2019年4月29日月曜日

家族として一緒に住んだ人じゃないとわからない


うむ。正直言ってつまらない。

いま、冷えたハンバーガーを食べている。正確にはチーズバーガーだ。けど、チーズバーガーもハンバーガーの一種なのでそう書いた。しかし、チーズバーガーというのは、マクドナルドのチーズを挟んだハンバーガーのことなので、一般的な名称ではない。冷えたチーズを挟んだハンバーガーを食べていると書くべきなのだろう。しかし、これだと、冷えたチーズというとになってしまう。チーズを挟んだ冷えたハンバーガーが適切であろう。



と、まあ、くだらないことを書いたけど、楽しくない。



お湯が沸いたので、これからお紅茶を飲むぞ。ブルジョワだ。お紅茶だからな。



もう一回、横になるかな。



実はあんまり、楽しいことを考えられない。これは、一五年間のサイコパスヘビメタ騒音という特殊事情によるものだ。なので、他の人はまったくわからないだろう。どれだけ、これで、他の人とのあいだに溝ができたか。どれだけ、これで、本来の自分の状態とのあいだに差ができたか。



こんなのない。本当は、だれだって、耐えられないのに、そういうことを家で、日常的に経験した人がいないから、ヘビメタ騒音の影響がわからないのである。普通の騒音、普通の人間態度を想定してものを考えるので、たいした騒音じゃないということになってしまう。あるいは、騒音が鳴ってたにしろ、自分だったらできるということになってしまう。実際に、一メートル横で、あのサイコパス騒音が鳴っている状態を経験すればわかるのに。これは、兄貴でもおなじだ。兄貴だって、ちがう音がヘビメタ騒音とおなじ音のでかさで鳴っていたら、一分で、ぐちゃぐちゃな気持ちになって、腹が立って腹が立ってしかたがない状態になり、他の作業ができなくなるのに……そして、それが一日に一〇時間続いたら、夜眠れなくなり、また、からだにその騒音が残っている状態で、次の日の朝を迎えて、くるしむのに。次の日の日中も、まるで、船酔いをしているように、あるいは本当に酒が残っている状態でくるしいのとおなじような状態で、実力が出せず、どれだけがんばっても元気が出ない状態でくるしむのに……やられたことがないからわからないんだよな。親父の態度でヘビメタをけたたましい音でヘビメタを鳴らしたわけだけど、親父はでかい音でなんかの曲を聞くということはなかった。親父のサイコパス的な態度は、他のことで発揮されたのである。騒音で発揮したのは、サイコパス兄貴だ。これ、本当、サイコパス兄貴はまったく気がついてないけど、うちの人に対する態度とヨソの人に対する態度がちがう。新しい家族は、ヨソの人なのである。だから、一日に一分だって、騒音でくるしめるということをしない。そんなのは、できない。そんな悪いことは、自分の嫁さんや、嫁さんの家族にはできない。兄貴が、やったっていいと考えるのは、実家の家族の構成員だけだ。生まれ育った家のメンバーには、どれだけ、やったっていいのである。それは、サイコパス親父が保証していた。サイコパス親父の態度がまさに、それだからな。そして、本人はまったく気がつかない……さらに、どれだけ言われても気がつかないというところまで、そっくりだ。全部おなじ。親父の騒音バージョンが、兄貴なのだ。親父も兄貴も、うちでだけ、そうなる。だから、ヨソの人は、わからない。関係がないヨソの人は中立的な立場でものを聞こうとするので、必然的に、サイコパス兄貴の味方になる。だいたい、そんな、家のもめごとに巻き込まれたくない。やられた方に「それでもちゃんとしっかりしなければだめじゃないか」と言うのが落ちだ。それが、常識的な人の態度だ。頭にくる。こういう状態なら、中立的な立場というのは、サイコパスの見方だということなんだよ。凸型のサイコパスの味方。



あとは、本人は毎日やられてないので、やはり、「じぶんのたちば」で常識的なことが言える。自分の立場というのは、教師なら教師という立場ということだ。やられてない教師は、教師という立場でものを言う。普通のことを言う。つまり、「ちゃんとやらなきゃだめじゃないか」ということを言う。「遅刻しちゃダメじゃないか」ということを言う。「忘れ物をするな」と言う。やられてない他人の言葉というのは、究極的な状態でやられている人間のこころを傷つけるのである。ヨソの人にはわからないようなサイコパス的な態度で、サイコパス的な感覚で、サイコパス的なことをやる。やりきる。そしてやりきったら、絶対の意地で認めない。こういうセットが、どれだけ人を傷つけるか。そいつは、息を吸うようにそういうふうに「なっていて」別に自分の意思でそうなっているわけじゃないんだぞ。これが、どれだけ残酷でやっかいな問題かわかるか? サイコパスと一緒に住んだ人じゃないとわからない。うちでだけ狂うやつと、家族として一緒に住んだ人じゃないとわからない。これが、どれだけ人を傷つけるか。で、一五年でも二〇年でも、やったやつは、わからないんだからな。この「わからなさ」が、また、他の人の常識をこえる「わからなさ」なんだよ。あれだけこだわってやったのに、まったく本人がやったことじゃないと思っている。で、そういう思考回路も、やっているときとおなじなのである。意地になってやっているときとおなじ思考回路で、自分がやってきたことを、がちゃめちゃに、否定する。で、否定したら、その瞬間に、関係を忘れる。関係がないひとになってしまう。そういうことの繰り返しだ。やっているときからそうなんだよ。

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



人気の投稿

「公開バージョン」はもとのバージョンの一部を文脈に関係なく削除したものなので、段落と段落のつながりがおかしい場合があります。(少し不自然な場合があります)。ご了承ください。

死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。