2019年6月23日日曜日

基本的な事実を認めないということと、相手が困っているということを認めないというのは違うことだ


2019年06月23日18時49分12秒
起きてしまった。この時間に起きるとやばい。これからたぶん、明日の午後一時まで一睡もできないだろうから、午後一時から一睡もできないまま動くことになる。そのあとは、いつ解放されるかわからない。
やばい。なんとか、午前五時あたりから、午前一〇時ぐらいまで眠りたい。けど、たぶんそれは無理。今日もやってみたんだけど、けっきょく、無理だった。午前一〇時ぐらいから眠りたくなる。今日はそれで眠れたけど、明日は、それだとやばい。

ヘビメタ騒音にやられて睡眠回路がこわれた。もちろん、気違い兄貴は、弟の睡眠回路を壊してやろうと思ってヘビメタを鳴らしたわけじゃない。ヘビメタを、自分の満足できる、でかい音で鳴らしたわけじゃない。

けど、そういうことを毎日一四年以上やっていれば、こっちの睡眠回路はこわれる。高校三年生のときに限界だったんだよ。ヘビメタ騒音のなかにいるときの気分が並みじゃない。ヘビメタ騒音が終わったあとの気分が並みじゃない。

全部、壊された。

絶対に、言うことを聞いてくれなかった。

親父とおなじなんだよ。

自分の気持ちしかない。

自分が一〇〇%の音で一〇時間鳴らしたいなら、絶対に一〇時間、一〇〇%の音で鳴らしてゆずらない。そういう毎日だ。三〇〇〇日に一日ぐらい、一〇時間一〇〇%の音で鳴らしたいとき、九時間五五分を一〇〇%の音で鳴らして、五分間だけ九九・九%の音で鳴らすということをする。

〇・一%ゆずってやったということになる。その日、けっきょく、一〇時間うるさくしているのに、五分間ゆずってやったから、しずかにしてやったということになる。そういう日が三〇〇〇日に一日ぐらいある。
けど、それは、親父の譲歩とおなじで、気違い兄貴が勝手に思いついた譲歩をしているだから、こっちは、ずっと困り続けている。その「ゆずってくれた五分間」ですら、気違い的にデカい音で鳴っているのだから、こまる。静かにしてもらってない。

けど気違い兄貴は、気違い兄貴のやり方でしずかにしてやったから、「しずかにしてやった」という記憶が残る。「しずかにしてやった」と認識している状態になってしまう。

こういうやり方だ。

で、わざと意地悪で「しずかにしてやった」と思っているわけじゃないのである。本人の脳みそのなかでは本当に静かにしてやったつもりなのである。だから、「しずかにしてやったのになんだ」と本気で怒り狂って、絶対に言うことを聞かないで、残りの九時間と五五分間うるさくする。

言っておくけど、気違い兄貴が「しずかにしてやった」つもりの五分間も、よその家ではあり得ないようなでかい音で鳴らしている。本人の耳が悪くなってしまうようなでかい音で鳴らしている。しかし、気違い兄貴は「しずかにしてやった」と思っている。「しずかにしてくれなかった」と言われれば「しずかにしてやったしずかにしてやった」と気違い親父とおなじように反対語を返す。あるいは、押し黙っている。で、そのまま、気違い兄貴がやりたいようにヘビメタを鳴らす。体は、気違いヘビメタを鳴らすように動く。あれ、鳴らしてんだろ。けど、本人は、「しらぬぞんぜぬ」なのである。

全部毎日が、おなじだ。気違い兄貴が鳴らし始めてから全毎日がおなじ。一四時間鳴らせるなら一四時間そういうモードで鳴らすんだよ。たとえそれが、俺の試験前で、俺がさんざん「にゅうしだからやめろ」と言っても、気違い兄貴は、鳴らしてなんとも思わない。あるいは、「しずかにしてやった」と思っているだけだ。「悪い」とか「迷惑をかけている」とは思わない。

さらに言ってしまえば、「でかい音で鳴らしている」とも思ってないのである。そういう意識、そういう認識、そういう認知。そして、そういう時間だ。この時間が長すぎた。気違い兄貴が、普通に存在すれば、そういう意識、そういう認識、そういう認知で、ガンガン鳴らし続ける。でかい音で鳴らしているのに、でかい音で鳴らしているなんて思ってない。

