2019年5月21日火曜日

ヘビメタ騒音でだるいと言っても、だれもわからない

ヘビメタ騒音でだるいと言っても、だれもわからない。
本当のところは、だれもわからない。

おなじ経験した人じゃないとわからない。みんな、「ヘビメタ騒音なんてどれだけ鳴ってたといっても、たいしたことはないんだろ」と思っているのだろうか? そう思うやつは、四割ぐらい入るだろう。頭にくる。まるまるまる。あー、本当につかれた。本当につかれた。もう、ぼくは限界だ。つかれた。

けっきょく、他の人にはわからないつかれにとりつかれたまま、生きていくしかないか。ぼくががんばって生きてたころ、どれだけつらかったか。ほんとうに、みんな、俺ががんばって元気を出せば言い」と思っているわけだからな。逆なんだよ逆。俺ががんばってしまったから……騒音なかでがんばってしまったから、だめになっている。不可避的にだめになっている。たとえば、問題なのは、一年に二〇回三〇回、遅刻した日じゃないんだよ。そうじゃない。一年に数百数十数日、ヘビメタ騒音が前の日の午後一一時一一分まで、ガンガン鳴っているにもかかわらず、……がんばって起きて通ってしまった日が問題なんだよ。わかってない。どれだけつらいか。そして、ヘビメタ騒音がない人と、ある人の差がでかすぎる。これは、ヘビメタ騒音がない人にはまったくわからない。だから、とんちんかんなことを言う。俺はもう、たえられない。俺が悪く言われる。ありきたりの、俺に負担がかかりまくるアドバイスをされる。それは、もうだめだからだめなんだよ。それをやって、破綻しているんだよ。ヘビメタが積み重なっていた日々、それをやって破綻している。(アドバイスの実際の内容は)破綻の原因のひとつなんだよ。いいことじゃないんだよ。首を絞めるわるいことなんだよ。俺の首を絞めまくるわるいことなんだよ。

ああ、それから、休めば回復すると思っている人たちがいる。そういう前提で物事を話すな。頭にくる。そうではない場合がある。休んだってよくならない場合がある。どれだけ休んだってよくならない場合がある。

それから、たとえば、ちょっとした風邪をひいている人に、「ちょっとは体を動かしたほうがいい」とアドバイスすることと、ひどい病気にかかって体を動かすと、動かしたぶんだけわるくなってしまう人に対して「ちょっとは体を動かした方がいい」とアドバイスすることは違うことだ。普通の場合は、それは、見てわかるか医者が診断してわかる。けど、ヘビメタ騒音に対するアドバイスというのは、わからない。要するに、アドバイスするほうが、なんて言うのかな、考え違いをしている。ヘビメタ騒音を体験した人が俺だけで、他の人は、ヘビメタ騒音を体験していないので、体を動かしてはいけない重病人に対して、「ちょっとは体を動かしたほうがいい」とアドバイスをしているのとおなじ状態になってしまう。比喩的に言うとそうだ。

俺にアドバイスをしてくれる人は「気違い兄貴のヘビメタ騒音」を経験してない。気違い兄貴のヘビメタ騒音が数千日、積み重なった場合、どんなことになってしまうかということが、その人たちは、経験を通してわかっているわけではない。体のことなんてわかるわけがない。その人たちが経験している「騒音」とぼくが経験している「騒音」がはなから違うために、わからない。わかってない。その人たちは、ぼくの騒音がわかってない。兄貴のヘビメタ騒音がわかってない。兄貴のヘビメタ騒音について、その人の騒音体験をもとにして話しをすることになる。けど、これは、間違っている。前提がぜんぜん違う。

俺のことは「おいていってくれ」とだれもが言いたくなると思う。あんな態度でおなじことをされ続ければ、そういうことになる。学生時代を通してずっと毎日、ああいう態度で……気違い的な態度でずっと、鳴らされ続けたら、だれだってそう言わざるを得ないような状況に追い込まれる。経験してないからわかってないだけ。自分のこととして経験してないから、想像がおよばないだけ。

おれのことはおいてってくれ
おれのことはおいてってくれ

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。