2019年7月5日金曜日

鳴っているときだけ、「うるさい」と思う騒音と、気違い兄貴のヘビメタ騒音を一緒にしないでくれ。



気違い兄貴と気違い親父にやられて、人生がない。
他の人は気違い兄貴と気違い親父の「あたまのくせ」を知らない。
認知のズレを知らない。世間の人は間違った前提で考えて俺を悪く言いやがる。常識で考えて、俺を悪く言う。「それ、違うのに」。ほんとうに違うのに。
ほんとうに気違い兄貴のヘビメタ騒音で俺は他のやつから見下されてきた。通常の生活を維持できたら、できたいろいろなことができなくなった。ヘビメタ騒音でできない履歴が積み上がった。他の人は、ヘビメタ騒音なんて見えない。どれだけ生活に影響があるかわからない。俺の状態、俺の能力にどれだけの影響を与えているかわからない。けっきょく、俺は、ヘビメタ騒音で足を引っぱられた状態で生きていくしかなかった。これが屈辱なのである。もちろん、他の人にとっては、それは、どうでもいいことだ。けど、俺にとっては、重要なことだ。
いま、となりの人がフルートを吹いているのだけど、そういう騒音じゃないからな。ヘビメタ騒音はそういう騒音じゃない。ほんとうに兄貴のヘビメタ騒音は俺の『すへての時間』を破壊した。ヘビメタ騒音が鳴ってなければ、簡単にできた基礎的なことができなくなる。できなくなった。それは、いろいろな活動の基本だ。いろいろな活動の基本がだめになったら、いろいろな活動もだめになる。たとえば、睡眠はいろいろな活動の基本だ。体力や精神力もそうだ。あれをやられて普通の状態を維持するということができない。常に、やられた睡眠力、やられた体力、やられた精神力で勝負しなければならない。これが地獄なのだ。鳴っているときだけ、「うるさい」と思う騒音と、気違い兄貴のヘビメタ騒音を一緒にしないでくれ。

   *   *   *


ものすごい音で鳴らしているわけだけど……気違い親父とおなじで、最初から、まったくゆずるつもりなんてないんだよ。これっぽっちも、ほんとうにゆずるということを考えない。ゆずるなら、自分が思いついた方法でゆずるだけなのである。「ゆずるだけ」と書いたけど、気違い兄貴が思いつく「静かにしてやる」「ゆずってやる」というのは、親父とおなじで、「相手にとってまったく意味がない」ことなのである。それをしたからといって、まったく意味がないのである。思いっきりなぐって、「いまは、ちょっと力をぬいた」と言っているようなもので、本人の気持ちだけなのである。客観的には、頑固にやっている状態が成り立ってしまう。ほんとうはまったくゆずってないのだけど、本人は、本人がやってやりたいことをやってやったら、それで「ゆずってやった ゆずってやった」「なんだ!なんだ!」と言う気持ちになってしまう。「それじゃゆずったことにならない」ということを言われたら、顔をまっかにして、発狂的な意地で、ガンガンやってしまうのだ。だからやっているのに、本人は、「まったくやってないつもり」でいられるのである。本人が発狂した時点で、関係が切れている。だから、ほんとうに「やったってやってなくたって」関係がないという気持ちで、やり続けてしまうのである。これが、親父とそっくりなんだよな。あんな、ムキダシの態度で、やり続けて、「やってない」と本気で思っている。相手が言っていることを無視して、やり続けたのに違いがないのである。そのまま、自分がやりたいことを、ゆずらずにやった。これは、どういうことかというと、……たとえば、ほんとうに「会話ぐらいの音」に音を落とすということは、絶対にしないのである。本人がやりたい気持ちの音というのがあって、その音にこだわりつくして、まったくゆずらないでやる。時間だって、一〇分間やったら、三〇分はゆずってやるなんてことはないのである。すべてのその調子で押し通してやりきる。だから、やっているのに、ずっとずっと、自分の気持ちのままやったのに、「自分がやったことじゃない」という気持ちと認知があるのである。だから、今度は「やった」と言われたら、これまた、親父のように怒り狂って、認めない。「やってない やってない」と本気で叫ぶ。その場合、ほんとうに(そのときは)やってないつもりなのである。発狂した途端に、関係がないひとになってしまう。だから、どれだけ言っても、通じない。思ったとおりの音で鳴らしたいときは、相手が「静かにしろ」と言ってきたということが不愉快なことなんだよ。だから、不愉快なことは絶対の意地で認めない。そして、鳴らし終わったあとは、「相手が言ったことを無視して鳴らし続けた」ということを「認めること」が不愉快なことなんだよ。だから、おなじ強度で、否定する。本人が否定したら現実は関係がないのである。だから、いつも「やってないつもり」でやりきる。頭がおかしい。


わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。