俺がさんざん「こまるからやめてくれ」と言っているのに自分の音で弟が困っているなんて、絶対に思わない。わからないままなんだよ。
それは、親父が、使えないハンダゴテを兄貴に押しつけて、兄貴が、親父が押しつけたハンダゴテのことで困っているということを認めないのとおなじなんだよ。
兄貴は、ちゃんと説明している。普通の人なら絶対にわかる説明をしている。気違い親父が普通の人じゃないから、わからなかっただけなのである。ようすに、これに関しては、兄貴の説明不足ではないのである。こういうことが、他の人にはまったくわからない。「おとうさんにちゃんといえば(おとうさんは)わかるのに、あなた(あにき)がちゃんといわなかったからわるい」というような解釈をしてしまう。

親父は、相手が(兄貴が)自分(親父)の押しつけたハンダゴテで困っているということは、認めない。空想的に妄想的に「つかえる」のである。「つかない」ということを認めると親父が困るから、絶対的な意地で認めない。

兄貴も、自分の音がデカイということを認めると自分が「普通の音」で鳴らさなければならなくなるから困るわけ。「異常にでかい音で鳴らしたい」わけだから、「普通の音でしか鳴らせない」ということになったら、兄貴が困る。

我慢できない状態になる。ヨソでは我慢しているわけだから、ほんとうは我慢できないなんてことはないのだけど、「うち」では親父とおなじように、我慢できない。無自覚だけどモードを切り替えている。うちモードとヨソモードを切り替えている。

だから、空想的に妄想的にでかい音で鳴らしているということ自体を認めない。気違い兄貴が認めなければ、気違い兄貴の体どれだけやってたってやったことにならないんだよ。そういう人格、そういう世界だ。


うちはそういう「世界」なんだよ。これが、普通の人にはわからない。だから、「ちゃんとせつめいすれば、わかるのだから、ちゃんとせつめいすればいい」などと言いやがる。「ちゃんとせつめいすれば、あいて(あにき)はわかってくれるのだから、ちゃんとせつめしないあなた(エイリ)がわるい」という前提で、「ちゃんとやってくれないこまるだろ」ということを言ってくる。

「ちゃんとやる」というのは、たとえば、「遅刻をしないでちゃんと学校にくる」ということだ。前提に「おにいさんにいえば、おにいさんはしずかにしてくれるはずだ」というのがある。

あるいは、「どれだけでかい音で鳴らしていると言ったって、そんなにでかい音で鳴らしているわけがない」いとうような前提がある。ほんとうに頭にくる。電車の音とか、カラオケの音とは違うから。もう、質が違う。俺は幼稚園の騒音には耐えられるのだから、騒音耐性は普通か普通の人以上にある。

その俺が、真横で鳴っている気違い兄貴の騒音には耐えられないといっているんだよ。それを……。それを……まるで、俺が音に対して神経質だからダメなんだというようことを言うやつまであらわれる。そいつは、俺の部屋で気違いヘビメタがどんな音で鳴っているか、知らない。一度も聞いたことがない。それなのに、そういう前提でものを言う。頭にくる。頭にこないわけがないだろ。

   *   *   *

厳密に言うと、基本的な事実を認めないということと、相手が困っているということを認めないというのは違うことだ。親父の場合はハンダゴテが使えないということを認めないし、兄貴の場合は、自分が鳴らしている音が強烈にデカイ音だということを認めない。認めたら、親父の場合は、新しいハンダゴテを買ってやらなければならなくなるし、兄貴の場合は、普通の音で鳴らさなければならなくなる。

だから、こういう基本的な事実を認めないというところがある。それとは、別に、「相手が困っている」ということをまったく認めないというところがある。基本的な事実を認めないということと、相手が「それで」困っているということを認めないということは、厳密に言えば、違うことだ。けど、くっついている。

   *   *   *

できれば眠ったほうがいいのだけど、眠れるわけじゃないし、どうするかな? 体を疲れさせて、午前六時から午前一一時ぐらいまで、仮眠するかな? けど、それは、今日、こころみてだめだったことなんだよな。今日だけじゃなく、きのうも、おとといも、さきおとといも。

