がやりたい大人ので『このくらいの音で鳴らしたっていい』『うちでなら、このくらいの音で鳴らしたってかまわない』と思って、気違い親父のように頑固に鳴らすわけで、殺さなければ、やめさせることができない。頭がおかしいから、迷惑をかけているつもりがない。やっていいことをやっているというつもりしかない。本当に自分が我慢して譲るつもりなんて、一秒間だってないんだよ。もし、一秒間我慢させられたら、一秒間、本気で怒る。「こんなのやってられるか」「どうして、我慢しなきゃいけないんだ』と怒り狂って、一秒後には、ガンガン鳴らし始める。殺さなかったらやられる。そういうことの繰り返しだ。毎日・毎時間・毎分・毎秒……そういうステータスなんだよ。相手はそういうつもりで、頑固にずっと鳴らしているんだよ。これが俺の責任だというのか?

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



人気の投稿

「公開バージョン」はもとのバージョンの一部を文脈に関係なく削除したものなので、段落と段落のつながりがおかしい場合があります。(少し不自然な場合があります)。ご了承ください。

死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。