2019年6月10日月曜日

じゃあ、さみしくないかというと、さみしいのだ


とりあえず、いろいろとやっているけど、汁汁カレーを作っているとき、猛烈にさみしくなった。ブラジルの鶏肉があったので、それを入れた。けど、それは、厚さ三センチぐらい、縦横一四センチぐらいの肉のかたまりなのだ。なので、ゆであげたあとに、切った。ゆであげたと書くと、完全になかまで火が通った状態になっているような印象を与えるけど、なかのほうは、まだ、火が通った状態ではなかった。菜箸でおさえながら、包丁で切った。ゆでてからのほうが、いろいろと都合がいい。だいたい、かっちかちに凍っているので、包丁で切るのは無理なのだ。(凍っているものもなんなく切れる)特殊な包丁じゃないし。

ヘビメタ騒音で『彼女』とかほんとうに無理だった。これ、だれもわからないだろうけど、ほんとうにそれどころじゃないのだ。じゃあ、さみしくないかというと、さみしいのだ。普通の人たちが働く年齢に達したあとは、「働けない」ということが、いろいろとネックになった。精神的にネックになった。


心身ともにヘビメタでぼろぼろな状態のうえに、働けないという属性が付け加わった。くるしかった。ヘビメタ騒音に一五年間毎日さらされてない人間は、またまた、「じぶんにじしんがないのはおまえがわるい」と俺を責めやがる。ゆるせない。「ヘビメタでズタボロなんだ」と言っているだろ。ヘビメタで普通に起きる能力、普通の体力、普通の精神力、普通の好奇心をうしない、働けないからだになったあとも、気違い兄貴は、シランプリで、ヘビメタを鳴らしていた。一日のなかで、自分が鳴らせる時間があれは、その時間はすべて、自分が思ったとおりの大きな音で鳴らす……ということになっていた。それが、俺を働けない体(からだ)にしたというのは、わからないのだろう。そりゃ、言われたってわからない。やりたいときはやりたいわけだから、一切合切を否定して、顔を真っ赤にして腹を立てて鳴らしやがる。そういう『怒った状態』はそれほど長く続かない。言われれば、怒るが、怒ったあとは、いわれたというとを忘れてしまう。完全に忘れてしまう。だから、言われたあと、がむしゃらに執着してやっていたとしても……やり続けたとしても、本人は「まったくやってない」のとおなじつもりだ。あとは、『自分が(やめろと)言われたということも忘れてしまうので、相手がいやがることをやったと言うつもりもしょうじない。そういう毎日、そういう毎時間、そういう毎分、そういう毎秒なのだ。「ワルギナンテナイ」。悪気なんてあるわけがない。じゃあ、「やめてくれ」と言われれば「やめてやる」のかというと、それは、絶対にない。そういう、意識、そういう、態度だ。で、これが、一日二四時間中二四時間、かわらない。一年三六五日中三六五日、まったくわからない。だから、本人はいつも鳴らしているのだけど、いつも、知らないという『気持ち』『認知』を維持できる。そして、毎日やるのだ。どれだけ「やめろ」と言われても、やり続けるのだ。で、まったくほんとうにやったつもりがない。……こういう状態で生きていた。だから、ほんとうに『悪気』なんてないんだよ。『勉強の邪魔をしている』つもりなんてないんだよ。親父そっくりなんだよ。いや、むしろ、こういう点では親父の強化版みたいなところがある。ほんとうにやり続けて、やったつもりがしょうじない。そういう認知が、どれだけ言われても、しょうじない。言われたら、腹を立てるけど、本人は(俺が困っているということに関してだけは)知らないままなのだ……。これは、ほんとうに親父譲りで、親父とおなじ。こんなの、芝居でやろうとしてもやれない。意識してやろうとしても、意識してやっているのであれば、やり続けることができない。(普通の人間は、それだけの悪意を維持し続けることができないから)。まったく、意識に登らないから、やり続けることができる。悪意もしょうじない。悪気もない。けど、困ったことをやり続ける。気違い的な意地でやり続ける。ドレダケイッテモオナジダカラ。けど、他の人には「ドレダケイッテモオナジダ」ということがわからない。だから、俺の交渉能力、コミニュケーション能力の問題だと勘違いするやつらが出てくる。こういうしくみなんだよ。勘違いするやつらは、勘違いするやつらで、「自分のコミュ力(りょく)スゲーと思っているようなうぬぼれたやつらだ。だから、『自分だったら、そんなの、交渉してしずかにさせることができるのに(エイリさんは交渉力がないからできなかった)』とどこかで考えているふしがある。『勘違い野郎! いいかげんしろ』……と思う。けど、相手が……その勘違い野郎が働いていて、なおかつ、俺が働いていない状態だと、第三者は、勘違い野郎が言ってることが正しいと思ってしまう。第三者も、気違いヘビメタを経験してないという意味では、勘違い野郎とおなじだし、第三者も気違い兄貴の性格を知らないという意味では、勘違い野郎とおなじだから……勘違い野郎と似たり寄ったりのところがある。おなじ血は流れてないけど、おなじ血が流れているようなところがある……比喩的にはね。だいたい、勘違い野郎も中立的な第三者?も、働いてない人間を下に見るという点ではおなじだからな。『働いてない』人間は、自分たちより一段、二段、三段も劣った存在だと思ってしまう。『働いてない』ということだけで、人をバカにする。軽蔑する。

ぼくはかつて、日本労働教徒という言葉を使ったけど、日本労働教徒は、働いてない人間ならどれだけバカにしてもいいと思っているところがある。
実は、日本労働教徒の『労働観』はおかしい。それに、人によってちょっとしたちがいがある。『人は働くべきだ』と言ったとしても、『人』の範囲がちがうのだ。こういうのは、ここでは書かない。ちょっと話しが複雑すぎる。一点だけ指摘しておきたいのは、実は、基準は暗黙知のように、本人が意識してないところで決まっているということだ。暗黙知のような基準を言葉にしようとすると、ズレがしょうじるのである。ほんとうは暗黙知のように成り立っている基準と本人が意識的に言葉にした基準がズレている。もっと言ってしまうと、『だれが働くべき』で『だれが働かなくてもよいのか』ということについて、本人が意識してない基準が成り立っている。


こういうことの基礎的な考察は『無職の現象学』に書いた。刮目して読んでくださいよ。

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



人気の投稿

「公開バージョン」はもとのバージョンの一部を文脈に関係なく削除したものなので、段落と段落のつながりがおかしい場合があります。(少し不自然な場合があります)。ご了承ください。

死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。