2019年7月21日日曜日

ニートが家事労働をしていたとしても『働け』と言われることにはかわりがない


「主婦は家事労働をしているので、無職でも別に問題がない」と言う場合、ほんとうにその主婦が家事労働やっているかどうかは問題にならない。家事労働をやると言っても、いろいろな程度がある。専業主婦でも、家事労働を一切合切やってない人もいるかもしれない。

けど、専業主婦であるだれかが、家事労働やっているかどうかということが問題になることはない。「主婦は家事労働をしているので無職で問題がない」というような話をしている場合は、ある特定の主婦が家事をしているのかしてないのかということと、しているならどの程度家事をしているのかは、問題にならない。

家事労働をまったくやらない「ある特定の奥さん」は、その旦那にとって問題があるかもしれない。しかし、そういうことは「主婦」が無職でよいのか悪いのかということについて話し合っているときには問題にならない。

それこそ、家事労働を、プロに任せて外注している専業主婦だっている。専業主婦だって、お金を相続した場合は、外注できる金がある。「主婦は家事労働をしているので、無職でも別に問題がない」と言う場合は「主婦はかならず家事労働をしているはずだ」という暗黙の前提がある。この前提は、間違っている。

しかし、「主婦は家事労働をしているので、無職でも別に問題がない」と言う人にとって、実際に、どこかの主婦がどの程度、家事労働をしているかとどうかということは、関係がないのである。だから、関係がないという意味で、問題にならない。問題だという意識が浮かばない。


それは、ニートと言われる人たちが、ほんとうは、家事労働をしているのかもしれないということが問題にならないように問題にならない。たとえば、二八歳の無職の男性がいるとする。この男性が、家事労働をしているかどうかは問題にならないのである。最初から、二八歳の無職の男性は、「働くべきなのに働いてない人間」なのである。働くべきなのに働いてない人間」と書いたけど、その場合の「働く」とは「外で働く」という意味に限定されている。

多くの常識的な人が、この無職の男性をバカにする。「働くべきだ」とはっぱをかける。たとえ、その男性が家事労働をしていて、母親の介護をしているにしろ、やはり、そういう言葉が投げかけられるのである。

家事労働の程度は、関係がないのである。さらに言えば、家事労働をしているのかどうかさえも関係がない。

ほんとうは隠されているうちなる基準がある。その基準が、二八歳の男性が働いてないのはケシカランことなのか、ケシカランことではないのかを決定している。家事労働とは、関係がない。

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つまり、主婦の場合は家事労働をしていても、家事労働をしてなくても、無職であるということは問題にならない。二〇代、三〇代、四〇代、五〇代の男性の場合は、家事労働をしていても、無職であるということが問題になる。

『働け』と言われる。

こういうことが、最初から決まっている。

『主婦は家事労働をしているから無職でもいい』というのは、後付けの理由で、しかも、ほんとうの理由じゃない。じゃあ、ほんとうの理由というのはなにかというと、『身分』なのである。

ともかく、主婦という身分だと問題はない。ニートという身分だと問題があるのだ。特に男性ニートの場合は、問題があると思われる。それは、身分の問題であって、家事労働をやっているかどうかの問題ではない。身分の問題と書いたけど、身分の問題なのである。

ちなみに、子供は現在では、働かなくてもいい身分になったけど、むかしはちがっていた。なので、こういう『身分感覚』も時代によってうつりかわるものなのである。



わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。