2019年5月12日日曜日

おなじ言葉なのだけど、あらわされている内容が違う

起きてから二回目のご飯を食べた。内容は、昨日買ってきたコロッケ。まあ、コロッケもうまい。ぼくは揚げ物をそんなに食べない人間なんだけど、昨日から今日にかけて、とても食べたくなっている。揚げ物ばっかり食っているなぁ。それに、マーガリンとか。あんまり普段は食べなものを食べている。

あとは、身体的につかれたなというのがある。あとは、明日、午前九時まで行かなければならないところがある。時間を決められるとやばいんだよな。そういうからだになってしまった。一五年間の日部メタ騒音で。

で、こっちには書くべきではないのだけど、やっぱり、しんどいわけよ。本当に根本的につらい。つかれた。これで、だれかいい人と会う約束があったとしても、しんどいわけだから……。こういうことなんだよ。ぼくに好意を持っている美少女や趣味趣向があういいやつと会うにしろ、しんどくてつかれていて、浮かないところがある。楽しくない部分がある。疲労のなかに「とけていく」感じがする。いっしょにいて、も、たいしておもしろくもなく、楽しくもない。
ヘビメタ騒音というのは、そういうものなんだよ。人間をそういうものにしてしまう音なんだよ。
ヘビメタ騒音が七時間鳴っている日というのは、だいたい、二〇時間ぐらい気を張り詰めて働いて、二時間ぐらいで移動や移動の準備をして、二時間ぐらい横になっている日とおなじだ。本当はこれよりもつらい。ヘビメタが七時間鳴っているということは、二〇時間働いているのよりもつかれる。つかれかたが半端じゃないのである。ほんのちょっとうるさい音で一時間ぐらい鳴っていたというわけではないからな。俺の話を聞いても、そういうふうに誤解するやつがいるんだよな。そんなものじゃないと言っているのに。その人の騒音体験がそういうものなのだろう。だから、そういう騒音体験をもとにして、騒音のつかれを「おしはかる」のだろう。けど、ちがう。これ、一日は二四時間だから、おかしな話になるけど、あのヘビメタを七時間鳴らされ続けるということは、労働時間にすると、だいたい、四〇時間ぐらいだ。一日に四〇時間ぐらい、気を張り詰めて働くの同じようなストレスがかかってしまう。一日に四〇時間はおかしいけど、労働のストレス量と「うちの」ヘビメタ騒音のストレス量を考えるとそのくらいになる。毎日四〇時間以上の労働をしているのとおなじストレスがかかる。そういうめちゃくちゃな状態だ。ほんの少しの睡眠で、回復できるわけがないだろ。そして、一五年という期間の長さが問題だ。これ、本当に、「なりおわったらかんけいがない」と言う人がいるけど、底まで長い期間やられると、終わってからも、ずっと、尾を引く。体の疲れが残る。感じ方がおかしくなる。『楽しい』と感じる能力がなくなる。しかし、これも、一五年間そういう目に遭ってきた人じゃない人に『楽しい』『楽しい』と言えば楽しくなるのにそういう努力をしないからだめなんだとだめ出しをされるようになる。『楽しく感じない』なんていうのは、そいつがわるいという理論だ。『楽しく感じようとしないのがわるい』『考え方がネガティブだからわるい』『過去のことは過去のことなのに、こだわるからわるい』と間違った理論を展開しやがる。その間違った理論の根底には、その人の騒音体験がある。その人の考える『騒音』といったものとぼくが実際に経験した気違いヘビメタ騒音はちがうのである。『騒音』というおなじ文字であらわされているにもかかわらず、俺が騒音と言う場合と、その間違った考えをもっている人が騒音と言う場合は、まったく違った意味合いをもつ言葉になってしまうのである。おなじ言葉なのだけど、あらわされている内容が違う。

ともかく、気違い兄貴の態度でやられると、気違いヘビメタ騒音を体験してない人から、俺が軽く見られるのである。『楽しみを感じない』ということだって、自己責任だと彼らは言っているのである。そんなのは、楽しみを感じるようにしようとしないおまえがわるいと彼らは言っているのである。このダメダシ。こいつらは実際に実際のヘビメタ騒音を経験してない。これは、走ったら息があがるということを、走ったことがまったくない人が理解してないのとおなじだ。人間の体の反応としてそうなるということが理解できてない。あまりにも特殊な経験だから、理解できないのはわかるけど、愚かだ。だいたい、こいつらは、「(おまえが)わるい」とは言ってないと言い出すと思うけど、じゅうぶんに言っている。

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一キロ走った人が、走り終わったあとしばらくぜいぜい言ってたとしよう。そのとき、一度も走ったことがない人が「走り終わったのだから、ぜいぜいいう必要はない。走り終わったのだから過去のことは関係がない」とか「激しく呼吸をしようとするから、ぜいぜい言っているんだ。激しく呼吸をするのをやめようと思えばぜいぜいぜいいう必要はない(激しく呼吸をする必要はない)」ということを言ったらどう思う?
おまえは、走ったことがないからわからないだけだろと思うだろ。そういうことだ。

過去のことって、走っているさいちゅうのことな。関係、あるじゃないか。走ったから、走り終わったあとも、しばらくのあいだぜいぜい言う。激しく呼吸をしなければならない状態が続く。
まあ、こういうことを言うと、「しばらく」のあいだだけだろと思う人がいるかもしれない。これは、短期的な影響と長期的な影響の二種類があると思っていい。ヘビメタ騒音が鳴っていた日、たとえば七時間ヘビメタを鳴らされ続けたあと、眠れなくなるのは、「しばらくのあいだ」の影響とおなじだ。それと、ヘビメタ騒音を一五年間やられたあと、一六年目以降「楽しく感じることがなくなってしまった」というのは、たしかに違う。けど、これは、モデルが違うだけなのである。この場合は、三〇年間チェーンソーを使っていたから、三一年目、チェーンソーを使っていなくても、手が震えるといった例や、一〇年間ボクサーをやったから、引退したあともパンチドランカーの症状が出たという例とおなじだ。要するに、短期的な反応と長期的な反応があるということだ。

ぜいぜい言うというのは、激しく呼吸することだとする。この場合、「ぜいぜい言うのをやめよう」とか「ぜいぜいいう必要はない」と何回も言っても、やはり、ゼイゼイ言うのではないか。それは、からだが、酸素を必要としているからである。いままでのマイナス分を取り戻そうとしているのである。その場合、『必要』はあるわけで、『必要がない』とは言えない。ストレッサーに対する反応は、「ひつようだからやっている」という部分がある。というか、体にとっては必要なことなのである。問題なのは体の反応に対して、ストレッサーが強すぎたときだ。また、ストレッサーの持続が、長すぎたときだ。
ともかく、走ったことがない人が「ぜいぜい言う必要はない」などと冷ややかに言ったとしても、それは、走ったことがある人にはとどかない。「おまえ、なに言っているんだ」という話になる。ヘビメタ騒音にかんしてはそれとまったく同じ話なんだよ。けど、違うところがある。それは、走ったことがない人はきわめて少数であるのに対して、「うちのあにきの」ヘビメタ騒音をあびたことがない人がきわめて多数だからである。原理はまったくおなじだけど、立場(けいけんのあるなし)が違うので、おなじ話だということがわからないだけだ。普通の人にはわかるわけがない。






わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。