2019年7月9日火曜日

「主婦は家事労働をしているので、無職でも別に問題がない」と言う人たち 問題は家事労働の有無ではない


今世はもうダメ……。ヘビメタ騒音でくるしすぎる。気違い親父、気違い兄貴のハンディで苦しすぎる。ほんとうに気違い兄貴、あれでまったくやったつもりがないんだからな。どれだけこだわりつくしてならしたか。どれだけ長い時間実際に鳴らしていたか? こまるに決まっているだろ。気違い兄貴が鳴らしていた音で、親父が演歌を鳴らしていたら、気違い兄貴は、どう思うんだよ。「うるさい!!!うるさい!!!うるさい!!!うるさい!!!」と思うだろ。自分のヘビメタだからいいんだよな。気違い親父とおなじように、まったく関係がない人のつもりでいられる。この気違い的な意地と、まったく関係がないつもりというのが、つりあっている。これ、ほんとうに、両方とも、普通の人間では考えられないほどに、強い。強烈に意地を張ってやって、強烈にやってないと思っている状態なのである。こんなのない。たしかに、普通はない。けど、うちではある。気違い兄貴がまさしくこんな状態だった。気違い親父がまさしくこんな状態だった。



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三〇年ぐらい前から、お母さんの食事を作っていたのは俺だった。どのくらいの期間、つくってたんだろな? 二五年ぐらいかな。二六年か? 二七年? ともかく、そのくらい長く、毎日、お母さんのご飯をつくっていた。俺は、ヘビメタ騒音で「ひきこもり」「通勤・通学不可能状態」になったわけで、介護離職じゃない。

だから、三五歳の時、特に母親の食事を作っているということは言わなかったけど、三五歳の時も、家事労働をしていた。(読書会のときは、家事労働をしているということは言わなかった。けど、他の付き合いでは、家事労働をしていると言っていた)。

しかし、やはり、男の場合は、家事労働をしていても、無職であるということを責められる存在だ。外で働いて、介護要員を雇えば良いじゃないかという話になる。ちゃんと働いた方がお母さんだって安心するだろ……というような話になる。

ヘビメタを一四年以上、毎日浴びせられることがなかった人たちが、俺のからだの状態を知らずにそういうふうに言う。こんな屈辱あるか? 「ヘビメタ騒音で通勤・通学ができなくなった」と言っているだろ。ヘビメタ騒音のデカさについて言及しただろ。

こいつら、ほんとうに、たまたま、ヘビメタ騒音という毒を盛られずに生きているから、ヘビメタ騒音という毒が毎日毎日積み重なったときの影響がわからない。体に与える影響がわからない。生活に与える影響がわからない。人生に与える影響がわからない。

ヘビメタ騒音にやられると、こういうことになってしまう。気違いヘビメタにこだわってこだわって、鳴らしたやつは、さして悪く言われず、ヘビメタ騒音にやられて働けなくなった俺が悪く言われる。



「主婦は家事労働をしているので、無職でも無職ではない」……というようなことを言う人たちがいる。あるいは、「主婦は家事労働をしているので、無職でも別に問題がない」と言う人たちがいる。しかし、それは、間違っている。たとえ家事労働をしていても、三五歳の男は、悪く言われる。「働け」と言われる。無職でも別に問題がない……とは言われない。こういう「現象」にとてつもなく、無頓着なんだからな。



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「家事労働をしている」と言うことは、いやだった。それだとまるで、お母さんが俺を家に縛り付けているような印象を与えてしまう。俺は、ヘビメタ騒音にやられて、うちにいた。お母さんのご飯は、俺がつくってやらなければならないと思ったから、つくっていただけだ。親父がつくっためしなんて食べられるわけがない。食事サービスにしても、かならずしも、お母さんの嗜好にあうものではなく、また、値段もそれなりに高かった。だいたい、届けられる食事を受け取るのは俺になる。それは、つくるのよりも、ある意味、めんどうなのである。どうしてかというと、睡眠時間がどーーしても、どーーーしても、ズレてしまうからだ。一定の時間に起きることができないということの影響は、ほんとうはデカイ。みんな、気違い兄貴のヘビメタ騒音を経験してないから、一定の時間に起きられるだけだ。俺だってヘビメタ騒音が何年も毎日続く前は、一定の時間に起きられた。もちろん、眠たい朝だってある。つらい朝だってある。けど、それは、「ヘビメタ騒音の朝」とは違うのである。ヘビメタ騒音生活を一年以上経験したことがない人は、この違いが、体感的にわからない。だから、わからない状態で、あれやこれやと言う。「そんなの、過去のことなら関係がない」とか「朝起きれないなんて言うのは甘えだ(俺だってつらいけど起きている)」などと言う。これは、ヘビメタ騒音を経験してない人の言葉だ。ヘビメタ騒音を経験した俺とは、別の世界に済んでいるのである。別の世界の基準を持ち出すな。ヘビメタ騒音生活を一四年間続けてから、言ってくれ。どういうことになるかわかるから。一定の時間に起きることができなくなるから。そして、そういう経験がない人に、「甘えている」などと言われるようになるから。



まあ、ともかく、安くておいしい食事を作ってやれるのは俺だった。ヘビメタ騒音にやられて、睡眠時間がずれていたけど、おかずというのはつくっておけば、一日では、くさらない。俺が相当にだるい体を引きずって、なんとか、料理の腕を上げて、母親の嗜好にあう、うまいめしを食っていたのだ。母親にごはんをつくってあげたのは、母親がごはんをつくってくれてたからだ。恩がある。ぼくが母親にやってやれたことは、母親がぼくにしてくれたことにくらべたら、小さい。「お母さんのご飯はぼくがつくる」と決めて、毎日つくっていた。

 

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ちなみに、親父も俺がつくっていたおかずを食べていた。そりゃ、「おまえは、俺に悪さをしたので、食うな」とは言わない。親父はおまけだ。「おまえは俺がつくった料理を食べるな!!」と言って、いじめるつもりはなかった。そこで・もめるつもりはなかった。あくまでも、おまけだから。



しかし、親父が、居間で俺にしたことというのは、ひどいことばかりだな。あれを悪意なく、自動的に毎日やる。毎日毎回やる。居合わせれば、逆上して責めてくる。しかも、ほんとうにやりきったあとは、やったつもりがないのである。やっているさいちゅうだって、やっているつもりがあるかどうかわからない。それは、気違い兄貴のヘビメタとおなじだ。あんなの、ない。気違い的な意地でやったことを、気違い的な意地で否定する。頭がおかしい。



(注)当時、ご飯を炊いていたのは、親父だ。(なぜか、母親の介護にはわりと積極的だった。つみほろぼしか。まあ、俺の後ろ姿見てやる気になったのだろう。最後のほうは、親父と俺でお母さんの介護競争をしていたようなところもある。じゃあ、「そういうところもあるのだから……」と「かつてのこうい」をゆるしてやるつもりになるかというとそうではないのだ。)

(注)「お母さん」と「母親」で表記が違うけれども、同一人物のことを指している。表記の統一は、「いつもただしい」というわけではないのだ。こういうこともわかってない人がいる。使い分けが必要なときもある。論文ではないのだから、「表記が違うけれども、同一人物のことを指している」ということも書かなくても良いことだ。けど、書いておく。


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わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。