2019年6月17日月曜日

元事務次官が長男を殺した事件について  元事務次官は無職である 引きこもりは切れやすいというレッテル貼りはやめろ

農林水産省の元事務次官・熊沢英昭容疑者が44歳の長男・熊沢英一郎さんを殺害した事件。

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元事務次官が長男を殺した事件についてちょっと、言っておく。「元事務次官」「元事務次官」と言っているけど、この人は犯行当時無職だ。無職が無職を殺したのである。それなのに、「モトジムジカン」「モトジムジカン」とまるで、「モトジムジカン」という職業に就いていたかのような認識でものを言っている人が多い。「もと」……。「もと」……。元事務次官は無職なので、無職が無職を殺したという事件だ。しかし、長男が無職だということは、批判されるが、「元事務次官」が無職だということは、批判されない。これはおかしいことだ。「あたりまえじゃないか」と思っている人は、ここのところを考えたほうがいい。無職だということを責められる無職と、無職だということを責められない無職がいる。これが重要なところだ。これが、価値観なのである。無職という言葉には、二重の意味がある。無職性の高い無職は無職として認識されているけど、無職性の低い無職は無職としては認識されてない。その人が実際に無職なのかどうかとは、関係がなのである。ならば、暗黙知的に成り立っている実際の基準はどうなのかということが問題になる。実際の基準は、語られることがあまりなのである。しかし、その基準は、内なる基準として、語られることがあまりないにもかかわらず、存在する。

「無職の現象学」にもうちょっとくわしく、ここらへんのことを書いたので、興味がある人は読んでください。

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「元事務次官」がどういう人だったのか、「元事務次官」の息子がどういうひとだったのか知らないので、細かいことに関しては書きません。

しかし、これでまた、引きこもりにレッテルが貼られて、引きこもりパッシングがはじまるわけか。「引きこもり」や「無職」にレッテルを貼るのは、「気分がいいことかもしれないけど」やめておいた方がいい。

「引きこもり」と言っても、千差万別。人によって、状況も「性格」も違うのである。しかし、コミニュケーション能力が低いとか、切れやすいというレッテルを貼りたがる。実際に熊沢英一郎さんが切れやすい人なのか、そうではないのか知らないけど、とりあえず、噂だと切れやすい人だということになっている。

そうすると、引きこもりは切れやすいというようなレッテルを貼る人が、いっぱい、いっぱい、あらわれる。他にも「引きこもりは切れやすい」とは、言わないものの、そういう前提でものを言う人があらわれる。そのひとにとっては、「引きこもりは切れやすい」というのは、特に意識がむかない確固たる前提なので、「引きこもりは切れやすい」という前提について特に疑問を持つことなく、「引きこもりは切れやすい」という前提に基づいた意見を言うことになる。意見だけを見た場合「引きこもりは切れやすい」という言葉はどこにも入っていないにもかかわらず、「引きこもりは切れやすい」という前提でものを言っていいるのだなというのが、わかるのである。

「引きこもり」と言ったら引きこもりではない引きこもりはいないので、すべての引きこもりという意味になってしまう。引きこもりという集合が切れやすいという性質を持っているということになってしまう。これは、実像から、切り離されている。実態をうまく語っていない。

だから、こういう集合的な単純思考はやめたほうがいいと思う。実際には、頭がおかしいレベルで切れまくっている「引きこもりではない人」にやられて、引きこもってしまう人なんかもいるんじゃないかなと思う。

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それから、切れやすい性格について言うと、今回のケースの場合、実際に人を刺し殺した無職の父親ほうが、無職の長男よりも、切れやすいと思う。長男の切れやすさは指摘されているけど、父親の切れやすさはあまり指摘されないみたいだ。

長男は、小学校の騒音について文句は言ったけど、『刺し殺してやる』などとは言ってないのだ。なので、小学校に侵入して?小学生を刺し殺してしまうのではないかというのは、わりと根拠のない『心配』なのである。

実際に、熊沢英一郎さんがナイフを持って外に出ようとしたのを見かけて、とめようとして、もみ合いになって刺してしまったということではない。

熊沢英一郎さんははたしかに怒りやすいけど、刃物を持って、あたりを徘徊したことはない(調べてないからわからないけど)(実際そういうことがたびたびあったということであれば、かならず、言及されているはずだ。)

熊沢英一郎さんは四四年間生きていて、ナイフを持って近所を徘徊したことが一度もない。『いつか迷惑をかけるようになるのではないか(小学生を刺してしまうのではないか)』というのは、熊沢英昭さん側の行きすぎた心配だ。先に刃物を握ったのは熊沢英昭さんのほうだ。

(まあ、この事件、正直言って、あんまり興味がないんだよね。ただ、世間の反応は気になる。

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。