どうすっかなぁ。

けっきょく、他人はヘビメタ騒音を六時間以上浴びせられたあとの精神状態と身体の状態がわからない。精神状態といったけど、脳みその状態な。あれは、ほんとうおかしい状態になっている。脳みそが興奮して眠れない。けど、死にたくなるような気持ちがあるし、しんどい。このしんどさが、ほんとうに他人にはわからない。学校に行けば、「普通の状態で暮らしていること」を普通の状態で求められるのでくるしくなる。たとえば、ヘビメタ騒音を六時間浴びせられたあと、眠れずにいって、知能検査を受けた場合、ヘビメタ騒音がない状態で暮らしているときの知能と、前の日もヘビメタ騒音を6時間以上浴びせられて、一睡もできなかったときの知能は違う。前の日眠れなかっただけじゃなくて、二日前も、三日前も、四日前も、三〇〇日前も六〇〇日前も九〇〇日前もじゅうぶんに眠れない状態で知能検査を受けるわけだから、そりゃ、結果が違う。体力測定おなじだ。だいたい、成長期に、午前二時から午前四時ぐらいまで、ちゃんと眠れないということは、成長自体に影響を及ぼす。なんてたって、一一歳の時から二五歳まで続いたわけだから……。中学の一三歳、一四歳、一五歳、高校の一六歳、一七歳、一八歳を、すっぽり包み込んでいる。あの六年間、一日だけぬかして、ほんとうすべての日、ヘビメタを聞かされた続けた。怪音波を聞かされ続けた。鳴り始めたら、何時間も鳴りやまない。どれだけ言っても、六時間以上やられる状態が続く……これだけで、普通の人とくらべた場合、どれだけの差がついているかわからない。勉強だけじゃないんだよ。

知能テストといったけど、「精神力」とか「我慢強さ」というような場合もおなじだ。気違いヘビメタにやられて、はかる状態では、我慢強さがなくなっている。ヘビメタ騒音を前日、前々日、三日前、四日前とずっと、一日に六時間以上やられて、体力の限界に達している。そのとき、平等に、我慢大会をやったらどうなるか? 我慢強さをはかったらどうなるか。精神力を測ったらどうなるか? 俺の成績がいちじるしく悪いということになる。我慢強くないということになる。精神力がないということになる。ヘビメタ騒音にやられながらも、がんばりきって、日常生活を維持している俺が、そういうふうに言われる。結果が出たら、できるやつが、できないやつをバカにする。できるやつが、できないやつを「俺よりものこくらいおとっている」と見なすことになる。俺にはヘビメタ騒音のハンディがある。そいつにはヘビメタ騒音のハンディがない。これは、「他人にどう言われても気にする必要はない」というような問題とは違う。

できるやつは、できるという立場で、できないやつに、いろいろとえらそうなことをいうことになる。たとえば、朝一定の時間に起きることができない人間に対して、朝一定の時間に起きることができるやつは、できるのだからという理由で、えらそうなことを言うことになる。

おまえ、ヘビメタ騒音のハンディがないじゃないか? どうして、どうして、えらそうなことを言える? おなじ条件ではかったわけじゃないぞ。おなじ条件ではかったわけじゃないぞ。

けど、たとえば、おなじ時刻に、おなじ条件で試験を受けたとすると、おなじ条件ではかったということになってしまうのである。

たとえば、学校でおなじ時間におなじ条件で「我慢大会」をやったとすると、おなじ条件で我慢大会に参加したということになってしまう。公平だということになってしまう。

けど、俺には、前日、前々日……六〇〇日前、一二〇〇日前のヘビメタ騒音の影響が蓄積している。一日に六時間以上といったけど、一日に一二時間鳴っているときもあるし、一日に一四時間鳴っているときもある。夏休みなんて、四〇日間にわたって、毎日一四時間鳴っているような状態だ。これは、蓄積する。つもる。

いずれにせよ、我慢大会をやれば、「我慢できる」と「我慢できない」という結果がしょうじる。その場面だけを切り取って考えれば、公平な我慢大会なのである。実際には「我慢できる」「我慢できない」の二値ではなくて、だれか対象となる人とくらべた場合、「より我慢できる」とか「より我慢できない」というような位置関係がしょうじる。これは、個々(人)の指標として成り立ってしまう。レッテルが貼られる。だから、「俺はおまえより、より我慢できるわけだから、おまえに対して『根性なし』ということができる」というような意識を生じさせる。「俺のほうが根性がある」という結果が出たので、そう言っていいということだ。あるいは、「おまえは甘い」「おまえは我慢がたりない」「おまえは我慢力がない」ということを言える立場を手に入れることができるわけだ。ようすに、『我慢できる』『我慢できない』といった二値ではなくて、相対的な関係作り出してしまう。実際には、関係ではなくて、関係の意識を作り出してしまう。さらに、これは、公平な条件ではかった結果に基づく指標なので、公平だということになってしまう。ヘビメタ騒音にやられている俺は、『どこが公平なんだよ』と感じてしまう。公平じゃないじゃないじゃないか。



わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。